第25話 王都から昇る星は赤く
「くそっ、俺を馬鹿にするな! 受けろ我が誅罰の炎を! 大詠唱始動! 始源の火よ、遥かなる空の最果てにおいても輝ける君よ。おお、我が指先の──」
長い。遅い。ちんたらするなら退場だぞ王子さま。
「輪蔵濁唱、限界輪転」
「──示すとがはぁっ!?」
大音量を轟かせて指弾を発射。威力も比にならないそれは、ローブの袖を内から引き裂き、発動体の自壊を引き換えにしての砲撃だ。
だが巨躯の女獣人はマイレダッハを蹴り飛ばし、自分は反対方向に跳躍して避けた。
弾速の遅い指弾はふたりの間を通り過ぎ、演習場の内壁に着弾。
もう一度、大音量が発生する。
観客席が破壊される衝撃に耐えながら、貴公子然とした金髪をなびかせて身構える王子さま。遠い間合いでも必中を疑わない、槍による刺突。
「ゲホッ。はったりが通じるものか! 受けよマックールが秘伝、妖精蹄脚!」
俺は砲撃の反動を受け流せていないまま、強引に前へ。
鼻先に触れそうな距離にマイレダッハが現れた。
どんな高速移動だろうが攻撃の前に足が止まるなら容易い相手だ。しかも急停止が不可能。むしろ転移じみた速さのせいで、とっさの対応も小回りもできてないじゃないか。
というか、同じ相手に工夫もせず同じ手を使いやがって。
「だなんてお説教してあげませんけれど」
「な。えっ近すぎ──がふっ! ぶ、ぶわぁ!?」
槍の間合いの内側、すぐ近くから笑いかける。
あとは足腰で総身を射ち出して、顎に頭突きを叩き込むだけ。舌を噛んだ王子さまがのたうち倒れる。
あの歩法、妖精蹄脚なんて名前があるのか。冒険騎士フィン・マックールのそれと比べて練度が低すぎる。
俺がダンジョンで見たときは足を止めてなんかいなかった。
「こういうふうに、でございますね。お嬢様」
声はすぐ近くから。
すれ違いざまの鉤爪が薙ぎ払われて、腕を引き裂かれる。骨まで届く負傷。尋常の治療が通じる域を軽く越えていかれた。
これで両腕に重症だ。
元から初弾を撃った後は防御に使えればいいかな、程度だったので上出来だろう。
構わず、のたうちまわるマイレダッハの顔面を蹴り飛ばす。鼻面を蹴り潰すのには失敗したが、耳の下、顎のつけ根あたりに命中。悲鳴が止まったから顎が外れたかな?
もう一撃、高速の鉤爪が俺の肩を抉った。
負傷の深さは無視でいい。本来なら脚でも切り落としてとどめに移るのが定石だが、そうされないのは倍近い体格差があるから。低い位置は狙いにくい。
さらにもう一撃。背を大きく抉られる。
そこでようやく俺の使い魔、巨躯の獣人態、裏切りの魔獣アキュートが視界に戻ってきた。血濡れていると美しいな、きっと美少女である俺の返り血だからだな。
アキュートの口元が緩んだ。
手加減なしなのが良い。引き絞るようにして、鉤爪が脇に構えられる。
「とどめです、お嬢様」
「そうか? 俺の勝ち確だろ」
アキュートの腕が、俺の胸を貫いた。
本当に良いな。喉に仕込んだ自爆呪印を傷つければ相打ち。正しい判断だ。きちんと覚えて警戒していた。手加減せず嬲り物にもせずの速攻として、本当に正しい。
深く貫かれたまま感嘆する。
まあ眼窩に手指を突っ込み引っかけて振り回し、地面に叩きつけられる、とかの手段を取られたら負けていたかもなんだが。
血の塊を吐いて笑う。
「顔を傷つけないでくれて悪いな。何せ美少女だからな」
「それが遺言でありますか」
「だから違うって。……よっ、と」
「!?」
なけなしの力でアキュートの胸倉を掴んで身を寄せる。首根っこに腕を絡ませて、思いっきり唇を押しつけた。
言っておくがキスなんかじゃないぞ。
牙に噛みついて砕き折る。そして迷わず、それを飲み込んだ。
「何を!?」
「何度も言わせるな。俺の勝ちだよ」
◆◆◆◆◆
魔獣の牙なんて素材がある。
何の魔獣だよ、というところからなんだけれど。
子鬼や犬鬼だなんて低位のモンスターではない、わかりやすく脅威になる個体から採取される素材だ。
魔の文字がつく獣種はおよそ、まっとうな生態系から外れている。
要因としては、特殊な誕生経緯や極限環境への適応のため、膨大な魔力を体に蓄えていることが挙げられる。その量は魔獣と呼ばれる基準として、少なくとも人間に換算して並の魔術士十人分だとか何とか。
あれ? そういえば、そんなモンスターの体を魔力で生成できている俺って? 話が変わりそうだからやめよう。
魔獣の牙はピンからキリまであるが、加工がしやすいという意味でありふれた素材だ。
護符の核にして良し。
整形・研磨して武器にして良し。
そして、削った粉末を妙薬にして良し。
魔力の形質、濃度によっては妙薬の域を逸して霊薬にまで達する。この際、単一素材の薬というのは少なく、他の触媒と混ぜ合わせられる。接取するための緩衝剤的な触媒が普通だろうか。
魔獣系モンスターの素材をそのまま経口摂取するなんてのは、正気ではない。
俺の場合? いや、いけるだろ?
元はといえば自前の魔力由来だし。譲渡した魔力が変質したものだし。変質して劇毒級の魔獣素材になってるのはわかるけど、だからって無理ではないし。正気ではなくても不可能じゃないし、たぶん。
根拠?
……そりゃあ俺が美少女だからで。
全力で殺しに来る、だなんて信じ方をしてくれる奴がいるからだよ。
◆◆◆◆◆
豊かすぎる胸を蹴って後ろに跳んだ俺の両腕を、大穴が開いた胴を、生物的な赤い装甲が覆う。外骨格。それも蠍の甲殻だ。
胸を中心に肩へ。肩から指先まで。瞬時に赤い甲殻に包まれる。
傷をふさぐ。止血よし。手指が動く、感触がある。機能よし。痛みは例に及んで無視。
「ぶっつけ本番よし! ギャンブル成功!」
「おやめくださいお嬢様! 本音を叫ぶのは!」
喜ぶ間もなく、赤い棍による突きが来る。
絵に描いたようなフェイントからの巻き打ち。顔面突きを目眩ましにして手元で棍を捻り、側頭部狙いの一撃が来る。
甘い。わかってたよ。フィンの歩法やら俺がクソ司祭に見せた棍術やらを見取り習得する冗談みたいな高スペック人型魔獣の相手だぞ? 切り札じゃ足りないから賭けを打ったんだよ。
腕を無造作に振ると、それだけで棍を粉砕した。
アキュートの顔が驚愕に染まる。
マンティコア由来の装甲を鎧にしただけなわけないだろ。硬度は遥かに上。身体強化の一種も同時に発動している。
いやぁ、検証は大事だなんて言ってたけれど、ぶっつけ本番は楽しいな。勢い任せでアクセルべた踏みにする快感は何物にも代え難い。
「この状態で指弾を撃ったらどうなるかな?」
取り出すのはアーティファクトの最小の形、ナインライブズを弾丸にした礫弾。それも、両手からこぼれるほど大量にだ。
我ながら贅沢な使い方をしている。
「マジですかお嬢様」
「おう。がんばって避けろ」
両手から銃撃並みの指弾を連続発射。
銃とは弾丸の素材が違う。かすめた礫弾が獣人の毛並みをごっそり削った。銃とは狙いの精度が違う。初めてギルマスから受けたときの銃撃はばら撒き弾だったが、隙あらば手足の末端や関節の内側を狙っていく。大きく動いて避けるしかない。
防御姿勢は取らせない。高速移動への溜めも許さない。
このままジリ貧を強制し続けるのも楽しいが、せっかく気分がいいから次の段階に移ろう。
「隙をうかがっているつもりですの、王子さま?」
「殿下、危ない!」
指弾の狙いが変わるのを悟って、アキュートは倒れたマイレダッハを容赦なく蹴り飛ばした。おお、蹴球競技のボールみたいに飛ぶじゃん。
「がはぁっ!? ……チッ。もっとイチャついてろよ!」
受け身を取って立ち上がる王子に、たいした負傷は見られない。顎まわりが痣になっている程度か。
やっぱり自己治癒の魔術も使えるんじゃないか。
「気が変わったので王子さまの、ええと、名前はいいですわよね。アーティファクトについてですけれど」
「フン。語ってみせろ我が因縁め。聞いてやがはぁっ!?」
余裕顔がちょっとムカついたので腹に一発当てた。非貫通、重さと衝撃重視の弾だから安心してほしい。
「ゲホッ。ク、クソ! どうなっている、こんな技なんて使える人生ではなかったろう! 頭のおかしい従者もなんだ!? お前の人生こんなじゃなかっただろ!?」
「それですわよ。アーティファクトが体験させる人生の解像度が甘いんですわ」
「なんだと! 王家秘伝の宝を愚弄するか!」
「そうではなく。アーティファクトにインプットする王子さまの認識の解像度が低いんでしょう。それ、遠見の姿鏡とか、呪具や占術系の道具ですわよ。対象へのピントが甘いから鏡像もぼやけるんですわね」
「俺を迷わせるための虚言はやめろ! 見下げ果てたぞ!」
「呪術ならワタシはよくわかるから言ってるんですわよ。そもそも王子さまが経験したっていうワタシの人生では、呪術は教えてもらえませんでしたの?」
「そ、それはっ……だが、それが本当なら今まで俺が体験してきた、王や英雄、A級冒険者たちの人生だと思っていたものは……」
両手を打ち合わせて音を鳴らす。
「はい。時間切れですわ。ワタシの傷が全快しました」
「じ、時間稼ぎか!? 卑怯者!」
その通りなので弁明なしだ。正道とか斯道とか、俺にはどうでもいい話なので。公衆の面前での試合なら少しは気を遣うけれど。
「マクアートを蔑する愚か者に、未来の世界王として天罰を下さねばならん!」
「そのノリまだ続くんですのね」
指弾を向けるが、射線上にアキュートが割り入ってくる。赤い甲殻製の盾を構えて。オリジナルの手札とは喜ばせてくれるじゃないか。こいつと長期戦したら絶対に楽しいだろうな。
王子さま、そろそろ邪魔になってきた。
盾の上端を狙って重い指弾を当てる。受け止めるつもりなら盾の大きさが足りなかった。連続で同じところに当てると、四発目で盾を弾かれてアキュートの体が泳ぐ。
すかさずその腹を、鋭い指弾で貫いた。
「さっきのお返しな」
口端を無理やり笑いの形に歪めて、返事の代わりにするアキュート。うん。いいぞ、そういうの大好きだぞ。
「俺の時間稼ぎも終わったぞ、愚か者が!」
巨躯の後ろで、魔力が凝縮される。
槍投げの格好でマイレダッハが肩に担いだ槍からは、可視化するほどの魔力があふれ出ている。
「これぞ四年前、砦を貫き街道を崩した一投! お前の槍術の師、ヘカテー=エリニュエス最大の絶技だ!」
「ババアのというか、言ってはいけない名前を口にしますのねぇ。王子さまの問題だからいいですけれど」
応えて、俺も動く。
まったく同じ投槍の形で、赤い棍を構えた。
「な……! 馬鹿にしているのか!?」
「少し違いますわよ、煽ってるんですわよ。そちらは充分な溜め撃ち、ワタシは抜き撃ちの速射。勝負しますの?」
「お、おのれ! 勝負になどしてやるものか、駄目押しをくれてやる! 解像度が低いというのなら繰り返せばいい!」
「あっ。いけません」
マイレダッハが吠える。
「さあ、今こそ再び廻れ! 仮憶追験!」
王家に伝わるアーティファクトが発動。
勝利を確信した顔が、しかし瞬間後に引きつった。目を剥き限界まで口を開いて絶叫する。
「ぎゃ──」
あ、の音が長くしつこく、耳障りに伸びる。
制止は間に合わなかった。ババアの名前を唱えた後で呪具系のアーティファクトを使ったりなんてするから、仮想体験の中に悪いものを呼び込んでしまったんだ。
王子さまは体を激しく痙攣させ、白目を剥きながら血混じりの泡を吹いて、支えを失ったように脱力。
爆発物同然の状態の槍を残して、気絶した。
「アキュート、打ち上げろ! 高くだ!」
「かしこまりました……!」
光を不安定に脈動させる槍が、きれいなフォームで蹴り飛ばされる。真上へ。勢いよく、演習場の観衆席よりも高く。
こいつ足癖悪いな。鍛えるときは蹴りを軸にしよう。
投槍の構えを改める。
大きくのけぞり仰角を確保。肩から背を意識して、狙いを補正しつつ発射台を形成。膝を曲げて溜め、足腰で跳ぶ力をダイレクトに伝える。
王子さまに倣って、気分を出そうじゃないか。
「偽銘偽典・赤蠍箒星!」
投擲。
まっすぐ夜空めがけて昇った赤光の流星は、打ち上げられた槍を押し流し、飲み込んで、際限なく高度を上げ、そのまま夜空の雲に吸い込まれていった。
あれ?
無害な高さで爆破して散らせばいいと思っていたんだが。爆発の様子がないよな? 閃光は? 爆音は? 衝撃すらもなく、ただ赤い軌跡が夜闇に溶けていく。散らすどころか一方的な威力差で掻き消した。
やりすぎちゃった、かな。やばいかな。見る奴は見てたよな。
自分のしたことに唖然としている隙を突いてアキュートが動く。
グロッキー状態の王子さまの襟首を掴んで、そういう武器であるかのように振りかぶった。
そうだった楽しいことの途中だった。ここで止めるだなんてもったいない。他のことは後で考えよう。よっしゃ引き続き全力だ負けねえぞコノヤロウ!
「申し訳ない。そこまでだ」
余計な思考をしていたせいかもしれない。
邪魔が入った。




