第17話 王都の相互理解
巨躯と言ってもいい体格の女性獣人と化した、使い魔の姿を見上げる。
「古式ゆかしいクラシックスタイルのメイド服。髪は結い上げてカチューシャを着けて、もちろんスカートはロングで。譲れない一線ですわよね。……検証を進めますわよ」
「お嬢様。不穏な切り口にも程がありますぞ」
「そんなことありませんわ。ワタシの高貴なお嬢様ロールプレイが次の段階に入るのかと思うと興奮が抑えられないだけですわ」
「もはや包み隠さぬ異常思考……! クイン様、メリサ様! なんとか言ってやってくれませぬか!」
おー、面白い。
生の声でやりとりできて新鮮。いや、あんまり変わらないか?
呼ばれた二人、高ランククラン所属のメンバーたちはといえば硬直から一転して、跳ねるように動いた。
「私の性癖的にはオッケーですけど!?」
「何言ってますのよクインさん」
「これ写真撮ったら金になると某は思うのだがな。サイズ比較に神殿の彫像前で撮影なんてどうだ」
「その場合ワタシも一枚噛ませてもらいますけれど、お安くありませんわよおサムライ様」
両拳を親指立てて振り上げるクインさんと、大福帳に何やら筆を走らせているメリサさん。
ダメな大人の見本市かな?
「急に濃厚な欲の香りがしてきましたな」
「反対意見を出していた大人の欲なんですわよねぇ」
「何ですかなお嬢様。その手指をまっすぐにして繰り返し手首をひねるジェスチャーは」
覗き込んでくる身長二メートル越えの獣人。
筋肉質な体型からすると体重差は軽く四倍以上だろうか。成長期未満の俺と比べるのは間違っているかもだが、見せ札として威圧的な前衛であれというイメージの反映なら、決して悪くない。むしろ良い。
続いて感覚同調。
アキュートの視界を得る。
見上げた獣人の姿とは別に、見慣れない角度の、見慣れた美少女の姿が見える。つまり俺だ。
「少し前髪が乱れてますわね。これ便利ですわねぇ、鏡が要りませんもの」
「よくわかりませなんだが、卑近すぎるというか、誰かに怒られかねない魔術の使い方をしてらっしゃる?」
「そうかも。はい、お返し行きますわよ。ワタシの視界をお前に送ります」
「ぬっ……。む? も、申し訳ありませんお嬢様。アキュートめにこれは無理です」
「ダメ。今すぐ慣れろとは言いませんけれど、平気になってもらわないと困りますわよ」
体をよろけさせ、とっさに目を閉じて眉間を押さえるアキュート。
二重の視界を処理するのに失敗したようだ。まぶしいものでも見たように瞬きながら、少しずつ目を慣らしていく。
「……視界高いですわねぇ。視覚の同期、感覚共有、うまくいってますわ。アキュートはどうですの?」
黙って頷く俺の使い魔。
顔の前で大きな手を開閉して、足のつま先で地面を軽く突く。
「脊椎、肩甲骨、腰、骨盤、膝、踵。骨格の違和感がなくなると同調が楽ですのね。はい、そのまま、そのまま」
アキュートは足元の小石をつまみ上げた。そのまま、指の力だけで小石を砕く。その一部始終の視界と感触が俺にも伝わる。
続けて挙動を同期。
試しに俺がグーチョキパーのサインを作る。アキュートもまったく同じタイミングで手指を動かす。俺がスキップを踏むと、寸分違わずアキュートも跳ねた、つもりだったが。
「あ、いけませんわねこれ。きっちり同じにはなりませんわ。ウェイトが、手足の長さとか、いえ、ウェイト差の勉強にもなりますわよね」
同期を全身まで広げるのは無理か。
モンスターや獣ほど離れていない、四肢が人体レベルまで近づいたんだから行けるかなと思ったんだが。
なぜ無理なのか実演でわかったから良しとしよう。
「……ハッ。ウェイトっていうかバランスっていうか。ばいんばいんって弾んで。重量感がばいんばいんって、ほらメリサも見てくださいよ。ばいーん! ばいーん!」
「正気に戻れリーダー」
「貴方なんとも思わないんですか!? この不能サムライめ!」
「よく見ておけ小娘、これがこやつの本性だぞ。幻滅しないうちに現実を見ておけ──かふっ」
「ワタシ、二面性には理解があるほうですのよ?」
『さすが二面性が人の姿をして歩いているお嬢様』
実際その通りだからな。
『左様ですか』
「この状態での念話も問題なく成功していますわ。次に検証を進めるのは──」
「距離ですね」
ようやく復帰したクインさん。
なお、喉に手刀を受けたおサムライさんが声もなくうずくまっている。
「どれだけの距離まで有効に機能するのか、離れて試してみましょう」
◆◆◆◆◆
SIDE∶限定AランククランBWlzリーダー クイン
「ところで、失礼ですが揉ませていただいても?」
我ながら本当に失礼ですね私。
困った顔をしながら片膝をついて高さを合わせてくれる、獣人態のアキュートさん。ギガ盛りサイズでもきちんと筋肉に支えられた垂れないおっぱいとか、実在するんですねぇ。
おお。とても手に収まらない。あふれる、こぼれる、重い、指が沈む。赤いふかふかの獣毛の感触がとっても新鮮。
「どうして全裸なんです? 嬉しいですけど。毛足が長いおかげで、いけないところは見えませんけど。残念ですけど」
「包み隠さぬ異常思考者がここにも……。クイン様を誘惑したかったわけでは、いえ、なんでもありませぬ。メリサ様もあれで無反応でありましたが」
「彼、うちのクランの頭脳担当ですから」
「何せモンスターですので警戒されたのですな。無理らしからぬでしょう。クイン様は今、平気なのですかな?」
「まあ世界は広いらしいですから? いろんな人がいるでしょう。でも、もし質問された時のためのカバーストーリーを考えておくと良いかもしれませんね」
しわがれた老婆の声で訊くいてくるアキュートさん。
そういう特徴は魔物特有と言えばそうだし、そこを質問する者の意図もいろいろだろう。
わからないふりをして話を逸らしすぎかもですけどね。
スフィアとメリサたちとの距離はすでに遠い。そろそろ百メートルほどで、大声を出しても届かないだろう。
「アキュートさんって、使い魔としての主従契約がおかしくありませんか? 特に魔力の誘起ですけど」
「引き出そうとすればするほど際限なく魔力を譲渡してくるのですよ。しかし了承なしに形態を変えさせられる現場もご覧になったでしょう。お嬢様がその気になれば、アキュートめの総身の魔力は逆に根こそぎ吸い上げられるでしょうな」
「それでも魔獣相手には過ぎたお人好しですよ」
「もっと遠慮なくどうぞ」
「……これはアキュートさんがマンティコアだなんて魔獣だと知る前から、質問しようと思っていたことなんですけど」
生態系明らかならぬ魔獣の一部は、邪獣とまで呼ばれることがある。
邪悪な知性をもって他種を、時には同族さえ陥れるのは、生物としてのまっとうな営みから外れている。種の繁栄から解き放たれたためとかいう学者の言はどうでもいいんです。
今、大切なことは。
「心からスフィアに、貴方のお嬢様に従っていますか」
アキュートさんは彼女に害を及ぼすつもりがあるのか、なんです、けど。
獣面の眉間を脱力させて、口を薄く開いた顔。それは軽くびっくりした顔で。
「本当に遠慮なく来ましたな。お嬢様に筒抜けなときに仰るのはいかがなものでしょう」
「大事なことですっ。譲れない一線ですけどっ」
「いえ筒抜けというのはどうなのでしょうな。この会話はお嬢様には聞こえておりません。……と、わたくしめは念話の逆制御をできているつもりなのですが、どうなのか。お嬢様のすることですからな」
「やっぱり、そういうのができるんですね」
「そういうの、ですか。……失礼。呼びかけられております。……はい、お嬢様。感度良好? 感度とは? いやらしいお話ではないでしょうな? お嬢様はそんなこと言わなんですが?」
「貴方たちの距離感ってよくわからないんですけど」
「はい? これはこれは、嫉妬ですかな? ご安心を。貴方様のアキュートめはお嬢様ひとすじですとも」
「のろけですか。というか私、巻き込まれてません?」
「お嬢様、照れなくてもよろしいのです。もしもし。おや? もしもーし。……ふむ。……という具合ですな、クイン様」
「最後、念話を切断されてましたけど? でも、それなら」
自然と肩の力が抜けるのを感じます。
「どうやら安心そうですね。二人は仲良しですもの」
「いいえ。アキュートめはいずれ裏切りますが」
「どうして!?」
さっきよりも大きく目を見開いて、驚きを示すアキュートさん。驚いたのは私です。
「どうして、とな。考えたこともありませなんだな。強いて言うなら、アキュートめはモンスターなので仕方なし……ああ、いいえ。いいえ」
「な、なんですか? これ以上のトンチキ会話には耐えられないんですけど?」
「おやおや。本気のお嬢様はこの比ではありませぬぞ」
そして彼女は笑いました。
緩めた顔の中で口角だけ吊り上げた、いっそ優しい笑いです。私、魔獣の笑顔を見るのって初めてです。
「何せお嬢様は、アキュートめをモンスターのまま受け入れてくださったお方なのですからな。余人の並ぶところではありませぬ」
「……それは……なんというか……貴方たちは」
ごちそうさまです?
私は苦労してそんな台詞を飲み込みました。言ってしまったら絶対に悔しくなる予感がするんですよね。何が悔しいのか、さっぱりわかりませんけど!
それとも今のうちに、この魔獣は地雷系だとスフィアに伝えてしまうべきでしょうか。
「ふう……。使い魔を扱う先達としてできること、私にあるんでしょうか? 私は何か、貴方たちにしてあげられるんでしょうか」
「そう思っていただけるのがすでにありがたい。幸い、お嬢様もクイン様に懐いておられますし。まったく妬けますな。……妬けますな……!」
「アキュートさん重い。とても重いんですけど?」
「そうなのです。この姿、骨も肉も重すぎて動くに苦労するのですよな。慣らしをしたいところであります」
「違いますけどもういいです」
徒労感とおかしな愉快さが同時に来て、頭が変になりそう。
「油断しておられますな? お嬢様とアキュートめにかかれば、まだまだ──」
言いかけ、獣人巨女が子猫に化けた。いや戻った。
少しずつ遠ざかっていたスフィアとメリサを見る。配置した私の蜂たちから計算して。
「二百メートル未満。百五十、いえ百八十メートル以上が有効距離ですね。離れたらどうなるのかと心配しましたけど、もしかして子猫がデフォルト設定なんですかね?」
穏便でよろしい。最悪、スフィアの制御から離れて暴れ出す場合も想定していましたから。
抱き上げると、子猫は無抵抗だった。
「……結局、アキュートさんが本当にマンティコアなのかと確認できませんでしたけど」
そこからかよ、なんて思われそうですけど。
街に知られるかもしれない場所で、マンティコアが現れてしまうのはいけませんよね。
スフィアの安全意識がきちんとしていたんだと思いましょう。魔獣をたぶらかすというか、仲良くなるのだって安全に繋がるなら良しです。
どうしましょうかね。レポートを作るに当たって、今日は節目にするつもりだったんですけど。こんなの書けませんよね。
「コナンさんに提出するには筋が通ってませんよね? 記録帳っぽくしたほうがよさそうです」
なおぅ
子猫姿のスフィアさんが上げた鳴き声は、気のせいか抗議じみていました。
◆◆◆◆◆
SIDE∶スフィア
まあ全部、俺に聞こえているんだけれど。
クインさんはともかく、アキュートがどこまで本気で言っているのかがわからない。本気でなくとも行動は変わらないと知れたのは収穫か? 魔獣の性はなくなるものじゃない。
有効距離から離れたら無力化の縛りは成功。アキュートから使い魔契約への干渉を確認。契約に抵触できるだけで、破棄はおそらく不可能。次に試してくるのは曲解のはず。
制限を増やしたほうが、距離内での強制力は強くできるかな?
検証の成果はあった。
「小娘。もしやお前、本当にいい性格しとるな? それも策士策に溺れるタイプと見たぞ。いや喋りながら評価が変わった。もしやお前、哀れな性格しとるな? よく自己嫌悪すると見たぞ」
「予防線張ってるだけのつもりなんですわよねぇ」
「それ見ろ。そういうところだ」
そうなんだろうか? そんなことないだろ。
いや、見透かして、わかったつもりの気分になって。そろそろツケを払わされる頃なのかな。まあ大丈夫だろう。
痛みを我慢するのは得意なんだ。




