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第16話 王都の獣人(偽)

「いや、死ねるな」


 宿の部屋に着くと同時に、疲労で意識が遠くなる。

 BWlz(ビーワルツ)クランの面々は俺を食事に誘わず、代わりに弁当を持たせて宿まで送り出してくれた。その過程の記憶がすでにあやふやだ。

 俺の状態をわかっていた節がある。その上で何も言わないでくれた。敵わねえなぁ、なんて思うのは弱気だろうか。


 グレイとダメ司祭の村を出発してから数日間、BWlz(ビーワルツ)に負けないくらい斥候や夜番を務めた。一緒だった復路の商隊からは本当に子供の冒険者なんだと良い意味で驚かれたくらいだ。

 そして王都に着くなり俺は冒険者ギルドに直行して、件の小さな騒ぎで最後の体力を使いきった。

 参った。

 リソースのやりくりはしていたんだけどな。何が普段と違ったんだろう。やっぱり集団行動か。これじゃ単独(ソロ)冒険者じゃなくて単独専門(ぼっち)冒険者だよ。とても苦手のままにはしておけない。それとも空気が良いものだから頑張りすぎたのか。

 子供の体力なら当たり前? 他人の例を知らないから実感がない。体格(ガタイ)のいい前衛連中の無尽蔵体力だって、本当は何かのズルをしているんだって誰か言ってくれ。

 

『おっと。お嬢様、しっかりしてくださいまし』


「ごめん無理。ペース配分を覚えねえとなぁ」


 前のめりに倒れるところを柔らかい獣毛が受け止める。獅子サイズまで巨大化されると、もうアキュートはふかふか柔らかくて暖かいいクッションそのものじゃないか。

 やばい。このまま眠ってしまいそう。


『服くらいご自分で脱いで寝られるよう。アキュートめには脱がせられませぬので』


 俺のローブの対魔防御に弾かれるんだな。

 指先で襟をなぞると仕組みが作動して、全身の服がひとまわり緩む。

 ほら。これで引っ張れば脱げるから、後は頼んだ。


『速脱ぎ芸の他に使い道のある仕込みなのですかなそれは。むしろアキュートめが、無防備を晒したお嬢様の首を噛み千切るとは考えませぬか?』


 喉に切り札の呪印を仕込んでるから気をつけてな。迂闊に噛むと爆発するから。


『そういうのは、どうかとアキュートめは思うのですが』


 少し口調が移ってきたか?

 そういうの、なぁ。

 うちの子の体に刺青とかの傷をつけるなっていうのが、母さんから師匠たちへの注文なんだとさ。で、ババアどもは体の内側なら問題ないと判断したわけだ。

 喉に切り札っていうか自爆スイッチは、あれだ、人も獣も首狙いは外しのない鉄板、急所だから断末魔の置き土産に最適──

 

『お嬢様。そうではありませぬ』


 ──うん。だから言ったことあったろ。師匠たちから離れるのが一番の正解だって。


 心身の健康の危機だなんて気取った言い方もできるけれど、もう嫌だったんだよ。

 皮膚の下、臓腑、骨、体の内側にびっしりと刻まれた呪印が輪蔵濁唱(マニ・グランジ)の本体だ。総身を魔力の加速器に、魔術の発動体に作り変える呪術。体の内側なら傷つけてもセーフなんだとさ。ふざけんな処置中に死にかけたわ。死にかけてばっかりだったわ。それでも我慢したって誰も褒めてくれない。お姉様たちに比べればマシな体かもだけどさ。狭いギルドの中で、誰もが俺を責める一方だ。

 本当にもう嫌だったんだ。

 きっかけというか、踏ん切りになってくれて感謝してるよ、アキュート。


 まぶたの重さに意識を持っていかれながら、思う。こりゃ起きたら忘れてるな。弱気を自覚できたのに。


『それは弱気ではありませぬ。当然の自衛です。でも……そういうのをこそ、お嬢様は言葉に変えて口にするべきだと思いますぞ』


 嫌なこった。恥ずかしい。

 獣毛に顔を埋めて表情を隠す。ほとんど浮遊感に近い眠気に、俺は身を投げ出すようにして沈み込んだ。



◆◆◆◆◆



 起きた! テンション持ち直した! 熟睡ってすごい!


「ワタシはスフィア! 超絶かわいい九歳児! 無敵の美少女ですわ!」


 男だけどな。

 お嬢様口調はあれだ。美少女の喋り方ってこういうもんだろ。


『びっくりするほど薄っぺらい理由でも、アキュートめはお嬢様の味方でありますぞ。しかし世のお嬢様がたに訴えられれば全敗必至ですな』


 頭の中に直接話しかけてくるのはビッグ抱き枕、じゃない、使い魔のアキュート! マンティコアなんていう上位のモンスターなんだぜ! こいつをゲットしたのが生来の不幸の揺り戻しなら、ちょっと微妙じゃね?


『は? アキュートめは最高のお嬢様の最高の使い魔ですが?』


 使い魔歴二週間がそんなにお先棒を担いでいいのかよ。


『他(魔獣)の例を知らぬので実感がありませぬ』


 そっか。

 それで今日の俺たちは──


『くぅ流された! 皮肉も通じなんだ!』


 ──俺たちは、能力の確認に出ている。


 場所は王都を離れた郊外。街道からも距離を置いた野原で、WCCウィッチクラフトカンパニーが拠点にしていた高原を思い出す。

 確認といっても俺単体の能力はとっくに知れているんだ。

 体格不足の武術。制限だらけで使いものにならない呪術。役立ちはするが古すぎて即効性のない薬学知識。

 微妙なばっかりだが、そこでアキュートだ。今日、確認するのはこいつのことだ。


「スフィアは相変わらず表情豊かですね。よっぽどアキュートさんとのお話が楽しいんですね」

「表情? ワタシの顔はフードで隠して……あ、そうでした、クインさんは」


 おそらく多数の、使い魔の蜂を忍ばせている。多重視覚をどれだけ使いこないしているのか、その上限がまったく把握できない。クランBWlz(ビーワルツ)リーダーへの俺の評価は、率直なところ天井知らずだ。

 彼女の後ろではクランメンバーの侍っぽい格好をした青年、メリサが眠そうに目をこすっている。相変わらず覇気がない。自分の名前が嫌いらしいので、引き続きおサムライさんと呼ぼう。


「それで早速なんですけど? アキュートさんったら、ガトリングの斉射を防ぎきったって聞いたんですけど?」

「聞いたも何も蜂を通して見ておったろうが。前後の二人の様子はどうだっただの、音は、魔力の増減はどうだっただのと(それがし)にはわからんことまで根掘り葉掘り耄碌老人のように何度も繰り返しいっそ滑稽──ぐふっ」


 おサムライさんの横腹にクインさんの貫手が突き刺さった。体術もいける人だったのか。

 崩れ落ちるおサムライさん。振り返る笑顔のクインさん。


「スフィア。一から説明をお願いしてもいいですか?

「あっ、はい、ですわ」


 有無を言わさぬ、なんて単語が浮かんだのはどうしてだろうな。


『それが答えなのでは?』


 そんな馬鹿な。クインさんは頼れる大人の先輩冒険者だぞ。

 いやダメだ、無理だ。自分をごまかすなんてできねえよ俺。


「……お答えしますわ。伝承補正でアキュートの獅子としての側面を強調して、防御特化の形態を取らせましたの」

「答える前のおかしな間が気になりますけどいいでしょう。ええと、伝承補正で獅子、防御というと、ネメアのライオンですか。異世界由来の伝説でしたよね」

「母が詳しかったんですわ」

「げほっ。防御特化なぁ。(それがし)には巨大なふわふわ座布団(クッション)に見えたのだがな」


『アキュートめは了承も得ないまま座布団にされた挙げ句、弾除けにされていた……?』


 そう。そこだよ。


「ここで話のポイントになるのは、使い魔の了承を得ずに形態変化に成功したことですわ」

「おん? それは難しいことなのか、小娘」

「曲がりなりにも人間並みの知性がある使い魔です。拒絶される要因はいろいろありますわね。ぶっつけ本番で無茶を通させましたもの」

「だが使い魔は使い魔だろう? (それがし)、クインの蜂が言うこときかない現場など見たことないが」

「知性があると前提に置きましたけど、メリサ。抵抗される場合があるんですね」


 ふたりの視線が俺の頭に乗った子猫に注がれる。


「知性のある使い魔は逆らうことがあるのか。クインの蜂は知性低めだから逆らわないと?」

「というかワタシの使い魔、アキュートはモンスターですから。それも割りと邪悪めの」

「普通、モンスターは邪悪だろうが。わざわざ強調するほど邪悪なモンスターとはいったい何だ、小娘」

「メリサっ。プライバシーに触れますよ」

「マンティコアですわ」


 限定Aランククランに属する一線級の冒険者ふたりが硬直した。

 やっぱりそういう反応になるのか?


『無理もありませぬ。お嬢様。打ち明けるべき内容でしたかな?』


 今後もしばらくお世話になりそうだし。だったら話すべきだと思ったんだよ。

 クインさんは上体ごと捻るように首を傾げた。


「ん。う、う、う〜〜〜ん……。そうですか」

「何が、そうですか、だ! クインおぬし、わかっておるのか!」


 おサムライさんは野原に伏せて頭を低く押さえている。銃撃には有効だったけれど、この状況での防御姿勢としては違うだろ。


「人喰らいの魔獣ではないか! どういうことだ!? もしや(それがし)たちを襲う機会を狙っておったのか!」

「それはないでしょう。アキュートさんにそのつもりがあるなら、とっくに我々は全滅してますけど」

「それもそうか」


 あっさり立ち上がるおサムライさん。それでいいのか。臆病で疑心暗鬼強めだが、筋を通せば話がわかる、のか?


「そもそも(それがし)は美味しくないからな!」


 いやテンションの緩急が激しいだけだわ。


「そう。資源ダンジョンから中継地の村へ、王都へ。機会はいくらでもあったんです。スフィアを含む私たちが無事であることが、すでに無害の証明だと考えます、けど。…………いえダメです、無理です。自分をごまかせません。想定を跳び越えてきましたけど? ちょっと深呼吸します。受け入れる時間をください」


『そんなにですかな』


 マンティコアなんて基幹属性(アライメント)混沌・悪に決まってるからなぁ。

 そんな魔獣を都市に招き入れちまったんだから、普通の反応かな。

 まあいいや、としておこう。


「クインさんはそのまま聞いてくださいまし。ワタシが考えているのは、ワタシのやり方での使い魔の活用ですわ」

「もしかして小娘、良い性格しとるか?」

「無視しますけれど占拠されていた村に急ぎ駆けつけるにあたって、ワタシとクインさんはアキュートに騎乗して移動しましたわよね」

(それがし)は居合わせなかったので半信半疑だったが、昨日、銃弾を防ぐのを見せられてはな」

「騎乗も防御もできるとは確信していましたけれど、ぶっつけ本番でしたの。練習して、手応えを確認して、できることを増やして、もっと先に進みたいと思っていますわ」

「ぶっつけ本番で馬車で三日の距離を半日以下まで縮めたというのか。ふーむ。言っていることは順当なようだが、クインよ、お前の知る使い魔の扱いとは合致しているのか? おい、こっちを見ろ目を逸らすな」


 クインさんは復帰が遅いタイプみたいだ。


「それで、ですわね。魔力プールもまだまだ余裕がありますので、やれるところまで全力でやってしまおうかな、と」


『お嬢様、今、何と? 魔力に余裕があったと? 吸いすぎぬよう頑張っていたのですが?』


「何せ練習ですもの、ぶっつけ本番にはカウントされませんわよね。いきますわよ、アキュート」

「い、いえ、待ってくださいスフィア。マンティコアに? 全力で? 魔力の譲渡ですよね?」


 そういう意味の全力ではなくて、曖昧なイメージだけの形態の押しつけかな。待たないしもう遅い。話しながら準備は終わっている。魔力を注いで変化を見るだけの単純作業だ。

 あ、でも、心配されてるし危ないのはパスな。

 具体的には過度の大型化と、わかりやすい脅威だろう(サソリ)蝙蝠(コウモリ)の要素をパスだ。


『無茶では。──ぐぅっ!? ──し、死なばもろとも!』


 殺さないって。

 アキュートは悪あがきに無理やり感覚共有を発動させたようで、骨が軋みながら変形し、筋肉と臓腑のひきつり伸長する苦痛に襲われる。人間には存在しない感覚器による痛みもおまけだ。

 懐かしいなぁ。そうそう、こんな感触だった。


『なぜ平気なのです!?』


 平気じゃねえよ、知ってる痛みなだけだよ。呪術の師匠の仕込みでやられてるんだ。未知の器官からの幻肢痛に比べれば楽なもんだぞ。

 ほら、女騎士にまっぷたつにされても意識を保ってただろ。あれも経験が活きたってやつでさ。


『今まで言わじと我慢しておりましたが、お嬢様もババアどもとやらも狂ってますぞ!』


 同意してくれて嬉しいじゃん。


 実際のところアキュートの変化、いや変形、変態? とにかくそれは一瞬だ。

 すらりと縦に伸びた長身。(たてがみ)というよりウェーブヘアになった金髪。赤毛の柔らかそうな体毛に覆われた筋肉質な女性の体。鼻面の長い獣面はあまり獅子に似ておらず、獣人の公約数的(ありがち)なイメージをなぞった、表情を浮かべることのできる獣貌だ。

 そんな顔だがよく見えない。背が高すぎる。

 倍近くも上背が違うおかげで、観察しようとすると見上げた首が痛い。いや、それよりも大きすぎる胸が邪魔。


 要は、爆乳細マッチョ体型の獣人態だ。

 なるほどマンティコアから蠍と蝙蝠の要素を廃すれば、残るは獅子と老婆だろう。大型化も抑えたはずだったが、俺のイメージが未熟なのだとよくわかる。


「お。腹筋カチコチだ、いいなぁ」

「触るなとは申しませぬが、もっと他に感想があるのでは」


 声は頭の中に直接話しかけていたのと同じ、しわがれた老婆のもの。体も顔も若いのに、最後のマンティコア要素はそこかよ。

 悪くない。本当に悪くないんだけれど。


「うん。感想ですわね。──戻して」

「じ、自分でやっておきながら!? 言うに事欠いてとはこのことですぞお嬢様!」

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