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第30話 陰謀のハイポセンター

「家名にマックだのマクだの付いている者らが多すぎて、アキュートめは混同しそうなのであります」

「王国のお貴族さまの特徴ですわね。わかっているところを数えてみましょうか」


 勘違い王子、マイレダッハ・ティレク・マクアート。王家マクアートの第七王子。

 凶状持ちのヒステリー女騎士、リブル・マクネッサ。あれでも侯爵家だなんて上位貴族のご令嬢なんだよなぁ。

 冒険騎士(ナイト)フィン・マックール。元はひと山いくらの下級貴族だったが、英雄の称号といっしょに新しい家名と騎爵位を賜ったんだとさ。


「お嬢様、申し訳ありませぬ。情報を増やされると余計に混乱いたします」

「……ワタシの悪い癖かもしれませんわね」

「父祖への敬意を表す尊称よ。もとは王家の慣習で、それに貴族が倣うことで王国への敬意と恭順を示しているの」


 パネットさんが補足してくれた。

 この人、長身に軽鎧、大剣未満サイズの段平(だんびら)を背負った典型的な女戦士姿なんだけど、あんまり俺と歳が離れてないっぽいぞ。せいぜい五つくらい。骨の伸びに筋肉が追いついてないやら、若すぎる肌やらでわかる。

 おっさんと同じ内部監査員(ギルドナイト)をやってるだなんて聞いてなかった。娘さんのことを話されてないんだから当たり前だけれど、もしかしてこれって微妙な問題か?


『おまけにお嬢様は嫌われておりますものな』


 そうなんだよな。先日が初対面だから嫌われる心当たりがない。

 でも予想はつく。繊細な親子間の問題に、俺やクランBWlz(ビーワルツ)の皆さんが差し挟まってるんだろうなって。


『クイン様らのことまで敵視しておりましたからな』


 敵視って、その言葉選びはちょっと強すぎるだろ。


「王国貴族の慣習も知らなかったの? 単独Cランクっていうのもたいしたことないのね」

「潰してくれましょうかこの強火ドルオタめ」


 獣貌の鼻の上に乗せた眼鏡の位置を直しながら、指先の鉤爪を見せつけるアキュート。怯まず段平(だんびら)の柄に手をかけるパネットさん。


「そこまで! アキュート、お姉様に迷惑をかけるのは許しませんわよ」


 敵視されてるのはいい。でも刃傷沙汰はストップな。

 ていうか卸したてのメイド服だぞ。汚してもいいのは別に用意してるから、せめて今日は勘弁してくれ。


「パネットお姉様も、ね? ここではいけませんわよね?」


 愛想笑いに成功。心配は本物だ。

 空模様は雨上がりの曇り空。

 ここは王都の商業区画や居住区から離れた、貴族の邸宅が並ぶ一角。しかもその最奥に近い場所じゃないか。

 並みの衛兵よりふたまわりは上等な鎧の兵士たちが、こちらを遠巻きに警戒している。巡回中のどこかの貴族の私兵だろう。


「ここで騒ぎを起こしては招待してくださったマクネッサ様にご迷惑がかかってしまいますわ」

「私は別に構わないわよ」


 あ。これマジに嫌われてんでやんの。にやにや笑いと言ってもいい顔で俺を見下ろすパネットさん。

 仕方ねえなぁ。自分の頬に手を当てる。


「ワタシは構いますわ。ケガをするのも、お姉様にケガをさせてしまうのも嫌です。まして顔に傷なんてつけてしまったら、ああっ。思うだけで心が張り裂けてしまいそうですわ」


 身をよじり、くねらせて主張した。

 パネットさんの反応はといえば顔をしかめて、歯を噛んだ表情だ。やったぜ、敵意も薄れるほどの嫌悪と呆れを引き出した。


「くっだらない。勝手にすればいいじゃない」


 追い払うように手を振られる。


「案内する者にあるまじき言いざまをしてくれますな」

「先導してくれれば何の文句もありませんわよ」

「そうでありますかな」


 今後、パネットさんに期待するのは内部監査員(ギルドナイト)としての最低限になるけれどな。方針が固まったのは良しとしよう。

 嫌われても敵意を持たれても、明確に敵対されたわけじゃないんだから。


「それを良しとは、どれだけ他人への期待が低いのですか」

「身に積まされるのでやめてくださいまし」

「そもそもお嬢様はお姉様と呼んだ者から敵意を向けられてばかりではありませぬか」

「……そうかも」


 思い当たる節がありすぎる。

 というかアキュート、言ってくれるじゃねえかよ。そういう甘え方までするようになったのかな?



◆◆◆◆◆



「こちらにてお待ちください」


 マクネッサ侯爵家の邸宅は、まあ豪華だな贅沢だな大きいな、という感想が出てくる代物だった。

 もし王族級の邸宅を越えるなら、やっぱり悪の侯爵家の拠点じゃねえかと思うところなんだが、そうでもない。冒険者を招くのに本邸を使うとも思えないし、領地の屋敷はもっと大きいに決まってるけれど。


 ふと思い至り、客間まで案内してくれた男を見る。胸元に覗くポケットチーフには、白地に黒の線が引かれていた。喪に服している証だ。

 ひとつ頷く。


「執事服もいいですわね。男装執事服。アキュート、次の方針が決まりましたわよ」

「お嬢様、もう本当に堪忍してもらえませぬか」

「いったい何しに来たんだお前ら」


 執事風の青年は俺たちを客間まで案内してから、ドアの横に貼りつくような直立不動の姿勢を取っている。

 青年は特徴のない顔の、痩せぎすの男だった。


「肉付きの薄い体ですわね。最近、何かありまして?」

「てめえ……」

「例えば田舎村ではしゃいでお縄になって牢に入れられかけたとか」

「このっ……。い、いいえお客様。わ、私など心配めさり、めさるるな。めさりくださるな?」

「そうですの。じゃ、気にしませんわね」


 ソファの背にもたれてリラックスさせてもらう。もちろん当てつけの無防備アピールだ。

 青年は明らかに何か懐に忍ばせているようで、それで俺たちを牽制しているつもりなんだろう。だがアキュートの一瞥だけで彼の動きは全て封じられる。フィジカル万歳。

 やれるもんならやってみろ、だ。

 半端をしやがったら物理的に叩きのめしてやる。


「そういえば痩せっぽち男めには恥をかかされたことがありましたな。アキュートめとしては、ぜひ軽率に動いていただきたい」

「あぁ? 俺とあんたは初対面だろ」

「なるほど、なるほど。やはり潰します」

「……」


 諸手を挙げて降参のジェスチャーをしながら、視線を外して肩をすくめる痩せっぽち。


『お嬢様、お嬢様! 煽るとは楽しいものですな! お嬢様がハマるのもわかるというものです!』


 どうやら俺は使い魔の教育を間違えたらしいぞ。

 訳がわからず首を傾げるパネットさん。こういう関係なんだよ俺らとマクネッサ家って。


「お待たせしたわね。……あら? クッキーどころかお茶の用意もしてないの?」


 無造作に部屋に入ってくる女性。

 パステルトーンの明るい金髪に人好きのする顔で、美しさよりも快活な印象が先に立つ。ドレス姿ではなく、品が良いかな、くらいのフリルシャツとスラックスに薄い浅靴(パンプス)だなんて軽装で。


「背中に大小の剣?」


 何その格好。


「ふふっ。ごめんなさいね。夫たちの形見で、一時も手放したくないの。貴方たちの武器だって取り上げなかったでしょ」

「それはそうかもですけれど、もっと根本的な問題が発生してませんの?」

「あら。いいのよ」


 背負った剣を大きく鳴らして、彼女は胸を張る。


「だってあたしはこの家の責任者だもの。あたしがルールとは言わないけど、このくらいの我がままは許されたっていいわよね」

「母祖よ。そろそろ」

「ん? 何? ああ、そうだった。自己紹介が遅れたわね。あたしはメイヴ・マクネッサ。先の大戦で亡くなった夫たちに代わり、マクネッサ家の当主を務めているわ。巷の噂で枝絶えマクネッサなんて名前を聞いたら、それはあたしのことよ」


 屈託のない若々しい笑顔で名乗るメイヴ。

 先の大戦は少なくとも十五年は前で、メイヴというのは建国王を支えた妖女の名で、そもそも、この人。

 ……これはヤバいなぁ。

 アキュート。襲われたらパネットさんを逃がすのが最優先だ。退路を確保して、俺たちはそこを死守だぞ。


『ぬ? どうしたのですかな、お嬢様』


 この人、ババアたちと同じだ(・・・・・・・・・)。もし戦いになったら勝ち目がない。

 最悪、マクネッサ家が冒険者ギルドに介入して俺を誘い出したんじゃないか、だなんて自意識過剰を考えていたんだよ。凶状持ちヒス女騎士の報復でさ。逃げるだけならやれると思っていたが、とんだ誤算だった。


「お目にかかれて光栄です。ギルドナイト、パネット・マウルと申します」

「マウル? 知ってるわ! 貴方はコナンの娘さんでしょう、こんなに大きくなって。私が覚えているコナンは、いつもフィンの背中を守っていたのよ。懐かしいわね」


 思い出を語っていると、外見相応のいっそ少女のような顔だが。


「エイリルもファルガスも失ってしまったけど、大戦の記憶は哀しいばかりじゃないのよ。王様とフィンが言ってくれたの。彼らこそ真の英雄だ、王国の名誉の最上位にいるのはあのふたりだって。嬉しかった、誇らしかった。あたし、とても感動したわ」

「……」

「だから、王国は夫たちの名誉を刻んだ墓標なの。あたしは王国を守るために今後も生きていくつもりよ」


 ──それで? お前は王国の利益になる存在なのか?


 目が合った。そんな問いかけを幻聴した。

 ダメだなこれ。どうにもならない。覚悟するつもりで、心の中で自分の頬を叩く。

 負けねえぞ。笑うふりなら俺だって得意だ。


「素晴らしいですわ。ワタシにも見習わせてくださいまし」

「ありがとう。ええと、貴方は」

「申し遅れました。スフィアですわ。オシアン・マックール様のお世話になっております、一介の冒険者ですの」

「冒険者? 小さいのに立派ね。ご両親は?」


 来た、と思った。


「父は知れず、母も長らく顔を見れておりませんわ」

「まあ! まあまあ、まあ。そうだったのね!」


 俺はただの冒険者だ。親も知らない。

 暗に主張すると、メイヴは悲しそうに眉尻を下げて手を打つ。


「ごめんなさいね。勘違いがあったみたいだわ。うちのリブルったらそそっかしくって。きっと行き違いがあったのよね」

「リブルお姉さま? いえ、リブルさまにはお世話になりましたわ」

「まあ。あの子ったら、こんな子からお姉様だなんて。すみに置けないのね、こんなにかわいいだなんて聞いてなかったわ。へそを曲げちゃって顔を出さないのよ、みっともない」

「いいえ、そんな。きっとワタシからご迷惑をかけてしまったのでしょう」


 冷や汗をかく。どこまで真に受けてもいいんだろうな。全部ダメか。

 というか人のことを尋ねておいて、とっくに見聞きしている口ぶりじゃん。絶対に油断なんかしないぞチクショウ。この警戒を顔に出さないでいられているだろうか?


「それで今日は何の話だったかしら。ああ、そうそう。冒険者ギルドでの」


 視線がパネットさんを向く。


「よろしいので? では内部監査員(ギルドナイト)として情報を開示します。……十日後に行われる冒険者ギルドのCランク昇格試験には、マクネッサ家が大きく出資なさっているのよ。スフィア、貴方にはその運営に参加してもらうわ」

「クインさんたちBWlz(ビーワルツ)にも依頼されているお話でしたけれど、同じく運営側として参加する依頼ですの?」

「そうよ」

「具体的には? 急いで試験官の資格を取るように、なんて内容だったりしませんわよね?」

「そんなに遠回しじゃないわ。物資の輸送を任せたいのよ。荷役級の陰徳……アイテムボックスを持っているのよね」

「それはもちろん。ギルドカードにも明記してますもの。物資の目録はあるでしょうか?」

「ええ。あるわよ。でも余裕を持たせるための依頼でもあるから、きっと限界まで積んでもらうことになるわね」


『お嬢様。明らかに裏がありますぞ』


 だよなぁ。

 陰徳は広義の意味はいろいろあるがこの場合、荷物の体積と重量を無視する手段全般。若い転移者(ギフテッド)がアイテムボックスと呼んだとか。専門職の陰徳はちょっとした荷馬車以上の量を運搬する。出し入れの記録が残るのが正直めんどい。

 で、それこそ専門職に任せればいいものを、わざわざ俺に依頼するだって? 何考えてるんだよ。オシアンさんやBWlz(ビーワルツ)のみんなの前で言わなかったのも、粗探しさせないためか?


「マクネッサ家からもひとり、試験に出るのよ。よろしくね。あっ、よろしくっていうのはただの定型句で、ズルしたいわけじゃないの。むしろ厳しくしてあげて。あの子、サボり癖があるから」

「サボり癖? リブルお姉さまがですの?」

「やだ、違うったら。試験を受けるのは違う子よ」


 にこやかに面倒事を追加するメイヴに、パネットさんまで便乗してくる。


「私の知り合いも試験を受けるわよ。クラネ・マックール。わかる?」

「セイルタお兄様から聞いたかもしれない名前ですわ」

「ふぅん。あの軟弱者と友達なんだ」

「まあ! まあまあ。お友達がいっぱいなのね。きっと楽しくなるわ。良かったわねスフィアちゃん」


 たまには同意できることを言うじゃん。というかマックールって言ったか。

 そういえばまた凶状持ちの女騎士に襲われると思っていたのに、姿が見えない。なら痩せっぽち男はといえば、メイヴとは種類の違う、なんだか腹の立つ薄笑いを浮かべている。


 ……もしかして全員ぶん殴るのが正解なんじゃねえかな。

 俺の精神衛生的に。


『アキュートめは決して反対いたしませぬぞ』


 じゃあ、やめとくか。

 目の前の連中は揃いも揃って笑っている。

 ガキの拙い経験則でもわかるよ、絶対ろくなことにならないよ。子供だましにもなってないよ。でも、だまされてなくても断れないんだよなクソったれ。

 名も姿も捨てて人生再出発、まじめに検討しようかなぁ。

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