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第20話 王都のアーティファクト

 得物に選んだのはショートスピア。

 といっても130センチ未満の俺の身長に、全長150センチほどの槍だからサイズ感はそこそこ。穂先の代わりに木製の模造刃(モック)が取り付けられており、この穂先と石突きは赤く塗られている。マイレダッハ殿下のサーベルも同じような赤い木剣だ。

 決闘用というより模擬戦用だよなぁ。もっと言えば競技用。観客への見栄え重視っていうか。


 本当はしならない、もっと太い柄の槍が欲しかったんだが。


『槍と偽って棍として扱うつもりではありませぬか』


 それワスプさんにはとっくにばれてるぞ。

 俺が石突きで地面を突いてバランスを確かめたら、片眉だけ跳ね上げられた。


『左様で。……お嬢様、今回の目的は?』


 んー。殿下を通してフィン・マックールの技を見たい。

 この勝負って含みのない茶番だものな。真面目にやる気はあっても、手札を見せすぎるつもりはない。呪術とか、秘蔵のリソースとか、預かってるアーティファクトとか。観衆の面前だからなおさらだ。


『茶番? 決闘では? 王族への不敬罪に当たりませぬかな』


 そうなんだけどな。勝つのが目的じゃないし、せいぜい注意して接待するよ。

 レディーファーストを心得た王子様みたいだ。失礼のないように乗っからせてもらおうじゃないか。



◆◆◆◆◆



「始めっ!!」


 拡声魔術による大音声。

 響く歓声。

 お客さんたちも暇だよなとは思わない。政争の足がかりを求めて、マイレダッハ殿下の一挙手一投足に注目している連中だって居るんだろう。

 頭の上に使い魔の猫(アキュート)を乗せたまま踏み込む。

 サーベルよりもショートスピアのほうが長い。

 せっかく間合いの利をもらったんだ、先制攻撃もいただく。胸の中心めがけて最短の突きを、牽制のつもりで叩き込む。

 対する反応は予想外のものだった。


「──は? ──う、うわわっ!?」


 みっともなく慌てた声が、俺の口から出る。

 王子様は無造作に、剣を槍の前に差し出しやがった。


 知っている。古いお貴族さま同士が針みたいなレイピアでやる、カビのはえた決闘剣技だ。相手の武器より重量で劣っていれば成立しない、相手を選ぶ剣技。とっくの昔に廃れた技術だ。

 当然サーベルよりもショートスピアのほうが重い。だが、あからさまに怪しい誘いに乗ってやるもんか。

 体を横に投げ出して、無理やり槍をサーベルとの衝突コースから外した。


「おっととと、ですわ」

「慌てることはない。ゆっくりとどうぞ」


 崩れた姿勢から持ち直す。槍を持ち上げる俺を、マイレダッハは余裕の態度で眺めた。

 先制失敗。王子様は待ちの姿勢だ。


 隙を探して大きく回り込む俺に対して、彼は剣先を向けたままゆるりと動けばいい。

 俺のほうが得物が重くて、俺のほうが体が小さい。そのくせ隙に打ち込もうとすれば、俺のほうが運動量が多くなる。で、おそらくスタミナも俺のほうが少ないわけで。


『ひとつも打ち合っていないのに詰みではありませぬかな』


「ぐぬ……!」


 喉を潰したみたいな、おかしな声が出た。


「これどうなってんの?」

「魔女ちゃんジリ貧じゃねーか!」

「えー? 王子様が強いってのでいいの?」


 声援もあるはずなのに野次ばかり聞こえてしまう。

 右へ左へ跳んでみるが意味がない。打ち込む隙を見つけられない。そりゃそうだ、ちょっと振り向いているだけで相手は勝手に体力を浪費してくれるんだものな、守りの構えを崩す理由がない。


「やってられないですわね……!」

「そうかい? 俺はいつまでも付き合ってやるとも」

「ダンスのお誘いならよかったかもですけれど!」

「レディのお転婆に付き合うのが男の度量というものだ。君がよければパーティーにだって招待しよう」


 どうしてだろうな? 悪くない口説き文句だが、口説かれていること自体に腹が立つ。

 ええい。様子見はやめだ! 引っかかってやらぁ!


『堪え性がありませなんだな』


 うるさいな。俺は俺が不利な膠着状態が嫌いなんだよ。というかお前のせいかもだぞ。


 狙いはサーベルの剣先。巻き打ちや弾きだなんて小細工は考えず、全力で槍の穂先をぶつける。

 息を詰めて一撃。

 狙い過たず武器同士が衝突して、勢い・重量ともに勝る槍が、サーベルを大きく弾いた。


 ……うん? あれ?


「くっ!? やるな!」


 さすがに剣を手放してはいないマイレダッハだが、それがいけない。衝撃で手指から肩までを痛めたはずだ。弾かれた勢いで転倒しそうなほど姿勢を崩している。

 ……誘いかな? 劣勢のふりをして、みたいな。

 油断せず追撃に行く。

 槍の穂先をコンパクトにねじる。スプーンでコップを掻き混ぜる感覚だ。サーベルをそれに巻き込んで絡め取る。


「お、おのれぇっ!」


 ……あれぇ?


 剣を奪われないように後退して、槍の攻撃圏内から逃げる王子様。体勢を整える前なものだから、ひどいへっぴり腰である。

 おかしいな。

 武器の長さと重量差を逆転させる技があるんだろ? 自信満々の態度だったんだ、地力で強いものだと思っていた。ていうか、剣聖やら英雄やらに鍛えられた剣技じゃなかったのかよ?


「魔女ちゃんつえー!」

「いやいや剣道三倍段といってだな」

「てっきり王子さんのお披露目式だと思ってたわ」


 歓声の沸くベクトルが変わった。


『まあ、あれですな。腐ったりとはいえ聖修士(ハイモンク)とやらを相手取ったお嬢様です。同年代ならば楽勝ということなのでは?』


 そんな。まさか。


『お嬢様、同年代の者らと自分を比較したことは?』


 ない、かな。でも、俺にできることくらい他の奴らにもできて当然なんだ。そういうものなんだよ。


『それをお嬢様に教え込んだのは何者ですかな』


 ……師匠、いや、ババアどもだ。


『では決まりですな』


 え? 俺、強いのか?

 呆然とする暇もない。


「卑しい魔女が、つけ上がるな!」


 醜く歪められた顔が嫌で、剣を避けざまに槍の石突きで突き飛ばすような一撃を入れた。

 もんどり打って転がりながらマイレダッハは声を上げる。

 安っぽいくせに、不自然にぬめるような光沢を放つ腕輪。


(まわ)れ! 仮憶追験(パルプレコード)!」



◆◆◆◆◆



 後方への受け身から勢いよく立ち上がるマイレダッハ。

 いつの間にか剣を痛めていない側の手に持ち換えている。

 ヤバい。何かが変わった、くらいのことはわかる。


 とっさに、間合いに入れないために槍を打ち払ったのがいけなかった。

 サーベルの切っ先が絡みつくように槍の穂先を巻き込み、抵抗もできずに跳ね上げられる。俺たちふたり揃って、得物を高く掲げた格好だ。

 ……やられた。やり返された。

 俺がやった技そのまま。いや、本来は反りのある刀剣に適した技術だから、完成度はマイレダッハのほうが上だ。

 ……槍が重くて、行動が遅れる。

 思わずサーベルに注目してしまった俺の腹に、蹴りが直撃した。


 王子様は怒りに口端を歪ませて。


「よくも男を口説かせてくれたな……!」


 そこかよ?

 槍の構えを先読みした斬撃に、半ばから柄をへし折られる。

 というか俺、ついさっきまで女扱いされてたよな? どこで性別がバレたんだ?


『アーティファクトですかな』


 アキュートもそう思うか。動きが変わったタイミングも一緒だし、あの台詞が発動の導引だよなぁ。

 勝負の土俵が変わった。

 技術勝負だけではなくなった駆け引きに、追いつき損ねた。

 悔しいけれど、マイレダッハの手札を切るタイミングが絶妙だったんだ。これは、負けだ。

 まっぷたつになった槍を手放し、降参の合図を送ろうとして。


「まいっ──」


 顔面に一発受けた。たぶん拳。

 指先から柄が離れるよりも速い打撃。今度こそ知っているぞ、常識外れた速さの踏み込み。見たことがある。フィン・マックールの歩法じゃないか。

 勝ち確になってから出す技かよ?

 顔に当てられたのは牽制。本命の刺突が来る。木剣にも存分に殺意を乗せられる、殺傷力が込もった攻撃。

 狙いは再び顔。


 決闘だなんて上品なお題目のおかげで、気づくのが遅れたなぁ。こっちの遠慮まで利用しやがって。王子様、何でもありのが強いんじゃないのか。


「受けろ! これは魔女への誅罰だ!」


 あ。マジにヤバい。後払いリソースを──



◆◆◆◆◆



 木剣が文字通り、木っ端微塵に砕け散る。


 ──リソースは別のところに消費された。想定と比べればごく微量。

 ふかふかした感触に受け止められ、抱きすくめられて、守られている。


「お嬢様。ご無事ですか?」

「……うん。助かりましたわ」


 巨躯の獣人に口元を甘噛みされた。違う。鼻血を舐め取られた。


「秒以下で変身できるのは、ちょっとすごいですわねぇ」

「照れませなんでもよろしい。ファーストキス、美味しゅうございました」

「初めては乳児期に親とかではありませんの?」

「それはそうなのですが風情も役得も消し飛んでいく! これが侘び寂び……!?」


 獣人態のアキュートが握り締めた拳から木剣の破片がこぼれ落ちる。

 緊急変態。言葉が悪すぎるな、緊急変身でいいや。割り込んだアキュートの防御が間に合ってくれた。実際こいつの腕の中って、最良の防御圏のひとつだろ。銃弾だって防いだ実績があるんだぞ。

 息をつきたかったが、俺たちに刃が突きつけられる。それはマイレダッハ殿下が腰から抜いた予備の短剣で、


「正体を現したな、魔女め! モンスターを従えていることこそ邪悪な魔女の証!」


 観衆の前で言いやがった。


「我らが王都を魔女に蹂躙させはしない! このマイレダッハ・ティレク・マクアートが、お前を成敗してくれる!」


 王族の宣言って重いんじゃないのか? 公人の魔女呼ばわりは一歩間違えると大変なことになるんだぞ。そもそも会ったばっかりの俺を相手に何言ってんだこいつ。

 決闘場がざわつきだす。

 騒ぎに紛れて王子にだけ届く声で、


「穏便に、ケンカが終わったら友達(ダチ)ってことで、見逃していただけませんの?」

「黙れよオカマのガキ。汚らわしい魔女め」


 抗議したが切って捨てられた。本気の嫌悪じゃん。男に口説き文句を振る舞ったのがそんなにショックかよ。チェリー街道まっしぐらのナイーブボーイって呼んだらマジ切れするかな。

 マイレダッハの優越は止まらない。


「言い逃れは許さん! そのマンティコアを従えていることこそ、お前が邪悪な魔女である証明だ!」

「まあ怖い。マンティコア? 何のお話ですの? うちのアキュートはごく普通の獣人で、ワタシの護衛兼メイドですわよ」

「………………えっ?」


 よっしゃ。とっさの嘘にしては上出来だ。痛快だなぁ、王子さまの間抜け面でお釣りが来るぜ。

 生まれた空隙につけ込んで動く。

 アキュートは唸り声を上げて警戒態勢だが、その腕から抜け出して自分の足で立った。懐から取り出したハンカチでこれ見よがしに鼻血の跡を拭いながら、背筋をまっすぐ通す。

 片足をやや後ろに引き、腰の高さでローブをつまみ上げて一礼。

 完璧にカーテシーを決めてみせる。


「そもそも魔女の集い(WCC)から離れた子供ごときに、王子殿下が決闘までなさって何のご要求でしょう」

「……魔女への糾弾だ! 魔獣マンティコアを魔女の術で化けさせ、飼い猫と偽って王都に招き入れた!」

「魔獣? は知りませんけれど、順番が違いますわ。彼女、アキュートは初めから獣人で、ワタシの術で子猫に変わって護衛の任に就いておりましたの」

「そんなデカい獣人がいるか!」

「特別背の高い人くらい、どこにでもいますわよ。王子様ともあろうお方が不見識……いいえ。獣人への差別……いけませんわね。どうしても不敬になってしまいますわ。忘れてくださいまし」

「だ、だが! 邪悪な術を使う魔女の、王都への侵入許すまじ!」

「邪悪? 誰の保証による糾弾ですか? 弁明の余地はありませんの? なぜ最初にそれをおっしゃっていただけなかったのですか? 決闘する必要がありましたの?」


 流れで公開決闘まではともかく、勝手に邪悪タグ付けされてたまるもんか。こっちからは話し合いのできない奴呼ばわりさせてもらうぞ。


「そ、そ、それ、は……調査して……証拠が、証言が、あって……」


 マイレダッハの目が泳ぐ。

 助けを求めるように視線の向いた先は、ゲスト席の冒険者ギルドマスター。


 おいおい。茶番が過ぎるじゃんかよ。

 大勢の前で糾弾アピールしようという方針が最初にあったのかな? で、調子に乗りすぎて決闘沙汰だと。行動力が有り余ってるって怖いね、憶測だけれどさ。

 ギルマスは目どころか顔まで逸らして無関係を主張している。


「なんか話変わってね?」

「なあ? 決闘じゃなかったっけ?」

「王子様ぁー、魔女ちゃんを虐めんなよぉー」


 観客のざわめきがまた方向性を変える。

 困惑するのに飽きられてるじゃん。


「マイレダッハさまは婦女子に対して、確証のないことを根拠に決闘であぶり出しをなさるんですのね……。なんて恐ろしい……万が一の事が起こったらどうするつもりだったのでしょう……。素敵なお方だと思ってましたのに、とても残念ですわ」

「お、お前……! 民衆どもの前でなんてことを言うんだ!」


 鏡見ろ。やり返しただけだろうが。

 ていうか、どもって何だよ。民衆どもって。王族が言っちゃいけないことランキングの手堅いところかよ。

 さてはこいつ、いじればいじるほど失言を繰り返すタイプだな。次はどう突っつくかな、王族としての求心力をズタボロにしてやろうか。


 そんなことを考えていると、拡声魔術のアナウンスが響いた。


「決闘の途中ですが、ご来場の皆様に追加ゲストのご紹介です。……おやギルマス、どちらへ? 逃げるんですか?」


 後半に余計な情報が入る。

 そんなことはどうでもいい。

 俺とマイレダッハの決闘場に、ふたりほど新しく降りてくる人物がいた。一方はクランBWlz(ビーワルツ)のリーダー、クインさん。

 もう一方は初見だ。金髪が目を引く貴族然とした男性。体格が良く、腰に下げた剣も実用性重視の無骨な物。


「お嬢様。アキュートめは嫌な予感がするのですが」

「奇遇だな。俺もだよ」


 続くアナウンスが俺たちを肯定する。


「クランFKns(妖精騎士団)のリーダー! 栄えある冒険騎士(ナイト)フィンのご子息、オシアン・マックール卿であります!」


 知っている名前だった。有名人だ。

 二十以上も歳の離れた、非公式な俺の兄貴じゃん。血の繋がりは半分だけれどさ。


「ご機嫌麗しく、マイレダッハ殿下。率直で申し訳ないが、この場は私に預からせていただきます」

「騎爵が俺に意見をするのか」

「王国圏第二位クランの長であり、演習場の運営を陛下より預けられた者としての判断です、殿下」


 王子様は何か反論しようとして、しかし口を閉じ、おかしな形に唇を曲げる。偉いぞ、舌打ちを我慢できるんだな。

 結局何も言わず、逆恨み満載の目で俺を睨みつけてから、背を向けた。

 オシアン・マックールはといえば。


「突然の中断まことに失礼いたしました。さて、皆様にこのまま帰っていただくのは、あまりにも心苦しい! これよりFKns(妖精騎士団)の名において、特別エキシビションマッチを執り行いたく思います! ゲストはご存知、新世代を担う最強の騎士! ジルムッド・オディナです!」


 今日一番の大歓声が競技場を揺らす。

 続いて相対する選手紹介が始まると、そそくさと退場する俺を見咎める者は誰もいなかった。

 ありがたいな。俺のことは放っておいて、みんな忘れてくれ。


「スフィア。アキュートさん」


 近くで蜂使いの女性が告げる。嫌な予感はなくなっていなかった。

 怒ってないよな? クインさんに怒られる理由はないよな?


「それはどうでありましょうかな」

「ご主人様に希望を持たせてくださいまし? アキュートは使い魔でしょう?」

「仲良しなのは良いことですけど、ふたりともこっちへ。オシアンさんと非公式の会談があります」

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