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第21話 王都の警告者

「正直、びっくりしました。本当の殺し合いだったじゃないか、あれ」


 豪華すぎる執務デスクと書類の山に埋もれた姿で、オシアン・マックールは長い息を吐いた。

 どう見ても戦う者のそれだろう体格は変わってないのに、不思議と圧力が緩んでいる。


「決闘は刃傷沙汰じゃなくて、談合をわかりやすく広く示す儀式ですよ。みんなわかってくれないんだ、これ。ワスプ君はどうして止めなかったんだい?」

「止める必要がなかった。まだ続けられただろう、スフィア」

「そこでワタシに振りますの?」


 ため息がうめき声に変わる。

 オシアン・マックール。

 冒険騎士(ナイト)フィンの長子。王国圏第二位クランFKns(妖精騎士団)のリーダー。国営演習場の運営責任者。留守がちなフィンに代わってマックール家の頭首を務める代理人。

 肩書きが多すぎる。ひとりでできるキャパシティを超過している。つまり苦労人じゃん。

 確か、歳は三十に届いているはず。


「スフィアちゃん。あれだよ。隠し子最年少記録には届いてないし会話もできそうだから、ほっとしている私がいるんだ。こういうのどう思いますか?」

「お察しいたしますわ。ワタシが言ってはいけないかもですけれど、オシアンさんは苦労なさってますのね」

「ありがとう。でもいいんだ、父の隠し子なんてのは毎年二、三人くらい新しく現れてくるんだよ。その度にクラネが荒れるんですね、これが」

「正直どうでもいいので、速くアーティファクトを引き取ってくださいまし」

「ははは。スフィアちゃんのスタンスはありがたいなあ」


 冒険者ギルドの内部監査特員(ギルドナイト)であるコナン・マウルことハゲのおっさんからの一信が、先んじてマックール家に届いているはず。

 内容はフィンが所持していたアーティファクト、ナインライブズの返還だ。

 このアーティファクト、最もこれを使いこなせる者が持つべしというのが決まりだとか何とか。知らねえっての。勘弁してくれ。

 そんな理由で英雄フィン・マックールの象徴たる武器を預けられるだなんて、冗談じゃない。


 執務室には俺とオシアンさん、クランBWlz(ビーワルツ)からクインさんとワスプさん、獣人姿のままのアキュートしかいないので、全員の顔を見てから懐に入れていたアーティファクトを取り出す。

 デスクに置いたそれは小さな鉄の球体で、オシアンさんは首を傾げてから手を伸ばした。


「うわっ。驚いた」


 鉄球は一瞬で剣に変わる。

 もう一度、今度は反対側に首を傾げて。


「ふむ? スフィアちゃんが使ってたんですね、これ?」

「はい」


 主にマクネッサの女騎士相手と、使い魔アキュートに騎乗したとき、多く魔力を注いだ。公衆の面前に持ち出すのはまずいので、マイレダッハ王子相手には使わなかった。

 鍋や食器に使ったことがあるのは秘密。


「スフィアちゃんにこれを渡したのは親父殿、フィンなんですよね」

「はい。一番使いこなせると言われて。余人に理解できる基準でない、一方的なものでしたけれど」

「ははは、親父殿はそういうところがある。うーん……クインさん、ワスプ君。ちょっとこれ、持ってみてくれますか」


 首を傾げる仕草が伝染する。

 クインさんがアーティファクトを受け取ると、剣は蛇のようにうねりながら絡まりついて、腕輪として手首に収まった。

 腕輪を外すのに苦労したが、ワスプさんが手伝おうと触れた瞬間、芯でも通ったように堅く伸びて槍になる。ワスプさんが背負った槍と同じ長さと形状、おそらく重量重心ともに同じなんじゃないだろうか。


 使い手に合わせて姿を変えるアーティファクトとはこういうものか、と今さら納得した。

 クインさんはたぶん杖のような魔術の補助具。それも身動きを邪魔しない軽量の物だ。

 ワスプさんはもっとわかりやすく、彼が扱いを習熟している武器を模倣した。


「はい、ありがとう。どれどれ……ふむ……?」


 そして再びオシアンさんが持つと、変形の過程を見せず剣に変わった。


「やっぱり。このナインライブズには、使用者の癖が残るんです。でも、さっきスフィアちゃんから受け取ったときはそれを感じなかった。こう、まったりとした、胃に優しい薄味のスープのような。そう、穏やかな春の陽射しのような。まるで暖かな母の手のような……」


 うっとりした陶酔顔の王国圏第二位クランのリーダーさん。

 急にどうした。少し怖い。


「大丈夫なのですかなこの御人」

「アキュート、もう少し言葉に手心をというかなんというか、ですわね」

「……ママぁ……」


 剣に頬ずりしだしたオシアンさんに、全員が揃って一歩退いた。


「はっ。……ち、違うよ? 誤解ですよ?」


 何が。


「ダメですなマックール家」

「アキュート、もっと言ってやってくださいまし。ワタシ今、語彙力が落ちて言葉にできませんわ」

「やめてくれないかな。私個人はともかく家への中傷は」


 目立たない槍使い、ワスプさんが一歩を前に出て、


「いや、俺には武器に頬ずりする気持ちがわかるぞ」

「これ以上脱線させないでほしいんですけど」


 クインさんに肩を掴まれ強制的に後退させられた。


「ゴホン。そもそも最初の鉄球は? あんな姿になったナインライブズ、初めて見たよ」

「持ち運びに便利なようにですわね。ワタシが初めて見たとき、フィンも小さな短杖(ワンド)にしていたのを見ましたので」

「複数の形を使い分けられるんだね。すごいですね、親父殿が預けただけあるなぁ。いくつの形態を使い分けられるんですか?」

「いくつ?」


 あ。しまった。

 素で反応してしまった。

 しかもオシアンさんの察しが良すぎる。にこやかに笑ったまま、顔から血の気が引いて蒼白になっていく。好きな形に変えられるんだってバレた反応じゃん。

 話を変えよう。俺の発見についてだ。


「ワ、ワタシ、発見しましたんですわよね。あのアーティファクトは技術を得た大人よりも、将来性の定まっていない子供に持たせたほうが、いろんな形態になるんじゃないかって」

「マックール家に縁のある者は、みんな一度はナインライブズを持たせられていますよ。もちろん幼い子供もだ」

「でしたら!」

「子供が持っても玩具みたいなナイフや棒になるだけだよ。これの例外はちょっと知りませんね」


 俺の発見、大外れ。


「親父殿の、フィン・マックールの見立ては確かです。君は誰よりもアーティファクト、ナインライブズを使いこなしている。答えてください、いくつの形態に変化できるんだい?」


 裁判で不利な証言するときってこんな気分なのかなぁ。いやいや。ババアどもの難癖圧力説教よりは遥かにましだ。

 どうにか心を鼓舞するのに成功。正直に行こう。


「……ワタシ自身も把握できていませんわ。ひと通りの武器や道具に変えられましたし、たぶん発想と必要に応じて、いくらでも。鞍と(あぶみ)(くつわ)のセットに変えたこともありました」

「前代未聞だね、それは」


 そんなに?

 オシアンさんの目つきが変わる。鋭くではなく、透明度が増したような気がする。


「スフィアちゃん。君は──」

「お待ち下さい! クランBWlz(ビーワルツ)から、FKns(妖精騎士団)のリーダーへ、いいでしょうか」

「──うん、いいよクインさん。提案かな、進言かな。よろしくお願いしよう」

「では。クランWCCウィッチクラフトカンパニーのスフィアは、同クランからの脱退手続き中で不安定な立場にあります。また、王都冒険者ギルドマスターから、第七王子マイレダッハ殿下から、ともに睨まれており危うい状態とすら言えます。そんな子が冒険騎士(ナイト)フィン・マックールのアーティファクトを継いだと、公にしていいものではありません」

「そうだね。これじゃあ仮にFKns(妖精騎士団)に誘い入れても、保護や囲い込みになってしまう。ナインライブズの使い手に相応しい形にはならない。いや、もう正直に言ってしまおうか。スフィアちゃんを勧誘するつもりはありませんよ」

「……だそうですけど、スフィア」

「お話を引き出していただけて感謝しますわ、クインさん」


 本当にありがたい。

 てっきり囚われの身になるのかと。

 フィンの名誉やらマックール家の面子やらに泥を塗っているも同然だ。軟禁や幽閉。最悪、私刑だってあり得るだろうと警戒していたんだ。脱出用のリソースだって確保してたんだぞ?


「少なくとも私はね。スフィアちゃんにご執心の、マクネッサのご令嬢はどうだろう」

「うげえ。……んんっ、失礼。表向きに様子が伝わってくるくらい元気なんですの?」

「自粛しているといえばしているよ。今にもスフィアっていう名前の女の子を叩き斬りに飛び出しそうだけど、我慢してるらしいですね。リブル嬢に何をしたんだい? 忍耐を教えたのかな」

「魔女の秘術で、敵意や悪意が湧いたらまずワタシを向くようにしてさしあげましたわ」

「ははは。へえ、そうか。それは、えげつないなぁ」


 リブル・マクネッサ。資源ダンジョンでフィンの命を狙うついでに冒険者たちまで殺そうとした、思想の極端な凶状持ち。いや口封じだったんだろうが。

 そろそろ思っていいか。面倒くせえ。


『てっきりお嬢様ご自身で自業自得を望んだものとばかり』


 そんなわけ、ある、かなぁ。おっさんやフィンを庇ったんだろと言われたら否定できない。俺、どうしてあんなことしたんだろうな。


 あ。やべ。

 オシアンさんの視線が俺と、いつでも俺を庇える位置に立った獣人姿のアキュートを往復した。念話がバレたのか? どういう眼力だよ?


「さて。どう言おうかな、これは。スフィアちゃんにはすまないが、ナインライブズの返還は受け入れられません。紛失の心配はいらないっていう話は聞いているかな?」

「位置補足魔術がかけられているんですわよね。所有者にも補足マーカーがついて逃げられないんでしたかしら」


 驚くクインさんを、片手を挙げて制するオシアンさん。


「補足マーカーがつく条件は、ある程度以上の時間ナインライブズを所持していることだよ」

「じゃあ仮に補足マーカーを解除してもアーティファクトを所有したままなら、またマーカーがつくんですのね」

「そうですね。ちなみにこの位置補足とマーカーは後付けの機能で、王国の宮廷魔術士たち謹製だよ」

「……確か、本来は王国の宝物庫に収められたアーティファクトでしたわよね」


 それを魔王の侵攻があった戦乱期にフィンが持ち出し、成果を挙げて正式に下賜された。

 冒険騎士(ナイト)の英雄譚、序盤の盛り上がり所だ。ものによっては序幕。省略されることは決してない名場面だ。お話としては好きだけれど、今の俺にはひたすら重い。なんでこんな物を持たされなきゃいけないんだよ。

 こんなときだけど自分のビジョンが見えてきた。俺は自由が欲しいんだろうか。


『自由が欲しい者はアキュートめのような厄介者を拾ったり、義理でクイン様たちに振り回されたりはせぬでしょう』


 そうかもだけどさ。うーん? 前言撤回、やっぱりわからない。

 俺が欲しいものって何だろうな。WCCウィッチクラフトカンパニーから離れたいのは確かなんだが。


『もう女装もやめて、新しい人間として生きればよろしいのでは? 確実に古巣との縁を切ることができますぞ。思うに、お嬢様は要らない縁を抱え込みすぎなのでしょう』


 それを言ってしまったら……いや、いい。

 なんだか言語化も下手だよな俺。


「どうやらスフィアちゃんは心配事が多いみたいですね。妹かもしれない子に、私から秘密の情報をひとつ教えてあげましょう。気が散ってのミスなんてしないように、これに専念するべきだという大事な情報だ」


 口の前に指を立てた内緒話のサインは、あんまり似合ってない。だがオシアンさんの言う情報はとんでもなかった。


「枝絶えマクネッサ家の凶騎士リブルと、王家の第七王子マイレダッハは繋がっているよ。ついでに冒険者ギルドのマスターも。状況に合わせて財を出し合う、いわば仲良しですね」


 漏れ出そうな悲鳴を飲み込む。


「スフィアちゃんは王国にいる間に、彼らとの因縁を清算していくといい」


 にこやかな顔で言えるあたり、本物のお貴族様なんだなと納得してしまった。

 囲い込むどころか利用されてないか、俺?

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