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第26話 プリンス・コンプレックス・ブレイカー

SIDE∶第七王子 マイレダッハ・ティレク・マクアート


「女装するガキなんて気持ち悪い! 何考えてるの? そんな格好なんかで擦り寄れると思わないでよね、やっぱり男って馬鹿!」

「女装などしないとも。俺自身を偽るだなんてするものか。人の目に映るのは見えるものだけ。くだらない欺瞞はしないとも」

「その通りだわ! 私が間違っていた! 貴方って凄い!」


「仕事、全部あんたがやっといてよね。男っていうのは女より力持ちで頑丈なんでしょ? さぼったら言いつけるから」

「仕事とは労働の喜びに繋がるものだ。俺ひとりで独占なんてできないさ。共に喜びに浴しようじゃないか」

「その通りだわ! 私が間違っていた! 貴方って凄い!」


「男のせいで私たちは苦しんだのに! どうしてお前はここにいるのよ!? 出ていけ! 私はお前を許さない!」

「男という括りで人を区別するのは悲しいことだ。俺を見ていてくれ。そんな枠に収まらない人間なのだと証明しよう」

「その通りだわ! 私が間違っていた! 貴方って凄い!」


 誰も彼もが心ない正しさにひれ伏す。

 そんな簡単なこともできない衆愚に呆れる。

 ああ。憂鬱だ。何故こんなにも俺は優れているのだろう。



◆◆◆◆◆



「師匠! 俺は負けたくないのです!」


 切実に訴えた。

 本来なら一国の王子である()が頭を下げるなどという屈辱あってはならないことだが、ここは仮想体験による他人の人生の中だ。

 未来王たる者として、特別に許そう。これこそ俺の器量の証明じゃないか。


 俺はこのみすぼらしいクラン拠点においても王の気風を損なうわけにはいかない。偉大な志を胸に秘め置き、しかし覇道を忘れず歩むこと。

 それがマイレダッハ・ティレク・マクアートの生き様なのだから。


「故あって事情を明かすことはできません。ですが男として、このWCCウィッチクラフトカンパニーの将来を担う者として、やがて俺には力が必要なときが来るでのです」


 そうだ。あのオカマのガキに勝つためだ。

 そのためならババアごとき相手に礼を尽くし、女どもの機嫌を取るだなんて恥辱の半生にも耐えてやろうじゃないか。

 武者修行の旅とでも言えば出ていくのは簡単だ。戻ってなんかやるもんか。

 ここで技だけ得て、後は旅の道中でそれを研鑽すればいい。

 女どものために費やせる時間など世界王にはないのだから。


「どうかここまで俺に授けていただいた槍術に加えて、呪術もご教授いただきたいのです。そして槍術と呪術の融合という技の秘奥を、どうか俺に与えてください!」


 あいつは呪術を習得していると言っていた。

 それっぽっちの差で俺への優越感を表してみせたのだ。もはや計り知れない傲慢である。

 一度目の仮想体験ではちょっと間違えて、教えの受け漏らしがあっただけなのだ。それだけの差など実力の違いを埋めるものではないのに、あいつは勘違いをした。これを傲慢と言わずして何と言おう。

 俺はその罪に対して、罰を与える義務がある。

 

「どうか。……どうか……!」


 ババアもいけない。

 古ぼけた技術ごときを後生大事にもったいぶり、老い先短いくせに伝統が絶えることを考慮しない。

 俺の知識に加われるのがどんなに光栄なことかわからないのだ。これほど哀れなことがあるだろうか。老いさらばえた価値観を相手にする徒労感はいつも嫌なものだ。

 だが、全ては俺の未来のため。これまでの歴史は、俺という至高の統率者を世界に君臨させるためにあった。その証明のため。

 ああ。輝かしい世界のための、全ての努力の喜びよ。

 俺はなんて勤勉なんだろうか。


「なぁるほど。よっくわかった」


 顔を上げる。嘘のない喜びの笑顔になっているのを自覚する。

 この表情を引き出したのはお前だぞ。誇るがいい、ババア。


「くたばれ、クソガキめぇが」

「がはぁっ!?」


 顔の下半分、いや、首まで伝わって両肩で受け止めるしかない衝撃が来た。

 何か口中からこぼれる感触。食べかけのクッキー? などと場違いな勘違いが最初に出てしまう。歯をまとめて砕かれた。槍の柄で打ちすえられたのだと遅れて気づく。


「なふぁっ、な、何を!? 乱心なされましたか、師匠!」

「うるさい。お前、弟子でもなんでもないだろうが。殺す前に話だけ聞いてぇやる」

「そんな! お忘れですか、WCCウィッチクラフトカンパニーでの日々を! 俺はしかと覚えています、師匠と繋いだ絆を!」

「うへえ」


 枯れ木のような老婆が首を掻きむしる。


「ぶ厚すぎる面の皮だぁなぁ。まさか耳触りのいい綺麗事のつもりで言っているのか? いや、本当に、どうなっているんだ。マクアートというのは王室なんだろう? 教育失敗ではないか」


 ──待て。

 ババア。今、何を言った。


「し、師匠。俺を試しておられるのですね。俺はこのWCCウィッチクラフトカンパニーで生まれ育ち、貴方に鍛えていただいた──」

「やめろ、やぁめろ。私の名を呼び召喚しておいてこれだ。自分のアーティファクトの使い方もわかっておらん」

「つ、使い方? し、しかし俺は誰よりも仮憶追験(パルプレコード)を使いこなしています」


 話が変わるのがわかっていても軌道修正できない。


「使う道具ではない。あれは試しの祭具だ。他者の人生体験を得るなど破廉恥な覗き見であろうが。それによる無数の利の誘惑を振り切って、アーティファクトを捨てることができる者こそ真に高潔な人間である」

「は?」

「元より想像の埓外にある体験などできない代物だ。教科書や歴史書を体でなぞるには良いかもしれぬが、視座に他者の人生が差し挟まるなど雑音だろう」

「……ち、違う。嘘だ。俺は兄上たちにも扱えなかったアーティファクトの、真の、本当の、特別な、選ばれた所有者なんだ」

「兄上たちとやらは高潔な者どもであるのだな。覗き見の道具なんぞ使う価値無しよ。汚らわしいと手放したのだ。……そういう試しの祭具である」

「ひっ? ひいぃっ!?」


 自分の腕を見た。

 ここは仮想経験の中だ、腕輪などしていない。けれど、ひどく嫌な、穢れたものがそこに巻きついている気がして、必死に腕を振り払った。

 老婆の冷めた視線に構うこともできない。


「だが疑問は解けた。末弟にかける教育の手間を惜しんだのだな。……王室もケチなことぉをする」

「し、師匠!」

「だぁから師匠ではないというに」

「改めて伏し願います! どうか哀れな私めに教えを授けてください! 俺は、俺を馬鹿にした国を許せない!」

「そこで愚かだった自分を許せない、と言えぬ凡愚など知らん」

「そこを何とぞ! この通り! この通りです!」


 何もかもがおかしい。

 だって変じゃないか。俺が地に頭を擦りつけて頼んでやっているんだぞ。これで上手くいかなかったことはないのに。

 俺に醜態を晒させて、このババアは何様のつもりなんだ。


「ことわぁる。お前は二枚舌ですらない。口を開く度に心が変わり、最初にまず自分を騙すような奴なぞ……ああ。いや。そうであった、肝心の、私からの試しがまだであった」

「た、試しとは? いかなる試練をも突破してみせましょう!」

「うむ。お前、私の名前を言ってみろ」

「そんな簡単なこと。師匠の名は……」


 ……ババアの名前?

 待て。知っているんだ。

 こいつは大規模クランWCCウィッチクラフトカンパニーを率いる唯一の存在(・・・・・)で。あのオカマのガキの師で。覇気のない枯れ木のような老婆で。ここを越えればあいつに勝てるはずで。

 知っているはずなんだ。


「チッ。案の定、召喚の代償を踏み倒しおったか。答えておれば乗っ取ってやれたものを。これだから新蒼(ブルー)の世は甘くていかん。やはり都合のいい憑坐(よりまし)などおらんものだぁな」

「い、いや、ちがっ、こんな簡単なこと。そ、そうだ! お、畏れ多くて師匠の名を口にできないだけなのですっ」

「黙れ。その場しのぎの浅知恵がうまい人間には信が置けん。そちらの私は実体を得ているのだったか。(かんなぎ)を育てているはずだぁが、苦労が偲ばれるというものよ」

「お、俺は……俺は……」


 視界にはテントの床張りだけ。顔を上げられない。


「もういい。私は務めだけ果たしていく。名乗れぬゆえに言葉のみ持ち帰れ、凡俗よ。……一度くらい真剣勝負をしてから、おのれの野心を見つめ直すがいい」


 心臓が跳ねる。どうして知ってるんだ。


「規約で縛った偽りの格上破り、試合と称して自分だけ殺しの権を振るう、監視という名目の保護を保険にして戦う。……王座に連なる身分を真剣になれない言い訳にするでないわ、すくたれ者め。挙げ句の果てが他人の人生で自分探しとは笑い物にもならん」


 事実を列挙されて、本心まで言い当てられた。

 このババアは。いいや、この存在は。


「俺はきっと貴方に──」

「だが言葉という理屈では、すぐに曲解するであろうな。いつでも、何度でも、都合よくお墨付き扱いにするのがお前よ」

「い、いいえ! そんなことは決して」

「だぁから、わからせる」


 髪に手が触れる。頭を掴まれる。指が頭蓋骨に潜り込む。

 一瞬、何をされているのかわからなかった。


「──ぎ」

「おぉう、おう。暴れろ、暴れろ。痛みでわかっていけ。どうせお前ごとき、次など与えられずに終わるのだ。現実の解像度が薄いようではどんな経験も身につくまい。ならば仮想の痛みを刻んでいけ」


 脳を掻きまわされている。


「どうせ私を送還する手順も知るまい?」

「──ゃ──ぁ──!!」


 悲鳴を上げようにも、鼻腔を貫いた手指が喉を抓んでいる。つまり、もう手首まで頭に突っ込まれていて。


「──ッ!? ──ッ!?」

「アーティファクトで仮想召喚されたこの身よ。ならば術者の仮想体験を強制終了、仮想の死をもって送還とする。儀式の強引な締めというわけだぁな」


 手脚がもがく。胴が跳ねる。全身がのたうつ。


「ッ!? ッ!? ッ!?」

「耐ぁえろ、耐えろ。長く耐えて死んでいけ。我が名とともに忘れる仮想も、痛みとして刻めば魂で思い出せよう。たぶん? もしかして、なぁ?」


 嘲笑。

 そんな声など聞こえるはずもなく、苦痛だけが意識を満たす。

 痛みのせいで目的が飛ぶ。どうしてこんな目に遭っているのかわからなくて、反省を知らないから混乱する。他責する余裕もない。

 教訓なんて何も残らない。元より根拠のない優越から出る言葉なんて心に刻まれるはずもない。

 マイレダッハ・ティレク・マクアートの初となる仮想人生失敗はそんな顛末で、誰の記憶にも、何の記録にも、彼自身の経験にも残らなかった。まったく成果にならなかった。

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