第19話 王都国営演習場
貴きこそ民の助けとなるべし。
フィン・マックールが唱えた言葉は、そのまま直裁的に王国に浸透した。
すなわち、貴族なら冒険者としても活躍しろ、だ。
そうはならないだろう、とも言いきれない。
文武の高等教育を受けた人材を各ギルドが歓迎したからだ。
教育すれば人材は育つという当たり前の事実は、しかし認識している者が少ない。成果としてそれが目に見えるようになったおかげで、魔王討伐達成後の復興には教育機関の設立が盛んになった。
貴族たちの政争は閉じた争いだ。外への功績アピールに劣る。
それくらいなら文官、武官としてギルドで活躍したほうが広く名を挙げることができる。何せ栄えある冒険騎士フィン・マックールに倣う行いだもの。
人材流出を憂う貴族もいたが、そんなのは優秀な者を引き止められなかった無能の遠吠えだ。ギルドでの功績をもって政争に帰参した例だっていくらでもある。
つまり今や王国において貴族、各ギルド、教育機関の関係は良くも悪くも密接になっている。
王族すら規範として現場に出るほどに。
◆◆◆◆◆
っていう感じらしいぞ。聞きかじりだけれど。
『ははあ。国家ぐるみで頭おかしいのですな?』
まったくだな。
と言いたいけれど、そうでもないんじゃないか。どうせ防護と生存の既製アーティファクトやら護符やら山盛りで装備してるんだろ。商業連合の富豪なんかはそうだった。
力を発揮できる場所に行って働くのも納得できる。
その行き着くところがこれっていうのなら抗議するがよぉ。
演習場なんて嘘だろ。闘技場、それも見世物にするための場所だ。
土敷きの空間を囲い込んだ階段状の観覧席、というか観客席。これ知ってる。剣闘奴隷を戦い合わせるやつじゃん。
やめときゃよかったかな、なんて感想が早くも出そうになる。いや自分から売ったケンカなんだから、やめたりしないが。
『見世物とは的を射ておりますな。決闘とは神事であり広く知らしめるべきものですからな』
やめてくれ。面倒になってきそう。
拡声の魔術による大音声が、闘技場の外にまで届くくらいに響く。
「魔女の集い、その謎のベールが今ここに剥がされる! 名にし負うWCC! 女性だけで構成された大規模クランが誇る、幼い単独Cランク冒険者! 悪魔女の子、スフィア!! なんとなんと、九歳だぁー!」
観客席いっぱいの野次馬たちがどよめく。
盛り上げコメントはギルドで調べればわかる程度の内容だが、どよめく理由は年齢不相応なランクへの驚き、王国での活動記録が少ないクランへの反応、あんな子供がという疑念といろいろだ。
本当に面倒になりかけてきた。
『お嬢様の美少女ぶりを披露する絶好の機会なのでは?』
はっ。そうじゃんテンション下がってる場合かよ俺!?
一息にローブのフードを払う。虎のような黒金縞模様の髪が陽光を浴びるのはいつぶりだろうか。
肩にかかる髪を払って風を通し、観客席に笑いかけた。
「おおっ、何が魔女だよ。かわいい!」
「王子様、手加減してくれよな!」
「こっちにも笑顔くださーい!」
ポジティブな声援はよく聞こえるなぁ!
「ありがとうございますぅー! 応援よろしくお願いしますわね!」
「聞いたかよ、あの口調!」
「やったぜ、お嬢様だ!」
「ヒュー!」
話のわかるやつらがいるじゃねえか。頑張ろうって気がもりもり湧いてくるな。
アキュート。呆れてるのはわかってるぞ。おい、無視するな。
「対しましては王国が誇る第七王子! 王太子ケアブル様を越える宣言は我々の記憶に新しい! 出るか王家の秘剣! 幼き俊英、マイレダッハ・ティレク・マクアート殿下ぁー!! こちらは十二歳!」
爽やか笑顔で手を振りながら入場してくる王子様。
黄色い声援の発生点が固まっているあたり、ファンクラブでもあるのかな。このまま愛でるも良し、将来に期待するも良しの美貌だ、わかる気はする。
ただし今は、笑顔なんかでは隠しきれない何かで、俺めがけて圧をかけているわけだが。
嬉しくなる。俺もあいつも男の子じゃん。
こういうのを正面から受け止めるのって初めてだ。
『そうですかな。アキュートめの見たところ、この王子めは、こう、もっと。うぅむ?』
拡声アナウンスが続く。
「決闘に厳密なルールを敷くことはできません! だが今回は両者とも子供ということで、保護者としてのAランク冒険者をそれぞれに付けております! 彼らによる介入が発生した時点で、勝敗の判定を行うものとします!」
なるほど。庇われた時点で負け、寸止めも彼ら任せ、かな。
「おいおい、Aランクじゃねえだろ。そいつらBWlzはAランク未満の限定野郎どもだろうがよぉ!?」
「……」
「聞けよギルドの恥晒し! 厚すぎる面の皮が余って耳を塞いじまったか!?」
髪を逆立てたガラの悪いお兄さんが絡んでくるのを、こちら側の黒ずくめの槍使いは無視。
あれがHtBtクランとやらの冒険者なんだろう。あからさまに前衛戦闘職のチンピラなんだけれど、見習い三人組はあれを兄貴と呼んでいるのか? 情操教育的にアウトじゃないか?
俺は隣に立つ、黒づくめの槍使いを見上げる。
「面倒に巻き込んですみません、ワスプお兄様」
「面倒? ……いや、面倒ではない。これがお前の経験になれば幸いだ」
良い人かよ。リスペクトレベルが上がっちまうだろ。
「最初は、お前はやり過ごして断るものだと思っていたが」
「あはは……。ちょっと聞き逃がせない言葉あったもので」
「構わない。公衆の面前に出るのは良い経験になる」
「そこは王子様の胸を借りる経験じゃないんですの?」
「あの王子は怖くないから知らん。いや、余計なことを言った。……客席にクインたちも来るはずだが、遅れているようだ」
怖くないって? それは限定Aランク冒険者のワスプさんだ、視座が違う。納得するけれど字面のままの意味なのかな。
決闘開始のコールはまだだ。拡声魔術の声が聞こえる。
「本日は特別ゲストに冒険者ギルドのギルドマスターをお呼びしております」
「あ、ああ。カンペはこれでいいのか? リハのどこだ?」
「ギルマス。もう音声端末が起動状態になってます」
「は、早く言え! これは貴様の責任問題だぞ!?」
イベント進行ぐだぐだじゃねえか。
◆◆◆◆◆
「さて、ギルマス。我らErBrdの知るところでは、スフィアさんは南の新規ダンジョン探索クエストからの復路隊に同行して王都に入ったとのことですが」
「な、なぜ知っている!? 緘口令を敷いたはずだぞ!?」
「はい言質いただきました。とある貴族家からの働きかけの他、諸々の公では言えないギルドの動きも確認されております。そういえば新規ダンジョン探索の代表は我らが英雄、冒険騎士フィン・マックールでしたね」
「き、貴様、どこまで知っている……?」
「フィン様とスフィアさんに何らかの接触があったと当クランは見ています。ああ、そうそう、彼女を魔女と呼んだのはギルマスだそうですが、そのあたりは? やはりかの悪魔女と──」
「そ、そ、そこまで! やめろ! そこまでだ!」
「まだ質問は山ほどあるのですが」
「山ほど!? い、いや、一方の情報ばかり開示する場ではない。マイレダッハ殿下の話をしようじゃないか」
「そうですね。俊英、麒麟児の呼び声高く、非の打ち所のない才能家ですね。お辛いこともありましたのに、もはや将来が楽しみでしかない、王室に相応しいお方であらせられます」
「お、おう」
「スマートな剣術を得意としておられます。恵まれた環境で学んだ剣をただの幸運と見ることはできません。恵まれたゆえに選択肢の多すぎる中から選び、習得し、磨き上げたのは紛れもなく殿下の努力の賜物であるからです。私ども冒険者にそれを疑う者はおりません」
「…………」
「ギルドマスター?」
「す、すまん。まともなことを言うとは思わなかった」
「はっはっは。我ら広報クランErBrdは公明正大をモットーにしております。頑張る王子様って、ぶっちゃけ誌面的に美味しいですので」
「まさか公明正大とはフルオープンということか貴様ら!?」
◆◆◆◆◆
「寸劇会場かな?」
「寸劇気分なのはお前だ」
いつの間にか目の前にチンピラ、じゃない、HtBtクランの男が立っていた。逆立てた色とりどりのメッシュ頭がまぶしい。
見ればワスプさんも王子様の前にまで進んでいる。
「お前の格好はふざけてんのかよ」
「格好? 槍を得物に選んではダメでしたの? 殿下に合わせて剣にすればよかったでしょうか。困りましたわ。ワタシ、剣は使えませんのよ」
「そうじゃねえよ。わかんねえのかよ。頭の上の。その。……おい、ワスプ! てめえのとこは新人教育どうしてんだ!」
「ワタシBWlzの新人じゃありませんわよ。不本意ですけれど、まだWCCの一員ですわ」
頭を掻きむしりだすチンピラ。
「頭に猫を乗せたまま決闘に出るんじゃねえって言ってんだよ!」
え? ダメか? 何か適当な言い訳あるかな。
「魔法の言葉として言いますけれど、使い魔ですわ」
「普通に邪魔だろ。重くねえのかよ。猫ちゃんを巻き込んでケガさせるかもなんだぞ。泣きだしたガキと女はうざったくていけねえ」
ここにも良い人かよ。
どうなってんだ王都の冒険者界隈、意識が健全すぎる。ギルマスが俺に拒否反応示してるのだって王都のことを考えてなんだろ? トップの冒険騎士フィン・マックールのおかげとは思いたくねえなぁ。クソ親父でいろよ、あいつの影がちらつくのは嫌だよ。
『お嬢様、それは遠回しなファザコンというものでは』
頼むからやめてくれ。
チンピラさんは眉間を揉みほぐして、しゃがみ込み目線を合わせてくる。
「あのな? 持ち物検査だが女の子相手に悪いことはしたくねえ」
王子様の側を見れば、ワスプさんが軽く衣服を叩くようにして王子の所持品を確認していた。赤く塗られた木剣だけでなく、封をした短剣も検めている。
「ワタシはこの槍と、使い魔だけで充分ですわ」
「護符、持ってるだろ」
「使うのは防護の加護だけだと誓いますわ。WCCの名誉にかけて」
『古巣を疎んでいるのにその名誉をかけるというのはどういう筋ですかな』
後ろ足で砂をぶちまけるだなんて不義理は働かないだろ普通。
この場で聞こえが良い言葉になればなお良しだ。
「……コナンのおっさんのツレなんだろ? そっちの名誉もついでにな。まあ、公開決闘らしくお行儀よく、ガキなりに手段は選んでくれや」
「わかりましたわ。ついでと言うなら、貴方の名誉にも」
ケッ、と彼は吐き捨てる。
そういうの知ってるぞ。ツンデレかよ。
悪い人じゃなさそうだけれど彼のクラン、HtBtは、クインさんたちのクランBWlzと不仲なようだ。
誰も彼も仲良くだなんて無理っていう例のひとつなのかなぁ。




