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ドウランが部屋を出て行くのをアーシャは目で追っていると廊下にジークが立っているのが見えた。
兄が居なければアーシャもこの部屋に用事は無いと立ち上がる。
「仕事には慣れたか?」
ドウランはジークに歩み寄るとニヤリと笑った。
「まだ城には馴染めませんが、だいたいの状況が理解できました」
愛想の欠片もなく無表情に言うジーク。
ドウランは頷きながらジークの肩に手を置いた。
「期間限定の仕事だがよろしく頼む」
力強く言うとドウランはそのまま廊下を歩いて行く。
ドウランの護衛騎士が慌ててついて行くのを見ながらアーシャはため息をついた。
「お兄様は相変わらず忙しいみたい」
「そのようだな」
ジークも去っていくドウランの背を視線で追いながら頷いた。
「ねぇ、ジーク」
アーシャは小さく言うと大きく息を吐いた。
モジモジしているアーシャの顔をジークは覗き込む。
「なんだ?」
「あのね、お父様のお見舞いに行こうかと思うんだけれど一人だと勇気が出ないから一緒に居てくれると嬉しいんだけれど」
言いにくそうなアーシャにジークは軽く笑った。
「もちろん。どこまでもお付き合いしますよお姫様」
茶化したように言うジークにアーシャも軽く笑う。
「ありがとう。お父様に会うのは勇気がいるのよ。なんていうか複雑な心境……」
「なるほど。まぁ、部屋まで行ってみて無理なら帰ればいいだろう」
「そうね、無理に会う必要も無いしね。ちょっと気が楽になったわ、ありがとう」
どうしても会わないといけないと思い込んでいたとアーシャはほっとして微笑む。
ジークも軽く口の端を上げた。
「こういうことはすぐに行動した方がいい。時間を置くと妙な考えになるからな」
「そうね。今から行くわ」
ジークの言う通りだとアーシャは決心をして頷いた。
「お父様は、城の離れの離宮で療養しているのよ」
アーシャはあまり来ない城の地図を思い出しながら小さな通路を通り庭へ出る。
廊下を行き交う侍女達の目が気にならなくなりアーシャは大きく伸びをした。
冬が訪れようとしているが天気がいいおかげかポカポカと温かい。
手入れが行き届いた庭園の花を見ながら歩くアーシャの後ろをジークはついて行く。
バラの香りがほのかに漂いアーシャは空気を思いっきり吸い込んだ。
「いい匂いね。秋にもバラって咲くのね」
薄ピンク色の小ぶりなバラが満開になっている。
これから大嫌いな父親に会う緊張がバラの香りに癒される。
「私が居た田舎のお屋敷の庭は荒れ放題だから季節に合わせて花なんて咲いていないわ。こうやって季節に合わせて咲く花を見るのもいいものね」
気を紛らわせるようにアーシャは言ってゆっくりと歩く。
「庭を抜けた先にわざわざ離宮を建ててたのよ」
アーシャは複雑な顔で薔薇の奥の青い建物に視線を向ける。
長年足が向かなかった父の療養先だが、今日はジークも一緒だ。
城の人と何も関係ないジークが付いてきてくれるのは嬉しい。
「父王はあまり関わりが無いのか?」
表情も感情も見せずジークが聞いてくる。
アーシャは肩をすくめた。
「そうね。……10歳ぐらいまではそれなりに仲良し家族だった気がするんだけれど、すべて2番目の奥さんが来てから可笑しくなったのよ。お父様は一切私たちを可愛がることもなくなったわ」
「そうか。いろいろ複雑だな」
そうこうしているうちに離宮の入口へとたどり着いた。
気分が重いままアーシャは豪華な飾りつけがされている金の飾り扉を開ける。
すぐに侍女が駆けつけてくるとアーシャとジークを交互に見て驚きながらも頭を下げる。
「ドウラン様からもしかしたお見舞いにいらっしゃるかもしれないと伺っておりましたが、急でございますね」
「迷惑だったかしら」
アーシャが言うと、侍女は首を振った。
「とんでもございません。どうぞお入りください」
「ありがとう」
労わるようないい方だが、侍女の態度はそっけない。
薄暗い廊下を侍女が案内するように歩いて行く。
その後を、アーシャとジークがついて行く。
奥の部屋のドアを侍女は軽くノックしてドアを開けた。
アーシャが入れるように開けてくれる。
部屋の中に入るアーシャに続いてジークも続くと侍女は眉をひそめた。
「騎士殿は廊下で待たれてはいかがですか?」
「なぜだ?」
ジークは眉をひそめながら威圧的に言うと侍女は口を噤んだ。
アーシャも不思議に思いながらも部屋の奥へと向かう。
分厚いカーテンが引かれた室内は昼間なのに薄暗い。
大きな天蓋付のベッドに近づいていくと不安でアーシャの足が重くなる。
歩みを止めそうなアーシャに気づきそっとジークの手が背中に触れた。
「大丈夫よ」
心配そうなジークの瞳を見上げてアーシャは小さく言うとベッドを覗き込む。
強い薔薇の香りが漂いアーシャは大きなくしゃみをした。
枕元に大量の薔薇の切り花が活けられており、強烈な匂いにアーシャは思わずハンカチで鼻と口元を押さえる。
「強い花の香りだな」
ジークも顔を顰めて呟くとドアの前に立っている侍女がぶっきらぼうに説明をする。
「マレーン様が王の為に毎日庭から花を摘んで活けて下さっているのですよ。数年ぶりに親の見舞いに来る方には匂いはきつかったですか?」
侍女の言葉にアーシャは嫌な気持ちになりギュッと唇を噛んだ。
「親でも可愛がられていなければ来たくもないだろう。顔を見せるだけでも十分親孝行だと思うが」
低い声でジークが言うと侍女は口を噤んだ。
他国から来た騎士が余計なことを言うなという顔をしているが、侍女はそれ以上口を開かなかった。




