第29話 陰謀は踊る
SIDE∶冒険者ギルドナイト パネット・マウル
内部監査員の職務は、基本的に重い。
ギルドに所属しながらギルドを疑い、その懐を暴く務めだ。綺麗事ですむものではないし、第三機関の確認のために資料を渡すときなど裏切り者呼ばわりもされる。
動機なしにできることじゃない。芯の置き所次第では、公正さだって簡単に曲がる。つまり情の薄いやつが適任なんだろう。私みたいに。
そういえば感動したのはどのくらい前だったかな。
我ながら益体もないことを考えながら歩く廊下は、クランFKnsの本拠地と呼べる国営演習場の別棟だ。油断してるのかもしれないが、向こうがその気になれば私くらいどうとでもできる。
開き直り。ううん。これは居直りだ。
ここで私に万が一があれば困るのはクラン長のオシアン・マックールなのだし? いや、その気になれば、なんて考えたばっかりじゃん。私なんて木っ葉役人以下だよ。
いけないな。こんな自虐癖なんてあったっけ?
ぜんぶ今から会う、あいつが悪い。
「パネット様?」
「あ、う、ううん。いいえ。何でもありません。お気遣いなく」
先導してくれる細身の見習い執事らしき少年が振り返る。後ろに目があるのかな。きっと彼もFKnsの一員だ、油断できない。
扉の前で立ち止まる。
「マスター。内部監査員パネット・マウル様をお連れいたしました」
マスター? オシアンか。クラン長に面通し? あまり大きな扉じゃないから、執務室じゃないはず。
◆◆◆◆◆
「誰だあー!? 杯の5とコインの8を止めておるのはー!?」
「私、もうパス残ってないんですけど。次はもうパスできないんですけど」
「アキュートめもパスであります」
「マジでかー? あっきゅん、えぐーい」
「…………」
「ははは。もう白状しようかな。1と王が最初の手札に4枚もあったら、もう勝ち目ありませんよね」
どたばたうるさい。
金と黒、虎縞模樣の髪をした子供が宣言する。
「パス……の回数を使い果たしているので、ワタシの負けですわ」
「速く手札を公開せんか小娘。ええい! 某の役に立たんカードばかり持ちおってからに!」
「ぶっちゃけアキュートさんがスフィアに攻撃しすぎなんですけど。それでゲームの流れが生まれてますけど、おかしなタイミングでこちらも刺すのはどうなんですか」
「苦い毒ばかりにあらず。甘い飴も適度に。言うなれば、えー、そう、食事制限であります」
「ツッコミ無しで行くけど、すっふぃー平気かー? 今日は一度も勝ててないじゃん」
「勝ててませんが負けてもいませんわ。従者に負けを認める主人など、あってはいけませんもの」
「……ダメなときの台詞に聞こえるが」
ベッド脇の卓を囲んでいるのはクランBWlzの面々と、大柄すぎる獣人メイド、オシアンたちだ。
白熱しているのは、たぶん七札並列?
最も単純なパーティカードゲームのひとつだったはず。
「んんっ」
「ああ、すまないね。ようこそ。私がオシアン・マックールです」
「おん? なんだパニーではないか。小娘に聴取を行うのはお前かぁ?」
私の咳払いに応じて、鷹揚だが品のある挨拶を返してくれたオシアンはいい。問題は腑抜けた東国服男だ。挨拶の応酬に割り込むんじゃないわよ、最低限の礼儀も知らないのか。
「冒険者ギルドから参りました、パネット・マウルです。この度はご迷惑をかけております、オシアン卿」
「丁寧な挨拶をありがとう。でもギルドが気にすることではないさ」
「パネット? パニーって?」
ベッドの上で静養明けなんだろう少年が反応する。こいつはひとまず放置だ。腹が立つを越えて、顔を見たら今にもブン殴ってしまいそう。
我慢するのもひと苦労だ。
なんて考えていると彼にかしずいていた獣人メイドが立ち上がって……いや、デカいな。並みの大人よりもずっと背が高い、というか、あちこち大きい。ボリュームがすごい。
なんだろう。警戒されてる?
「おいおい、パニー。パニーちゃんよぉ。某らには挨拶してくれんのか? ──あ痛っ!」
「こらっ。パネットはお仕事中ですよ、邪魔はいけません」
「ごめんごめーん。あたしらのことは気にしないでねー」
気安く手を振ってくるBWlzたち。
気が散る。どうしようか。
「え? パネットって、おじさまの娘さんのパニーちゃんですの? 今日はギルドの監査員が来るのでは?」
「……オシアン卿」
「そうだね。みんな、悪いけれどお開きだよ」
スフィアの間抜けな物言いに、ひとつめの限界が来た。
オシアンには申し訳ないが、スフィアを連行すれば片付く問題に介入しているんだ。このくらい飲み込んでほしい。
椅子を引いて、壁際に寄る大人たち。
「…………オシアン卿?」
「気にしないで始めてくれたまえ」
そうじゃなく、お開きなら解散しろよ。出てけよ。こいつらみんな嫌いだ。
「初めましてパニーちゃ、いえ、パネットお姉様。監査員とはお姉様のことでしたのね。コナンおじさまにはお世話になっていますわ。こんな格好のままでごめんなさい」
スフィアはネグリジェの襟を寄せて、ベッドの上で身を縮めてみせた。
初対面だけどお前が一番嫌いよ。
男のくせに気持ち悪い。
へらへら笑いやがって。どうせみんな騙してるんでしょ。バラしてやったほうが全員のためだ。
「あんた──」
「オシアン様。ここは話を通す席でありましたな? ギルドからBWlzと同じ依頼を受けて、その成果によって王都の冒険者ギルドではお嬢様への対応を決めるのだと」
「そうだね。依頼の内容は、ギルドで行われるCランク昇格試験への運営としての参加。だろう、パネット監査員?」
デカい獣人メイドが私の言葉を遮ると、目配せしたスフィアともども顔つきが変わった。
スイッチがONになった、かな。もうさっきまでの腑抜けの顔じゃない。これで要領がいいだけの無能で生意気な子供っていう線は消えた。
それにしてもデカい獣人メイド、FKnsの一員じゃないのかな。先日の演習場でのマイレダッハ王子との件も、丸ごとオシアンの仕込みだと思っていたのに。
ふと気がつくと獣人メイドの位置取りが変わっている。
クラシックなメイド服の、長すぎるスカートのせいだ。足運びが隠されて見えなかった。スフィアを庇うよりも先に、私に手が届く位置だ。
ちょっと。なによ。
オシアンの目の前じゃないの。あんたたちの立場がどうだろうと、ここで内部監査員に敵対行動を取ったら終わりでしょ?
やってやろうか。手を出させてやろうか。
冒険者なんてみんな大嫌いだ。お前らなんかが居るせいで、パパはほとんど家に帰ってこないんだから。
スフィアが口を開く。
「依頼はお受けしたいですわ。でも日取りはどうなってますの? 出先で体が重くなったら、ワタシのお腹の赤ちゃんに障ってしまいますわ」
…………。
「なんて?」
「日程を、日取りの予定をお聞きしたいのです。クインさんたちと同じでいいのでしょうか」
「そうじゃなくて。赤ちゃんって」
「はい。ワタシの赤ちゃんですわね」
言いながら自分の下腹に触れる女装男子。
重くて冷たい汗が、頬を伝うのを感じた。
「その様子は、パネットお姉様も子供の作り方をご存知ありませんのね。ご教授いたしますわ。赤ちゃんとは、キスすると出来るものなのです」
こ、この九歳児……! ある意味ちょっと感動したわよ!
「唇を重ねただけとはいえ事実は事実ですもの、出来るものが出来ましたのよ」
「お嬢様。お産の危うさは聞き及びましたぞ。やはりここはアキュートめが産むべきです。未熟な体であると日頃お嬢様自身が仰っているではありませぬか」
「危うきを主人が率先して引き受けなくてどうしますの。次があれば頼みましたわよ、アキュート」
「お嬢様……! はい! 球技大会を開催できるほど子供を作りましょう、お嬢様!」
頭がおかしくなりそう。
情操教育が終わってないでしょこの主従。別の意味で終わってるけど。
助けを求めてオシアンを見る。笑顔を維持するのに必死で、眉間が力んだ不自然な顔になっている。
クランBWlzのメンバーを見る。一斉に目を逸らしやがった。
やっぱり大人って嫌いだ。
ていうか誰か教えてやりなさいよ、いろいろと。
いけない。切り換えよう。
察していないわけじゃないんだ。大規模クランWCCと言えば聞こえはいいかもしれないが、何人もの脱退者がテロリスト化している危険指定クランだ。
そんなところで生まれ育った子は。
「ぬ」
獣人メイドと目が合った。
なによ。
「……ほほう。そういう臭いでありますか」
「ちょっと。本当に何? 臭い? 今、私の顔を見て笑った?」
「いいえ。迂遠な悪しざまである、と。わからぬではありませぬぞ」
「こら、アキュート。パネットお姉様への無礼は許しませんわよ」
「許さぬとな!? つまり、おしおきしてもらえるのですな!?」
反転してスフィアに詰め寄る獣人メイド。
発想の飛躍も体格に負けないくらいデカくて少し引く。
「ゴホン。いいですか、パネット嬢。スフィアちゃんは病み上がりで体力の限界のようだ。今日はここまでにしよう」
「オシアン卿。ギルドの意向に口を挟まれるのは困ります」
「そうかい? ところでパネット嬢をこの部屋まで案内したのはジルムッドだったんだけど気づいたかな」
「ええっ!? マジ!?」
意図せず大声が出てしまう。
──嘘でしょだってやだ夢みたいジルムッドといえばクランFKnsの最高戦力しかも美少年で王都では姿絵やブロマイドが飛ぶように売れているみんなの憧れの的だ巷ではすでに冒険騎士フィンにあやかった妖精騎士なんて字名もあるけれどそれは女性人気から後出しで生まれたものでわかってないな既に二剣二槍の字名があったじゃない華がないなんて言う声もあるけどわかってないのよその無骨さといっそ可憐なくらいの美貌のギャップがいいんじゃない本当にいいよねいいあの折れそうなくらいの痩身で大人顔負けの強さが素敵の化身なのにダメもう無理どうしよう──
「うわ」
「誰だ今うわって言ったの」
挙手するエセ侍。
「あ。すまん某だ。仕方ないだろ睨んでくれるな、怖いなぁ! 知った子供が女の顔をしおったら、うわ、の感想くらい出るわ!」
「メリサ。殺すわ」
「こっわ! 聞いたかお前ら、こやつ殺害宣言しおったぞ! というか某を名で呼ぶでないわ!」
「今のはおサムライ様が悪いですわよ」
「なんだぁー!? 某はオシアンに乗っかって話題を変えてやったのだろうが。なあ、お前ら! ……なぜ目を逸らす!?」
「なぜっていうかぁー」
「話しかけないでください。仲間だと思われたくないんですけど」
「某たちは同じクランのメンバーだぞ!? そういえばお前らもジルムッドのサインを貰っておったなぁ──ゴフッ」
急に仲間割れを始めるクランBWlzメンバーたち。嫌だ醜い。
そんなことよりも。
私は勢いよくオシアンに視線を戻す。少し怯まれたのは気のせいだ。
「では要件を手短に済まそうか。そうすればジルムッドとの時間も取れるよ」
「スケジュールはクランBWlzと同じく。ついては明後日、マクネッサ邸で面通ししてもらうわね」
何人かの顔に緊張が走ったが、私には関係ない。
獣人メイドは少し考え込んでから。
「マクネッサ。あの凶状持ちの令嬢騎士めの家名ではありませぬか」
それはどうでもいい。本題は次だ。彼は釣れるだろうか。
「マクネッサに話を通すのは、ダンジョン調査と同じく彼女が試験の出資者だから。冒険者ギルドではスフィアの進退について、子供の一存で身柄の左右をしてはいけないと判断されたわ。でもそれはそれでCランク冒険者の権利に抵触する。それを報酬とするわ」
一息区切る。
別に理解の時間を与えようっていうんじゃない。
「今回の依頼達成のあかつきには、スフィアに最小規模クラン設立の許可が与えられる。そこにWCCから移籍の形になるわね」
育った環境が悪かったんでしょ? パパから聞いてる。でも私にはそんなの関係ない。
抜け出したいなら頑張ればいいじゃない。
もっとも、何もかも簡単になんてしてあげない。
引き続き誤字が尽きず。なんだか悔しくなってきました。




