第18話 王都の貴くない出会い
ノートを片付けていると、三人組の少年たちに囲まれた。
「王都を混乱に陥れようとする、邪悪な魔女め!」
「俺たちHtBtが成敗してやる!」
「さあ決闘だ! 剣を取れ!」
首を傾げる。
「どちら様ですの?」
場所は錬金術ギルドの教棟。俺の使い魔アキュートの検証を取った翌日。
冒険者ギルドとの提携で行われる採取の初心者座学講習が終わったら、いきなり絡まれたわけだが。
「無知な田舎者め!」
事実だな。今日は採取講習を受けに来たんだし。現行の知識や、王国領での標準が知りたかった。俺が教えられた内容は古くて、薬草の名称が一致しないなんて事態が起こるんだ。
「びびってるのさ。BWlzなんて低戦闘力クランを頼んでいるからだ」
壁際に気配を消したワスプさんが居るから言葉に気をつけろよ。後ろから刺したりはしないだろうけどさ。
「つまり! 決闘の勝敗はもはや決まったも同然!」
そういうこともあるのか? 知らないけれど。
「「「はははははは!!」」」
一糸乱れずきれいに重なる高笑い。
卓の上で丸くなっていた子猫が眠そうに身を起こす。
『何事ですかな。この……見分けのつかない連中めは』
不思議だよな。俺より少し上くらいの少年三人組で、髪色も体格も違うのに区別がつかない。認識阻害系の術中にはまっているのか? こいつら、もしかして強いのか? もっと警戒するべきか?
『思い当たりましたぞ。三人まとめて一個性なのでしょう』
納得しかない答えを出すんじゃないよ。
ダメだ。こいつら連携戦闘させたら強いんだろうな、何せまとめて一個性だからな、なんて思うと変なツボにはまってしまいそう。
馬鹿笑いなんかしたら美少女のイメージが崩れてしまうじゃないか。
俺はこみ上げる笑いに耐えながら、目深にかぶったフードを外した。席から立たずに上目遣いをキープ。おまけだ持っていけ、瞳に涙をためて潤ませる。
やり過ごそう。だって面倒だものな。
「ワ、ワタシに、ら、乱暴するつもり、なんですの……?」
三人組が硬直した。
よっしゃあ! 媚び見上げ目線が通用するぞ! まさか実戦で使う機会があるとはな、練習しておいてよかったぜ! すでに俺は勝っている!
どうせこいつら、今になって相手が人間だって気づいたんだろ。大義名分に酔っ払ってたんだろ。
『人様の来歴を憶測するのは趣味がよろしくありませぬな』
うるさいよ。オラッ、食らえダメ押しの嘘泣きを!
「ご、ごめんなさい。ぐすっ。ワタシ、何か悪いこと、し、しましたか……?」
「わ、悪いっていうか……」
「俺たちはそんなつもりじゃなくて……」
「お、お前らしっかりしろよ! 兄貴とギルマスに言われただろ、こいつに嫌がらせしろって!」
大義名分どころか後ろ盾付きで、しかもそそのかされてるじゃねえか。
ギルドマスターの手先かよ。ギルドでの騒ぎがあったのはつい一昨日。速いのか遅いのか、どう判断しようかな。というかギルマスの野郎、そういう対応かよ。
ローブの懐で拳を握る。
やり過ごすのはやめた。思い出すのは商業連合圏での経験則だ。舐められたら終わり。
とりあえず油断したところを三人まとめて、お揃いになるように顎を砕く!
目撃者? 喋る気がなくなるような凄惨な現場をお見せしてやろうじゃねえか。態度によってはHAsのセイルタみたいに舎弟にしてやらあ!
「待て!」
心を読まれたのかと思ってびっくりした。
早足で駆けつけてくる、新顔の姿がある。
「HtBt名義で演習場の使用申請があると思ってみれば、お前たちはいったい何をしているんだ」
絵に描いたような巻き毛の金髪碧眼。背筋の伸びた所作が美しい、他とは一線を画した存在感の少年だ。
なんていうか高貴? 王子様?
「殿下! な、なぜこんな場所に」
「殿下じゃない。俺はマイレダッハだ」
「で、殿下。そ、そんな、御名を呼ぶだなんて恐れ多い」
「強制はしない。それより三人とも何をしているんだ。女の子ひとりを囲んで、何をしているのかと俺は訊いているんだよ」
本当に王子様かよ。三人組はばつが悪そうに視線を交わす。
殿下さんは淡々と続ける。
「どうやらHtBtを出向先に選んだのは失敗らしいな。得るものがない」
「ま、待ってください殿下! 早計です!」
「俺に意見できるのか? 婦女子を囲い込むような仲間の意見を俺に聞かせるつもりか? どんな意見なのか言ってみろ」
「そ、それは……。か、勘弁してくださいよぉ。兄貴とギルマスに面目が立ちませんよ」
どうやら金髪碧眼の王子様、マイレダッハ殿下は味方っぽいんだが、どうしてだろうな。ちっとも安心できない。
むしろ強烈な既視感が俺を不安にさせる。
『何せあの女騎士めのときと同じ運びですからな。ああ、感情ですが、よくわかりませぬ。傲慢が強すぎて、心の機微が霞んでいると申しましょうか』
不穏かよ。あと傲慢は性格であって感情じゃないだろ。
王子様はうろたえる三人組への興味を失って放置。次にしたことは、片膝をついてまっすぐ俺を見ることだった。
「初めまして、お嬢さん。俺はマイレダッハ・ティレク・マクアート、この国の第七王子だ。仲間たちが怖がらせてしまったね」
「いいえ、どうかお気になさらず。助かりましたわ」
謝るって感じでもなさそうだ。いや簡単に隙を見せないのが普通か。傲慢だからって悪意で人に接するとは限らない、よな?
都合でも助けてもらえるならいいや。礼を言っておこう。
「ありがとうございます、王子様」
「声も素敵だね。だが、その言葉を受け取ることはできない。なぜなら──」
マイレダッハに書類の束を差し出したのは、いつからそこに居たのか黒髪の少年だった。
王子様は満足そうに頷いて、
「──演習場の使用許可はすでに正式な決闘申請に変わっている。俺と、君とのだ」
などと宣言しやがった。
「マクアートの名に連なる者が不肖とはいえ仲間を見捨てることはしない。決闘から逃げることもしない。お嬢さんの相手は彼らには荷が重すぎる。そうだろう、WCCのC級冒険者スフィア・ザ・スフィア」
「C級だって!?」
「嘘だろ、俺たちより小さいのに」
「で、殿下! それは本当なんですか?」
騒ぎ出す、取り巻きと化した三人組。
まっとうな冒険者活動は始められない年齢だ、俺が中位階級を持っていることに驚いたらしい。単なるギルマスの説明不足だが。
「怯えることはない、お嬢さん。冒険騎士フィンと隻剣聖ゴルモーナに鍛えられた俺の剣技は、痛みも与えず貴方の意識を刈り取るだろう」
あ? なんて言った? あの迷惑クソ老害に鍛えられただって? あいつの弟子かよ。つまり、こいつも迷惑の権化じゃねえか。
周りの音が遠くなる。
ダメな流れだこれ、という心の冷静な部分が押し潰されて、どこかに転がっていく。
『冷静な部分の持ち合わせの意味がありませなんだな』
そういうのは後だよ。
「そう。怯えることはないのさ。なぜなら俺は──」
「決闘、お受けいたしますわ」
投げつけた手袋が、マイレダッハの胸に命中する。
不意を突かれた王子様の顔は相応に幼かったが、すぐに、歯を剥いた獰猛な笑みになる。
こいつの本性とかはどうでもいい。
瞬間沸騰したわがままに付き合ってもらうぞ。
「泣かして差し上げます。よろしいですわね?」
俺は立ち上がり、手袋を拾う彼を見下ろした。




