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(やっぱり来なければよかった)
嫌な気分になながら、アーシャはさっさと見舞いをして部屋を出ようとベッドで寝ている父親に話しかける。
「お父様。お久しぶりです」
むせ返るような濃厚は薔薇の花の匂いを嗅がないようにハンカチで押さえながら父親に挨拶をした。
薄暗い部屋の中心に置かれた大きなベットの上で寝ていたアーシャの父が薄く目を開けた。
「あぁ、誰だ?」
低くか細い声で言う父王にアーシャは何とも言えない気持ちになり目を伏せた。
数年前よりも痩せた父の髪の毛は真っ白で年齢よりも老人に見えた。
血管が浮き出た細い手が宙を彷徨う。
実の父であるが、その手を取ることもできずアーシャは声を掛ける。
「アーシャです。お久しぶりです」
「……アーシャか。懐かしいな。あぁそうか、エリザベスはいないのか?」
かすれた声でいう父にアーシャは困ったようにジークを振り返った。
すぐ後ろに控えていたジークは軽く首を左右に振る。
「ここにはいないわ」
「そうか……」
残念そうに呟くと目を閉じてそのまま眠りについてしまった。
様子をみていた侍女がぶっきらぼうに声をかけてくる。
「王はお疲れで一日中の大半は寝て過ごされております」
「……昔からそうじゃない……」
アーシャは呟くとため息をついてベッドから離れジークに視線を向ける。
「戻りましょう」
ジークは頷いてアーシャの背を軽く押しながら部屋を出た。
部屋を出る際侍女に睨まれたがアーシャは素知らぬふりをして軽く頭を下げた。
「薔薇の匂いがキツくて頭が痛くなってきたわ」
離宮からだいぶ離れたことを確認してアーシャは大きく息を吐いた。
手にしていたハンカチでパタパタと鼻のあたりを仰いで気を紛らわす。
「薔薇の花だけでない匂いが混じっているようだったな……」
ジークも眉をひそめて呟いた。
「どういう事?」
新鮮な空気を吸いながらアーシャが聞くとジークはそれ以上答えようとしない。
しかめっ面で眉をひそめているだけだ。
「お父様とはあまり思い出が無いの。私が幼かったからかもしれないけれどね。その代わり、腹違いの妹の事は可愛がっていた気がするわ。私とお兄様はお父様から気にされなくなったのよ。だから、お父様はあまり好きじゃないわ」
一方的にな話すアーシャにジークは静かに頷く。
「だから今日ジークが一緒に居てくれて良かったわ。心強かった」
後ろを歩くジークを振り返ってアーシャは微笑んでお礼を言う。
ジークは一瞬驚いた表情をして軽く微笑んだ。
「それは良かった。俺は何もしていないが……」
「そんなこと無い。みた?離宮に居る侍女の態度の酷さ。マレーンが来てからあの人の周りにいる人は私たちに冷たいのよ」
「確かに酷い態度だった」
ジークが頷くのを見てアーシャは喜んで何度も頷く。
「そうなのよ。聞こえるように私の事を腕が太いとか、怪力だとかバカにするのよ。気にしているのに酷いわよね」
「そうだな。アーシャ姫が気にすることは無いと思うが」
「気にするわよ。男性達は細くて可愛らしい女性が好きだから、私は太くてかわいくないから縁談だっていまだに1つも来ないんだもの」
不貞腐れたように言うアーシャにジークがクスリと笑った。
「体型は関係ないと思うが」
「関係あるわよ。誰だって可愛い女性が好みだもの」
アーシャが断言すると、ジークは肩をすくめる。
「ドウラン殿の結婚相手はか弱い女性とは程遠いが……」
「そうなの?そういえばジークはお兄様の結婚相手の護衛騎士をしていたんだったわね。どんな方なの?」
「専属の護衛騎士ではなかったが、よく知っている。気が強くて、剣が得意な男勝りな方だ。なんでもはっきり言うから、気に入らない人には直ぐに文句を言。だから結婚がまとまらないんだ。ドウラン殿はよく結婚してくれたとみんな安心している。……とても可愛らしい女性とは言えないな」
しみじみ言うジークにアーシャは軽く頷いた。
「ふーん。でも美人なんでしょう?」
アーシャに聞かれてジークは顔を顰め、言いにくそうに頷く。
「美人……というのだろうか。昔からよく知っているからわからないな」
「幼馴染なの?」
ただの騎士にしては良く知っているとアーシャが聞くとジーンは眉をひそめた。
「幼馴染という事にしておこう。年はあっちの方が上だから良くいじめられていた」
「ジークが虐められる?」
今のジークから考えられない幼少期の出来事にアーシャは驚く。
「それぐらい気が強い女性なんだ。今はだいぶ良くなってきているが、ドウラン殿が気に入ってくれて本当に良かった」
ジークはしみじみ言う。
「ジークはお兄様のお嫁さんの事が本当に心配なのね」
「そうだな。なんだかんだと心配をしているのだろうな」
(よっぽど仲がよかったのね)
しみじみ言うジークを見てアーシャは羨ましい気持ちになった。
そんなアーシャの羨ましい気持ちがわかったのかジークが顔を覗き込んできた。
「アーシャ姫も、良い仲間に囲まれているじゃないか」
「そうかしら」
「ドウラン殿は俺を護衛騎士につけるぐらい心配しているし、騎士団長達もアーシャ姫を心配して俺にあれこれ言ってくる」
「あれこれ言われているの?」
「護衛騎士につく前も、今も結構うるさく言われている」
めんどくさいという雰囲気がジークから漂ってきてアーシャは噴き出して笑った。
「想像がつくわ」
「騎士団長はアーシャ姫の父親の様なものだな。本当の父親以上に煩い存在だが」
心底嫌そうに言うジークに、騎士団長が口煩く言う様子が想像できてアーシャは嬉しくなってくる。
「そうね。隊長がお父さんの様なものだもの」
寝たきりの父親に会って落ち込んでいたが、自分を心配してくれている人達の存在に気づいてアーシャの心が温かくなった。




