第27話 決着の景色はまどろむ
「王族とは生まれながらに監視される者たちの名なのです。マイレダッハ殿下には友人さえいなかった」
降ってくるような高度差のある拳を払い、ふくらはぎにローキックを入れる。
二度、三度と繰り返してもアキュートの姿勢を崩すには至らないので、踏みつけるような蹴りを足の甲に叩き込んだ。
それは誘いだったようで、爪を立てた鉤手がコンパクトに襲いかかってくる。
「常に器を計られ続けるのですよ。粗探しされていると言ってもいい。きっとマイナス採点なのでしょうね」
身を低く、鉤爪の下をくぐる勢いのまま、アキュートの足元を前転で抜けた。そこまで近いと踏みつけを受けてしまう距離になる。
転がり避けて、空振りさせて地面を踏みつけた脚に、俺の両脚を絡みつける。
「実力の誇示と、過剰な功績アピール。不用意にマクネッサ家と通じてまでやりたいことは、結局その程度のことだったのです。……聞いてますか?」
「え? はいはい聞いてますわ。美味しいですわよね。ワタシは揚げ浸しにして食べるのが好きですわ」
「聞いてないではありませんか」
そんなこと言われてもな。冷めてしまう。
黒装束に黒い仮面、おまけに黒髪の彼は、マイレダッハを介抱しながら首を傾げた。
「我慢できないので質問しますが、貴方たちは何をしているのですか」
「もちろん愛の営みにございますぞ!」
「違います。仲良くケンカしてるだけですわ」
「同じではありませんか」
あれ? そうかな? おかしいな。
同意を求める相手がうちの使い魔しかいない。至近距離で目を合わせると、余裕げな勝利の笑みで応えられた。腹が立つ。
声の大きい側が勝つルールでもなければ、先出し優先でもないからな。
「それで、なぜ彼女の背にしがみついているのですか?」
「それはもちろん、首を絞めるか後ろ頭に肘打ち入れるかするためですわ」
「私は人並み程度には常識を修めていると自負しているので、言わせていただきましょう。……話を聞く姿勢になりたまえよ」
そんなこと言われると逆らいたくなる。
「王子さまのケツ拭き係さんが、クソ浴びせられた相手にお説教ですの? これっぽっちも聞く気になれませんわ」
「一理ある」
あるのかよ。反論しろ。
アキュートの背から降りる。楽しいケンカだったけれど、邪魔が入った。冷めてしまってはまた今度だ。
「お嬢様、お嬢様。次を約束していただけるのですな? 二度や三度では収まりませぬぞ?」
「きっと我慢したほうが気持ち良くなれますわよ。だから貯めておきなさいな」
「君たちの会話はいかがわしく聞こえてしまうのだがね」
仮面を外して口調が変わった彼の顔は、目つきが鋭すぎる少年だった。髪を掻き上げて額を出すと、特徴的な白髪の房が現れる。
俺と同じ、混血の証拠だ。
「若白髪だなんて苦労してますのね」
「わざと勘違いするのはやめたまえ。改めて挨拶をしよう。テルソン・ジークフリート、しがない交換留学生だよ。今は王国の暗部で学ばせてもらっている」
知っている名前だ。やべえ。面倒くせえことになった。
こいつ、北の帝国が誇る不朽皇帝の嫡男のひとりじゃねえか。
「私が名乗ったところで、君の名をうかがってもいいかね?」
「ワタシは──」
また状況がわからなくなったぞ。
どこまで名乗るべきだろう。こいつはどこまで知っている?
英雄フィン・マックールとの関係を語るのはダメだ。いっそアキュートとのケンカを中断されてキレたふりでもして、話をごまかしてしまおうか。
というか、俺をまったく知らないで言っているとも思えない。おそらく俺の答えで値踏みするつもりだ。
名乗って早々に人を試してるのかよ。舐めやがって。
「お嬢様。殴り倒してしまいましょう」
「その後が問題なんですわよね。死体隠蔽とか」
「本人の前でバイオレンスな相談はやめたまえよ」
話はそこまでだった。
「ごめんよ。中断してくれるかな、テルソン君、スフィアちゃん。いや、私はこんな役回りばっかりですね」
「オシアンさん。やっと来てくれたんですのね」
半壊した客席から姿を見せたのは、体格のいい金髪の男性。
この国営演習場の主、冒険騎士フィンの息子、クランFKnsのリーダー、マックール家頭首代行。何かと肩書きの多いオシアン・マックールだ。
王国のパワーバランスを担う一角と、暗部を名乗る帝国の皇子と同名の少年。
ふたりの視線がぶつかって。
「テルソン君の質問は個人的なものだ。そうだね?」
「そうですね。この場はお気遣いに感謝しましょう」
「では、そういうことで」
「はい、そういうことで」
こ、高尚なやり取りぃー。うんざりするじゃん。俺をダシにして貸し借り作らないでほしい。
「すまないね、スフィアちゃん、アキュートさん。次の機会にはもう口出ししないと約束しますから」
「ほほう。次とはいつですかな? 今、テルソンめとやらと目が合ったら殴り倒していいということですかな?」
「さすがに気が早すぎるかな」
「……ワタシからもいいでしょうか?」
オシアンさんに向き直りながら横目で様子をうかがう。
黒髪に白髪混じりの少年は、マイレダッハを背負って立ち去る準備を進めていた。
「どうぞ。スフィアちゃん」
「王子殿下が用いていた、勝利を条件にした洗脳に近い強制忠誠と、広範囲への隠形によく似た陰徳、どちらにも心当たりがあります。WCCの者由来の賜り物ですわ。ワタシはその情報をオシアンさんにお話する準備があります」
一切の音もなく、場の空気が揺れる。
コロシアム状の演習場に隠れていた連中が、気配を消しきれなかった。幾人もがそんな反応をしたものだから、空気に起こった波がざわめきになったんだ。
思ったより数が多いなぁ。
大半がマイレダッハの保護者だろ?
テルソンが言うところの監視だけれど、王子さまの甘えの元凶でもあるだろうがよ。いざというときはこいつらが助けてくれるってな。事実そうなった。
『お嬢様。甘えるのはいけないことでしょうか?』
お前の甘えの話なら、俺以外に受け止めさせやしないから話が変わるだろ。
いきなり顔を覆って跳ねるように小躍りしだすアキュート。
オシアンさんはぎょっとしたが、すぐに気を持ち直す。演習場の様子にも動じないからこの人も大概だ。
「そうなのかい。じゃあ、その情報は私で預からせてもらうよ。外に出すなら私を通してもらう形にしよう」
「どうかよろしくお願いしますわね」
頭を下げる。波が引くように、多くの気配が音もなく遠ざかっていく。
ところで、あいつらだが。
「テルソンさんが言っていた王国の暗部というのは何ですの?」
「答えにくいなぁ。そんな連中が居るとだけ。マイレダッハ殿下に関するところで言うなら、彼の監視で護衛で、採点官ですね」
「採点官。それがいちばんしっくり来ますわね」
「王子自身はその存在を知らないことになっているよ」
「そりゃ普通に気づきますわよね、王族として。テルソンさんの顔も一度見ましたもの」
「おや。そうなのかい?」
「アキュート。臭いで判別できますわよね?」
「はい、お嬢様。初めて殿下めにお会いしたとき、演習場の使用許可証を持ち込んだ少年でしたな」
「そうだったんですね。彼は暗部をやるにはちょっと出たがりだ」
もしくは出たがりに理由があって、マイレダッハが負けるのを見越して俺に顔を通していた、とか。
「嫌ですわね。ワタシ、自意識過剰ですわ」
「そんなことはないよ」
「そうでしょうか」
「そうだともさ。証拠に、ほら」
オシアンさんが指し示す先には、笑みを顔に固着させたクインさんが居た。眉間に、肩に、握りしめた拳に力が入りすぎている。
「すみません。ワタシ、急用を思い出しましたわ」
「待ちなさい、スフィア。ちょっとお話があるんですけど」
「ごめんなさいごめんなさい! アホとはいえ王子相手に暴力で解決とか巻き込めなかったんです! 思いつきで速攻決着を選びました!」
「……子供がどんな遠慮ですか。どんどん巻き込みなさい。貴方に万が一のことがあったらなんて心配したんですけど?」
「心配されるかもとは思いましたけれど、まともに保護されたことがないので判断材料に入らなかったんですわ」
「おお! お嬢様、なんとお労しい!」
後ろからアキュートに抱きすくめられた。
暖かいというよりも。
「なんだか距離感おかしくなってますけど。……ではなくて、ふたりとも血みどろじゃないですか。元気みたいですけど大丈夫なんですか」
「服が血濡れて重いのですよな。お嬢様は夜毎に服を縫い直しているというのに、また手間が増えてしまいます」
「いろいろ縫い込んでるから自分でやらないといけないんですわよねぇ」
「成長期なのに睡眠時間を削っていないでしょうね」
オシアンさんが割り入ってくる。
「君たち、お説教が始まる運びかい? 良ければシャワーの用意があります。客室もだ。疲れているんだろう、利用してくれると嬉しいな」
「あー……ありがとうございます。アキュート、背中流してくださいましね。それと──」
本当にありがたい。
思考が鈍ってもう限界なんだ。
「──ワタシ、ぶっ倒れますから」
「お嬢様?」
魔力プールにはまだまだ余裕があるが、短時間に扱う量としては多すぎた。体がついていけない。整調化や効率化ではどうにもならない感触だ。俺の体は成長性に問題を抱えているので、時間でも解決しない。今後の課題以前の問題じゃないか。
『つまり意識を失ったお嬢様に好き放題できる許可だと解釈してよろしいのでありますな? それも今後しばらくは続くものであると?』
お前、理解と曲解が速すぎて気持ち悪いよ。わざわざ念話で即思考を伝えやがって。ていうか諸々のおしおきってことで、しばらくメイド服な。
「ぐぬぅっ……! 致し方ありませぬ……!」
「そんなに嫌かよ」
「スフィア? 倒れるって? というか今、邪悪なやりとりの気配がありましたけど?」
クインさんが覗き込んでくるが、もう答える余力もない。心配させてはいけないと、無理やり笑うのがせいいっぱいだ。膝をついて受け入れ体勢になった使い魔の胸に倒れ込む。
「ワタシは──」
「お嬢様はお疲れにて、後のことは全てアキュートめに一任するとおっしゃられております」
「──そうなんですけれどぉ」
嬉々とした顔で言うのやめろ。
早まったかな。悪寒を感じながら意識を手放した。




