第24話 王都の魔獣とお嬢様
「ハニー様を届けてきましたぞ、お嬢様」
「本当かよ? きちんと宿の中に預けてきたのか?」
「これは異なことを。視覚共有で見ておられたのでしょうに」
いや、うん。検証は進行した。俺がアキュートに隠して視覚共有しようとしても気づかれるんだな。まあ、ばれたら監視に使えないってわけじゃない。
感覚共有はON/OFFではあっても、魔術のように発動するものとは違う。俺とアキュートの主と使い魔としての繋がりがそういうものだっていうだけ。
同じことはアキュートからもできる。痛覚共有がいい例だ。ただ、リソースを払う場合の決定権は俺にある。各感覚の共有くらいなら魔力なんて使わない。
「お嬢様? 気が散っておられますかな?」
「かもな。隠形の結界に集中してると逆にそうなるんだよな」
本当は隠形の結界なんかじゃないんだが。ただの模倣再現で別物なんだが。たぶんもう二度と通じないんだが。
賭けだったが、これでクインさんの使い魔の蜂もごまかせた。
倒れたハニーさんと、拘束したクランHtBtの見習いたちもおまけに、クランBWlzの拠点宿に預けさせた。
フィジカルが強いってすごい。羨ましいな。宿の裏から表扉まで、跳んで爪をひっかけ登って、屋根を越えての行き来にほんの数十秒だ。今後俺にできないことは、雑にアキュートに任せて問題ないだろう。
「で、これから王都を脱出するのですな」
「なんでだよ。国営演習場に行くんだよ」
「ええぇ? やめませぬか、お嬢様。どう考えても胡乱な誘いにございますぞ。いつものように言ってくださいませ、面倒くせえと」
「そうだなぁ」
紙片を取り出す。
──誰にも知らせず誰も連れず、我らが決闘場まで来られたし。
宛名もない明らかに酔っ払った文面だ。
未成年の酔っ払いの何が面倒くさいって、酔い醒めを拒否するんだよなぁ、あいつら。
これが襲撃者の懐から落ちてきたのを確かめたときは絶望した。無視したら余計に面倒になるタイプの粘着質ロマンチストに絡まれちまったじゃん、と。
だってそうだろ? 届く保証のない便りを送るような奴だぞ?
承認欲求だけでなく思い込みまで強いじゃねえかよ、ふざけんな。ストーカーに進化する前に因縁を断ち切ってやる。もう王子さま扱いなんかしてやらねえ。
クインさんたちにも迷惑をかけているんだから。
「先にマイレダッハを終わらせるぞ」
◆◆◆◆◆
人の気配がしない国営演習場。
要はスポーツ競技場だ。簡易コロッセオ構造の本棟も、併設された広場も。深夜でも警備は必要だから無人なんてのはあり得ないんだが、事実、誰もいない。
コロッセオの中央まで来たところで、いくつかの確信が生まれる。都合がよすぎる人払いの結界。都合がよすぎる魔術。おそらくは、あのアーティファクト。
「ようこそ!」
一斉に照明がついた。
照らし出されるのは貴賓席のマイレダッハだ。
何かポーズを取っているが光源の角度を間違えており、ぼんやりしたシルエットにしか見えない。
「よく来たな! 我らが因縁の、そして、我が雪辱の地へ!」
一言の度に身をよじる、回転する、ポーズが変わる。あ、今日は剣じゃなくて槍を背負っているな。
王子さま、そんなキャラだったんだ?
「とうっ!」
高所から飛び下りて正面に着地する。
今のは膝腰への負担無効か、高精度制御の風魔術かわからなかったな。いや、たぶん両方か。
髪を掻き上げるマイレダッハは勲章のような大量のアミュレットで飾り立てた、軍服とも礼服ともつかない派手な格好をしている。
「勤勉ですのね、お手製のアミュレットだなんて。王族の教育で作る物とは思えませんわ」
「わかるか。やはりだな。俺の因縁相手に相応しいよ、お前は」
「……ワタシ、オカマのガキとか汚らわしい魔女とか言われたから、嫌われたんだと思ってましたわ」
「好悪など王には些細なことだ。見ろ、この仮憶追験を」
見せつけるのは地味な腕輪。
「アーティファクトですわね」
「その通り。王家秘伝の宝。歴代の誰もが手に取り、誰も使いこなせなかった代物だ」
へえ? そんな大それた物とは思えない。
格を感じないというか存在感が薄いんだよな。
「だが俺は違うぞ! 俺が、俺だけが仮憶追験を使いこなすことに成功した! 俺は特別だ!」
「何かに適合しただけで特別は、ちょっと言いすぎですわよ」
「そう思うか? これを見てもそう言えるかな」
槍を構える。
「……」
ワタシと同じ構えですわね。
と言っていいものだろうか。マイレダッハと戦ったときに俺が使った槍と、今、マイレダッハが構えている槍の縮尺まで同じだからだ。持ち主より頭ひとつと少し長いくらいの槍。
思うところはあるが、俺と同じ構えだった。
「仮憶追験の発動は一瞬で終わる。効果は、相手の人生の体験だ」
「……王子さまはフィン・マックールから剣の教えを受けたんではなかったんですの?」
「同じことだ。現に俺は、マックール家の固有歩法を会得している。それもオリジナル以上にな」
あの高速の踏み込みのことか。速すぎて見取り稽古もできないやつ。
他人の人生を体験するだけでなく、体験によって技術まで習得できるアーティファクト。
「そして俺は例外なく、本人よりも人生を成功させている!」
「うん? どういうことですの?」
「せっかく英雄騎士フィンの名が出たのだから、そこを例にしてやる。フィンの汚点であるゴルモーナとの決闘敗北、妖精妃サーバとの別れ、サウィン宮殿の炎上。全て俺は勝利し、阻止して、挽回してみせた!」
「は?」
「お前の人生もだ! 親に捨てられ、女どもにいいように使われた、虐待同然の暮らしをしていたんだろう?」
得意満面で言い当てながら、槍の穂先で俺を差す。
「残念だったな! それはお前が弱いからだ、道理を説くだけの言葉を知らないからだ、運命に逆らわなかったからだ! だが俺は違うぞ! お前の人生における位置に俺がいれば、師を越え、より善くWWCを拡大し、母と女どもを救ってやれるのだ!」
「話をずらすみたいで恐縮ですけれど、仮にも王籍に連なる者がそんなに増長満と優越感を丸出しにして、いいんですの?」
「いいのだよ! 俺にはそれが許される! 俺だけに許される権利だ!」
「はあ。なぜ?」
「こんなにも俺は優秀だというのに、生まれの順序だけで然るべき権利を奪われた! 本来、王になるのは俺のはずだ! 俺は誰よりも優秀なのだから!」
「第一王女はもう国政に参加していますわよね。経験の差は否定できないですわよ」
「わからないのか愚か者め! その経験の差を埋めるのが、我がアーティファクト仮憶追験だ! 経験など他人の人生でいくらでも詰んでいるんだよ。王の、剣聖の、英雄の経験を、そいつら以上にうまくやった人生でな!」
王子の瞳に狂気が宿る。
「凡人には決してわかるまい。生まれながらに全ての才能を持ち、ひとつの不可能もなく、しかし生まれ順だけで正しい評価を得られない全能者の苦悩など!」
「それなら全能者さまの道徳観で、正しく国を支えればいいのでは?」
「違う! そうじゃない! 俺の器はマクアート王家に収まるものではない! 俺はやがて、世界の王となるべき男なんだ!」
「はっはっは」
ダメだこいつ。指さし笑う。
承認欲求の前に、誇大妄想と自己正当化があるんでやんの。おまけに自己評価が狂ってる。
笑えるけれど付き合うのは御免だ。
「お喋りも飽きてきましたわ。アキュート」
「かしこまりました。お嬢様」
次の瞬間、鋭い鉤爪が俺を切り裂いた。
◆◆◆◆◆
巨躯の女獣人姿を取った魔獣は、王子の隣で赤く濡れた爪を舐める。
「あまり驚いておらなんだのですな?」
「そりゃお前、兆候まみれだったろ。驚いているとしたら、このタイミングかぁって点かな」
指先から血がしたたる。片腕が丸ごと使い物にならなくなった。
今はリソースの浪費ができない。止血までにして、戦術を練り直す。本当なら逃走が一番だが。
「ハハッ、ハハハハハ! 従獣使いとしても天才の俺にかかれば、獣人ごとき無詠唱で支配下に置くのは簡単なことだ! 悔しいか? 奴隷を奪われた気分はどうだ!?」
「だそうですわよ?」
「はい。それはもう完璧に洗脳されております。お嬢様に脳破壊をしかける備えは万全にて」
「それは知らない俗語ですわねぇ」
「王子殿下。お嬢様はめっぽう痛みに強いので、苦痛で降参させることはできませぬぞ」
「お、おう、そうか。え? 勝手に喋れてる? お前、俺の隷属魔術を受けたんだよな?」
「はい。しかと隷属しております。ほら。お聞きくださいましたか、この自己申告を」
矛盾するなよ。王子さまが困ってるだろ。
それにしてもアキュート。
お前、俺の魔力で体を形成しているのに裏切って大丈夫なのか。お前の核が俺の中にあるも同然なんだ。念のため言っておくけれど俺たちは本当に死なばもろともだぞ、俺が死んだらお前も死ぬぞ。
「ま、まあいい! 信頼する従者の手にかかる気分はどうだ!?」
「簡単なことです、お嬢様。結果として死んでも仕方ありますまい。何せアキュートめはモンスターにございます」
念話ではなく言葉で答えるアキュート。
「それは甘えだろうがよ」
マイレダッハは忙しく俺とアキュートの間で視線を往復させているが、引き続き無視。今、感情を向ける先はお前じゃない。
「けれど、甘えてもらえて俺はいっそ嬉しいよ。これは本音だ。だから、もっと過激に来たっていいんだぞ」
「…………」
「まさかお前のお嬢様が、これくらいでどうにかなると思ってるんじゃねえだろうな。俺は無敵の美少女だ。お前くらいダース単位で受け止めてやる」
何が仕方ありますまい、だ。
俺は殺されてやる気なんてない。楽しい道行きはまだまだこれからなんだから。
「ちょっといいか」
「どうぞ、王子さま。蚊帳の外にして申し訳ありませんわね」
「構わん。お前、素だとさっきみたいな喋り方なんだな」
「そうですわね」
「俺にもあんなふうに話すのを許してやってもいいんだぞ」
「お断りしますわ。ワタシ、あんまり王子さまに馴れ馴れしくしたくないというか、勘違いされたくありませんもの」
「お、俺だってお断りだ、オカマのガキめ!」
「涙を拭くハンカチ貸してさしあげましょうか」
「要らんわ! 泣いてない!」
王子さまの相手しちまった。これ照れてるな俺。
「……わたくしは、アキュートめは……ずっと」
呆然とした声と心が届いてくる。
棒立ちの獣人は、俺たちより大きいのに俺たちよりよっぽど子供に見えた。
「楽しい時間はすぐに終わるのだと、ずっと、そう思っていたのです。だって、わたくしめは」
アキュートはモンスターだから。
魔物としての性質はどうやっても変わらない。変えられるものではない。まして邪智で知られる魔獣マンティコアだ。人を欺き喰らうときが、いちばん楽しいに決まっている。そんな危険なモンスターはすぐ討伐される。
これはどこまでがただの事実で、どこまでがアキュートの思考だろうか。
「だからどうした。お前はモンスターである前に使い魔で、俺の物だ」
「……でも、お嬢様」
「だからどうしたって何度言わせるつもりだよ。くだらねえ不安は捨ててついて来い。それでもって、何度でも裏切ればいい。それがお前の甘え方なら大歓迎だ」
アキュートの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「お前のお嬢様を信じろ。俺は美少女だぞ」
あふれるような歓喜の感情が伝わってくる。
同時に、上位モンスター特有の威圧感が場を満たす。
「な、なんだと? この気配って? 獣人だって言ってたよな? いやモンスターとか今言ったか? うむ? な、なぜだ?」
「王子さま、巻き込まれて死なないでくださいましね」
むしろ俺とアキュートがイチャつく場に居合わせるのを許してやってるんだ、感謝してほしい。あれ? 俺って今、王子さまと同じ物言いしてる?




