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第23話 王都の鏑矢は密やかに

「マイレダッハ? そんな名前だっけ、あの王子様。ええとね、王子様ってそんなに数がいたんだー、ってのがあたしの感想かな。第七って七人目の王子様ってこと? それとも王様に近いってか、王位継承権の順番? まあいいや。すっふぃーが絡まれたって聞いたときはさ、てっきりHtBt(ハートビート)クランの連中の仕業だって思ったもん。でも、なんか違うっぽいんでしょ? その王子様に絡まれたんでしょ? あ、なんかギルマスも絡んでるんだっけ? あいつも上昇志向が強すぎってか分不相応ってか、比べられるコナンさんも一枚噛まされた王子様も迷惑だよねー」


 マイレダッハ・ティレク・マクアートについてハニーさんに聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。

 王子様の前にその某クランの、候補生? みたいなのに絡まれたことを思い出す。


「名前負けなんて言っちゃったらかわいそだけどさ、ちっとも知らなかった。今でも、誰なのー? って感じ」

「そういえば闘技場でも、王子さまのお披露目だなんて言葉を聞いた気がしますわね」


 明らかに自己主張と承認欲求強めの王子さまだった。お辛い境遇でしたなんてオチじゃないだろうな。


「個人としての感情を抑えられぬ王族なぞ失格ですな」

「容赦ありませんわねアキュート。王族でも子供ですのよ。……えげつない思想の女騎士と付き合いがある時点で、別の意味でヤバいですが」


 確認を取らないうちに交友範囲の噂だけで人柄を決めつけるのも悪いけれど、情報源は冒険騎士(ナイト)の息子オシアン・マックールで、証明は暴発らしき昼の襲撃とその回収者だ。オシアンさんも一枚噛んでいるのではなんて憶測もできるが、これ以上状況が面倒になるとは考えたくない。

 ダメだな。思考がネガティブになりそう。

 王子さまがちょっと火遊びしてるだけのことに、どうして関係ない俺たちが気を揉んでるんだよ。


 急ぎ歩くのは、夜の大通りだ。

 怖いのはマクネッサ家子飼いの暗部だが、あいつらは令嬢騎士リブルを通して動く人員のはず。


「お嬢様。最悪を想定するにも限度があるのでは」

「そうかもしれませんわね」

「そもそもお嬢様の買い物が遅くならなければ、日が落ちる前に帰れたのでは」

「そうかもしれませんわね? でもメイド服ですわよ?」

「そろそろアキュートめは、お嬢様のメイド服への執着が恐ろしくなってきましたぞ」

「何言ってますの。メイド服は万事に優先しますのよ」

「お嬢様! お嬢様! 頭の施療院に参りましょう! 及ばずながらアキュートめがついております!」


 こいつは何を慌てているんだろうな。使い魔研修中だ、きっと神経質になっているんだな。


「ふふっ。アキュートったら、おかしいですわね」

「まったく微笑ましくありませなんですぞ……!」

「すっふぃーとあっきゅんの漫才はさー、お金払ったほうがいいやつ?」

「そうかもしれ──」


 答えかけたところで、いきなりハニーさんが前のめりに吹っ飛んだ。



◆◆◆◆◆



 見たことがある。後頭部から首にかけての部位に強烈な打撃を食らうと、人間はこういう吹き飛び方をする。内腕刀打ち(ラリアット)とか。いや吹き飛ぶというよりも、受け身なしの前飛び込みの勢いだろうか。

 額から路面への激突コースに乗れば、上体に引かれて脚が跳ね上がる。

 向きは、きれいに正面へと半回転。


 後ろだ。

 状況把握を後回しにして、振り向きざまに腕をまっすぐ伸ばす。肩から袖口へ、久しぶりに銃身成立。


輪蔵濁唱(マニ・グランジ)。因果よ、報い応え給え」


 直後ならまだ射線が空いているはず。指弾の狙いは呪術任せ。

 通った(・・・)

 発射された弾の行方はわからない。命中の手応えだけがあり、横では巨躯の獣人がハニーさんを抱き留めている。地面への頭からの激突は免れた。


「アキュート、三人! ひとり任せましたわ!」


 往来の真ん中で叫ぶ。


「え? 何?」

「急に止まらないで」

「うおっ、魔女ちゃんじゃん」


 俺の大声に困惑する者、驚く者、振り向く者。雑踏が混乱し始める中で、慌てている奴らが三人。

 最初から俺たちを監視していた連中だ。

 監視が付くのは当然の身の上だから放置していたが、奇襲があったのなら話は別だ。敵意を隠せていない未熟な追跡。密に魔術で連絡を取っている未熟な気配。やり返してやるぞ。


 相手の正体も確かめずに急接近を仕掛ける。小柄な俺が身を低く沈めれば、それだけで雑踏に紛れて姿を隠すはず。

 回り込み距離を詰める。相手の対応が鈍い。戸惑っているじゃないか。正面から相対して目を合わせてやる。

 ──錬金術ギルドの教棟で絡んできた、冒険者未満の少年たち。

 驚くのは後回しにしよう。

 全身で跳ねて、伸び上がるような掌底を顎に見舞う。当たり。のけぞり後頭部を背に打ちつける勢いで直撃。いや、無防備すぎてびっくりした。意識を刈り取るのには成功したがダメージが入りすぎたかもだ。

 次。隣の奴と目が合う。


「えっ? え!? お、遅い!」


 それ、どっちがですのよ。


 と言ったつもりだったが口からは鋭い呼気が出た。

 仲間がやられている間にそいつができたことは、懐に手を入れるところまで。肘のあたりを蹴りつけると、火薬の破裂音が鳴った。


「ぐああぁっ!?」


 銃声だ。拳銃の誤射か。やっぱり取り扱いの難しい武器はダメだな。

 彼の腿あたりを貫通した弾丸が、地面に突き刺さったのを確認。貫通創ならまだマシな傷だ。


「待てよ? 銃? じゃあハニーさんが受けた攻撃は」

「お嬢様!!」


 射線に割り込んだアキュートが銃撃を受け止め、しかし赤い鎧のように腕を包んだ甲殻ごと貫かれて、手から肩までが砂糖菓子みたいに砕け散った。ハニーさんが撃たれたのと同じ方向からの銃撃。

 いろいろ反省するところなんだろうけれど、俺は後回しが得意だなぁ。

 即座にアキュートに触れて形態変化を強制発動。

 負傷した獣人の姿が消えて、腕先に五体満足な子猫が現れる。子猫はすばやく肘肩を伝って、逃げ込むみたいに俺の髪に顔を突っ込んできた。


『び、びっくりしましたぞ……! 前のばら撒きより強かったのですが!? いったい何なのですか、あの銃とかいう代物は!』


 取り扱いが難しい高額武器(セレブウェポン)だよ。

 バリエーションが多くて消音仕様なら暗殺にも使えるけれど、山ほど痕跡を残すやら、扱いを間違えると暴発するやら、リソース管理が煩雑な上に高価やら。何考えてお子様冒険者にあんな物を持たせたんだ。


『それはもはや自爆武器なのでは?』


 そうだよ。でも道具を凝り性(アーティスト)の域まで使い込む連中がいるからな。そういう職人が狙撃なんていう変態技術を生み出すんだ。

 その狙撃を受けたハニーさんをアキュートに替わって抱きとめ、様子を見る。目をまわして気絶しており、べったりと頭から浴びたみたいに蜂蜜まみれ。


『ハニー様の帽子から蜂蜜があふれて(つぶて)を……弾丸を? 受け止めたのです』


 なんだそれ、すごいな。それが本来なら頭部貫通必至の銃弾を受け止めたのか。自動タイプの防御魔術だろうか。普通、意識外からの致命攻撃をここまで防げないだろ。

 ああ、そうだアキュート。もうひとりは?


『殴り倒して放置しております。今度はうまく手加減できましたぞ。……それどころではなく、狙撃? 射手めに狙われているのならば、速く場所を移らねばならぬのでは』


 その心配はもっともなんだが。

 周囲を見る。すでに夜番の衛兵が駆けつけており、すぐ目立つ俺たちに声をかけてくるだろう。事実、騒ぎの当事者だ。銃撃を警戒するなら事情聴取なんて受けずに逃げるべきなんだが。


「いいえ。大丈夫ですわよ」

「うぅっ。痛い。痛いよぉ」


 うずくまり血と泣き言しか出なくなっている誤射少年の服を剥いて、ほとんど拘束のように包帯を巻く。

 その頭上には一匹の蜂が飛びまわっている。

 そして銃と弾薬箱を取り上げていると、ホルスターの隙間から一枚の紙片がすべり落ちた。



◆◆◆◆◆



SIDE∶準AランククランBWLz(ビーワルツ)所属 メリサ


 癇癪のまま銃を投げつける冒険者ギルドマスター。


「このっ……! 役立たずどもが!!」


 住人不在の借家。小さな間取り相応の、窓がひとつあるだけの狭い部屋。ぎりぎり大通りを覗くことができる角度の、よくある空間だ。

 つまり複数用意された、狙撃ポイント。


 狙撃は彼の得意手だ。もし実戦に出ていれば数々の武勲を飾ったに違いない、と本人は思っているのだろう。

 その手腕を教え込んだ次代の狙撃手は、顔を負傷して声もなく倒れている。染めた髪を逆立てたHtBt(ハートビート)クランの青年。

 傍らには銃身の長かった狙撃銃が、見る影もなく砕けて転がっている。内側から爆発して(・・・・・・・・)砕けた銃が。


「こんなときに暴発だと!? グズめ! 役立たずめ!」


 実際は違う。呪いそのものの正確さで銃口に飛び込んだ弾丸が銃を破壊したのだが、彼には最後まで知り得ないことだ。

 事実はわかるが仕組みがわからんなぁ。


「銃は日頃の取り扱いが肝要だとさんざん教えてやっただろうが! 見込み違いをさせやがって、俺の時間を無駄にしやがって、俺を馬鹿にしやがって!」


 実戦に出たことのないギルドマスターにわかることではない。

 魔女にやられた因縁とやらも、不正な兵站管理の上での貸しを四方八方に作った大口の依頼で失敗、汚点を残したくなくて隠蔽処理に必死になった結果、余計な負債まで抱え込んだだけ。


「かつての戦乱期に俺がいれば、フィン・マックールではなく俺が歴史に名を残していたんだぞ! つまり本来なら俺が英雄だ、俺が真の救国の英雄だ! その足を引っぱりやがって!」

(それがし)も口が大きい方だが、とてもそこまでの法螺は吹けんぞ」


 反応は速かったがこちらはすでに構えている。

 拳銃を抜き撃ちにしようと構えた手を、短い鉄棍で打ち据えた。痛みよりも折れ曲がった手指に、一撃で戦意が挫ける。


「お、俺の! 英雄の手が! 世界を救う指がぁ! メリサ貴様、ど、どれだけの損失かわかっているのか!?」

「知らん、知らん。あと(それがし)を名で呼ぶでないわ」


 などと抗議しながら、ギルマスの目線はちらちらと倒れたHtBt(ハートビート)の男に向いている。


「助けを期待するのは酷だろう。お前が講釈垂れている間に、ワスプの麻痺槍がそやつを刺しておるからな」


 隠密と狩りに優れたワスプがこの場所を探り出し、近づいて、刺す前にはすでに自爆していた──


「──いや、小娘のお手柄なのだろうよ。すぐ次の狙撃場所に移るところに、わざわざ隙を見せてニ射目を誘い足止めしてくれた。(それがし)も講釈を垂れるとするかな。お貴族さまになりたがりのギルドマスター殿よ」

「ぐえっ」


 捕縛縄で捕えるのは一瞬だ。壁に押しつけるようにギルマスを蹴りつけ、低い声で脅しつける。


「とっくにわかっておるのだぞ。王子を焚きつけたのだろう」

「なっ、ななな、なんの話だっ」

「ベストは一挙三得だよな? スフィアを王子が下せば良し、魔女を廃し、王子に渡りが付く。スフィアに王子が返り討ちにされても良し、手傷は負わせれる、王子の評判が落ちて貴様は姫殿下の覚えがめでたくなる。スフィアと王子が共倒れなら万々歳だ、全ての憂いが後腐れなく消える」

「お、俺は悪くない! ギルドマスターに向かって暴力を振るいやがって、俺は何も知らないぞ!」

「いいや知っているだろう。(それがし)の得意を」

「は? と、得意……?」

「知らんのかぁー!? そんなことだから、つまらん失敗をするのだろうが! 深慮遠謀というものを字面しかわかっておらんのではないか!? あっ、いやいや違う。(それがし)がしたい講釈はそんなことではなくてだな」


 いかん。また頭に血が登った。

 この瞬間沸騰癖はどうにも治らんな。


「もういい。連れて行く。ちなみに(それがし)の得意は、対人の捕り物と拷問だ」

「ひっ……! ごっ……!?」


 ギルマスの不健康そうな頬に十手(じって)を押し当てる。懐剣相手にめっぽう強い、特殊な短棍だ。


「お、俺に拷問など許されんぞ! お、俺こそは第一王女ライフチェア姫殿下の覚えもめでたい──」

「無理筋はやめんか。魔女とやらの件で当時の婚約者を亡くしていても、姫殿下はとっくに既婚者だろうが。かつての婚約者に会いたいかなどと雑に言質を取って、姫殿下のご命令として保身した上、かかるお家騒動のため第三・四・五王子連盟派閥に渡りをつけている、と。責任はあの第七王子に押しつけるといったところか?」


 指折り数える。そんな綱渡りができるものなのか。

 本当に可能だというのなら、こやつ、才覚の使いどころを誤りすぎだろう。どうして冒険者ギルドのマスターなんぞやっているのやら。

 オシアン・マックールの依頼とはいえ裏取りには苦労した。

 ギルマスは言葉もなく、口をぱくぱくと開閉させている。


「お、おまっ、おま、お、え、まえ……っ」

「あ、そうだ。言質の返しだ。ライフチェア姫殿下は、お前への関与をきっぱり否定しておられたそうだぞ。うっすら世間話をした記憶ならあるが、命令や依頼を出した覚えはないのだとさ」

「あ、あの女ぁっ! 責任逃れだ、尻尾切りだ、俺は騙されたんだ! 俺もマ、マックール家みたいに取り立ててくれるって、貴族になれるって! だから、だから!」

「うむ。最低限の自供よし。眠っておれ」


 ギルマスの首の後ろに触れて、ごく弱い新約(コモン)魔法(マジック)を発動。軽めの電気ショックで、気付け、緊急除細動、意識を奪うなど使い勝手の良い魔術だ。

 声もなく脱力するギルマス。


「これで(それがし)の仕事はほぼ終わりだ。お前はどうする?」

「ゴホッ。……俺の独断だ。他のHtBt(ハートビート)メンバーは関係ない」


 銃の薬室の爆発で、顔半分が吹き飛びかけの男が答えた。その状態で応急処置できるのはさすがだが。


「残念だ。お前の弟分たちは別口でな。マイレダッハ第七王子殿にそそのかされて行動しておる。あれがそんなカリスマのあるガキだとは思えんがなぁ」

「取り引きだ。あいつらの拳銃はギルマスが用意した物だ。ギルマスに騙されたことにしてくれれば、俺は全て素直に話す」

「心得た。悪くなかろう。マズいようならクインの蜂が刺してくれるしな」

「そこは自分で判断しろよ」

「おん? 構わん、構わん。生意気王子の他は迅速に処理してしまえとのお達しだ。つまり拙速でも構わんということなのだろう。この(それがし)の判断もとっくにただの雑音よ」

「……おい。その言いざまは、まるで……?」

「うむ。気づいたか。マックール家当主代行様を通して、もっと上からの手打ちのお達しだ。雑音扱いでお前もお前のクランの若い衆も無罪放免になるかもなのだから、悪い話では──」


 いきなり視界が変わる。

 置換転移のアーティファクトを他のクランメンバーが発動させたのだ。

 我らがクランBwLz(ビーワルツ)の拠点である宿ではなく、質実剛健な広い執務室。過美ではない造りがかえって目の毒やら、(それがし)の気に障るやらで腹が立つ。金持ちは嫌いだ。


 執務机では部屋の主であるオシアン・マックールが眉間にしわを寄せており、我らがクランリーダー、クインの姿もある。


「──なんだぁ? (それがし)のカッコつけチャンスを奪いおって。ハニーなら無事だぞ、いったいどうしぐえっ」


 胸倉を掴まれる。暴力反対。

 クインの顔が近くても、この暴力女にときめく要素は皆無でいかん。(それがし)の好みはおしとやかなヤマトナデシコでだな。というかなぜ衣紋締めに極めるのだ苦しい、苦しい! ギブ、ギブ!


「スフィアの姿が消えました!」


 我らのリーダーは半泣きでそんなことを訴えたのだった。

 ほう。小娘め、見事ではないか。

誤字がなくならないのは都市伝説じゃないんだなって。

細かい違いでも設定ミス級となると困ります。

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