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「今日お父様の所にお見舞いへ行ってきたわ」


 夜ベッドを整えているミナにアーシャは髪の毛を梳かしながら言った。

 

「言ってくれればついて行きましたのに」


 心配そうに言うミナにアーシャは微笑む。


「だってみんな忙しいじゃない。ジークが居たから大丈夫だったわ」


「たしかに。あの方威圧感がありますものね」


 背が大きくガタイの良い体をしているジークは立っているだけで迫力がある。

 

「お父様ますます訳が変わらなくなっているようで、私を見てなんて言ったと思う?」


「さぁ?」


「エリザベスはどこだですって。お母さまが亡くなったことも分からなくなってしまったのかしらね」


「それは、大変でしたね。でもアーシャ様、意外と元気で良かったですわ。お見舞いに行った日は体調が悪くなるでしょう?」


 気分がよさそうなアーシャを見てミナが聞く。


「確かにそうね。今回はジークが居てくれたから」


「安心感があった感じです?」


「それもあるけれど、お兄様のお嫁さんの話を聞いたのよ。いろいろ聞いていたら、私お父様に可愛がられなかったと思っていたけれど、隊長やハンナやミナやお兄様に良くしてもらっていたんだなって気づいたの。家族のように接してくれていたからお父様にこだわる必要なんて無かったんだって思ったのよ」


「突然の気づきですわね」


 驚きながら頷くミナにアーシャはハッとした。


「もしかして、昔隊長が私に弓を教えていたの良く思っていなかった?私が隊長を独り占めしていたように感じていたかしら?」


 心配するアーシャにミナは首を振る。


「まさか。体力を使うことが何より大嫌いなので、私の代りに姫様が父の修業に付き合ってくれてありがたかったですわ。姫様がいなければ絶対に私を無理やりやらせましたもの。弓を持つのも、騎士に交じって走ったりするのも絶対に嫌ですわ」


 身震いしながら言うミナにアーシャはホッとする。

 腹違いの妹が生まれた時、赤ん坊ばかり可愛がる父を見て寂しい思いをしていた。

 それと同じことを自分もミナにしていたのではないかと急に心配になったのだ。


「よかった」


「ジーク様はどうですか?姫様専属の護衛騎士なんて初めてだから……」


「そうね。思ったよりいいわ。城の中だとマレーンの手先みたいな侍女が多いからジークが居るとそんなに嫌味を言ってこないの。ジークが威圧的に睨みを利かせてくれるからありがたいわ」


「それはようございました。ドウラン様の結婚式までジーク様が一緒に居れば安心ですわね」


「そうね」


 ジークがずっと護衛騎士を務めてくれるわけではないことを思い出してアーシャは自分でも驚くぐらいガッカリしたことに気づく。

 ジークと別れの時が少し先なのに寂しくなってそっと息を吐いた。



 翌朝、アーシャの朝食が終わったのを見計らったかのようにジークが部屋を訪れた。

 黒い騎士服を着ているジークを見てやはりいずれ国に帰ってしまうのだなと気分が少し落ち込んでくる。

 元気のないアーシャに気づいたのかジークは部屋を整えていたミナを振り返った。


「体調が悪いのか?」


「先ほどまでお元気でしたけれどね。姫様お腹でも痛いんですか?」


 心配そうに近寄って来るミナにアーシャは大げさに手を振った。


「違うわよ!今日は何をしようかって考えていたの!……図書室でも行こうかしら」


 アーシャの提案に、ミナは頷く。


「よろしいんじゃないですか。田舎のお屋敷にはあまり本が無いから勉強するといいですよ。世界情勢の事など少し勉強してみたらいかがですか」


「……そうね」


 あまり勉強が得意でないアーシャは逃げるように立ち上がるとジークを見上げた。


「ジークも来る?」


 ジークは少し考えて頷いた。


「昼前に騎士団長を交えて会議があるから送るくぐらいしかできないが……」


「無理についてこなくていいわよ」


「アーシャ姫の専属護衛騎士だからついて行きますよ」


 アーシャはジークと一緒に図書室まで一緒に居られると喜んだ。



 ジークを連れて廊下を歩く。

 城に戻った時は、マレーンやシャーロットの侍女達が聞えよがしにアーシャの悪口を言うので部屋に籠っていることが多かった。

 それが不思議とジークと一緒だと、侍女たちの目が気にならない。


「図書室は渡り廊下の先にあるの。誰も来ないような場所なのよ」


 廊下の窓から見える赤く色づいた木々を眺めながらアーシャが言った。

 ジークは表情を変えずに頷く。


「どこの城もそんなものだろう。うるさい場所にあると集中できないからな」


「そうなのね」


 渡り廊下を歩き、別館に来ると途端に人が居なくなる。

 右往左往していた侍女や騎士の姿がまばらになり静かになる。

 薄暗い廊下を歩き図書室と書かれた扉の前で立ち止まる。


「誰でも勝手に使っていいんだけれど、いっつも誰も居ないのよ」


「本だけ借りる人が多いのだろうな」


 アーシャが扉を開ける前にジークが開けてアーシャに入るようにエスコートしてくれる。

 呆気に取られて図書室に入ろうとしないアーシャをジークは不思議そうに見る。


「どうした?」


「誰かにこうしてエスコートされたのは初めてだから驚いちゃったわ」


 アーシャの言葉にジークはますます不思議そうな顔をする。


「隊長達は気が利かないのよ。ジークみたいな気が利く男性が居ないのよ」


「確かに騎士団長は気が利かなそうだが……」


 図書室は広く、本棚がずらりと並んでいる。

 人の気配はなくどことなく室内は埃っぽい。


 ジークは室内を見渡すと、人が居ないことを確認してアーシャを見た。


「俺は騎士団長と会議があるからアーシャ姫から離れるが、大丈夫だろうか」


 心配そうに言うジークにアーシャは笑った。


「さすがに自分の生まれた城で何かあるはずないじゃない。今まで護衛騎士だって居なかったんだから大丈夫よ」

 

 流石に心配しすぎだろうとアーシャは軽く言うが、ジークは眉をひそめる。


「司書が在籍していると思っていた」


「そうねぇ。そんな立派な所じゃないから。ジークの勤めている城の図書室は居るの?」


 適当な椅子に座りながらアーシャが聞くとジークは頷く。


「専門の司書が数名いる。本の整理や入れ替えをしてくれるので、読みたい本があればリクエストをしている」


「便利ねぇ。ウチは結構適当なんじゃないかしら?」


 アーシャはそう言うとジークに手を振った。


「何もないから大丈夫よ。隊長の会議に行って大丈夫よ」


 ジークが居なくなるのは寂しいが、一人の方がゆっくりと本を読むことが出来る。

 

「何かあればすぐに誰かに助けを求めるように」


 忠告をするジークにアーシャはまた笑った。


「だから大丈夫よ。私、怪力なのよ、そんな人を襲う馬鹿は居ないと思うわよ」


「いくら怪力だろうと女性だろう。十分気を付けてくれ」


 ジークはそう言うと図書室を後にする。


 アーシャは静かに締まる扉を見つめた。

 

「ジークって意外と心配性なのね」


 呟いた声が静かな空間に響く。


 一人きりの図書室は静かで埃っぽい空間も田舎の屋敷を思い出して落ち着く。

 アーシャは立ち上がると適当な本を何冊か手に取って席に着いた。


 「……ジークが居ないと少し寂しいわね」


 彼に合ったのは数日前。

 たった数日なのに傍に居ても嫌ではなくむしろ、いてくれた方が安心する。

 不思議な存在になり、アーシャはテーブルの上にうつ伏した。


 


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