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「久々の城はやっぱり落ち着かないわね」
日が沈む前に城へと帰って来たアーシャは部屋のソファーに座って暗い表情をする。
部屋に帰ってきてから当たり前のように騎士団長とジークが部屋に入って来た。
顔を知っている騎士や侍女もいるが、ほとんどが知らないに等しい者ばかりで自分の家に帰って来たという気がしない。
幼い頃与えられた部屋は、何も変わっておらずアーシャが好きだった人形などがそのまま置かれている。
小さな弓も何本か置かれているのを見てジークは不思議そうに眺めている。
女性のそれも姫様の部屋に置かれているには少し違和感がある。
「それは私が小さい頃練習していた弓よ。隊長お手製なの。面白がって何本も作ってくれるから大変だったわ」
アーシャが言うと、部屋までついてきた騎士団長が大きな声で笑った。
「姫さんは筋がいいから何を教えてもすぐに自分のものにするからよ。それに力も人一倍強いから誰よりも矢を遠くに飛ばすんだ。大人の騎士よりも飛ばすんだぜ」
自分の子供の自慢をするように話す騎士団長にジークは無表情にうなずいた。
「そうなんですか」
「もう、お父さんいい加減に姫様の昔話をするのはやめてあげて」
ガラガラとワゴンを押しながら部屋に入って来た小柄な女性が眉をひそめる。
文句を言いながらてきぱきとお茶を用意するとテーブルの上に置いて行った。
それを眺めながらアーシャは後ろに立っているジークを振り返る。
「隊長の娘さんのミナよ。ハンナの娘でもあるわ。私の幼馴染、親友でもあり、専属の侍女よ」
「初めまして。私と母で姫様のお世話をさせて頂きますのでどうぞよろしくお願いします」
「ジークだ」
二人が簡単に挨拶をするのを見てアーシャはジークにソファーに座るように促した。
「突っ立ってないで座ったら?」
「いや……」
護衛騎士が、王族と共に座っていいものかというジークの戸惑いを感じてアーシャはニッコリと笑った。
「大丈夫よ。みんな座って一緒にお茶を飲んでいるんだから。ねぇ?」
小さな椅子を持ってきて座るところだったミナが苦笑して頷いた。
「そうですね。まぁ、昔から一緒に居ますから」
「命だけ守ればそれでいいんだよ俺等は」
騎士団長はそう言うと乱暴にソファーに座るのを見てジークも仕方なくその隣に腰を降ろす。
「久々の城はどうだ?」
騎士団長に聞かれてアーシャは大きなため息をついた。
「落ち着かないわ。自分の家じゃないみたいよ」
「そりゃそうだ。あの第二夫人とその子供の姫さんが幅を利かせてんだ。アーシャ姫さんは居心地が悪いだろうな。王様は今や寝たきりで発言も仕事もしないし。ドウラン兄ちゃんは仕事に忙しくて第二夫人まで構ってられん。そりゃ、やりたい放題よ」
豪勢に紅茶を飲む騎士団長を見てアーシャは頷く。
「噂には聞いていたけれど、私の居場所は無いって雰囲気で分かるわ。早く田舎に帰りたいわ」
「まぁ仕方ねぇな。ドウラン兄ちゃんの結婚式が終わるまで我慢するんだな」
「お兄様もとうとう結婚するのね」
「一生結婚しないなんて言っていたけれど、運命の出会いって言うのをしたらしいわ」
夢見る少女のように遠い目をしてミナが言った。
アーシャは頷きながらテーブルの上に盛られているクッキーを手に取る。
「第二夫人のマレーンが居るからできればこの城に住ませたくないってこの前お兄様が言っていたわ」
「奥様嫌な感じだもの」
ミナが顔を顰めるとジークが口を挟む。
「第二夫人の影響は大きいのか?」
「そうねぇ。私が10歳ぐらいの時に突然お父様が嫁を迎えたのよ。それがマレーン。王妃になりたかったみたいだけれど、お母さまが死んで直ぐにお父様もおかしくなっちゃったから王妃の位は与えられていないの。それでも、自分が一番だって威張り散らしているわ。今一番偉いのはお兄様なのにね」
「その子供も酷いもんですよ」
ミナが小さな声で言うとジークは眉をひそめた。
「なるほど。いろいろ厄介な城だな」
「そうね。ジークが護衛していたのが今度来るお嫁さんなんでしょ?城の内情を探るために来たの?」
アーシャに聞かれてジークは軽く口の端を上げる。
いつも無表情なジークが初めて表情を崩したとアーシャは軽く目を見開いた。
(ちょっと笑っただけなのに雰囲気が変わるわね)
冷たい雰囲気だったジークだが以外と優しい所もありそうだ。
「それもあるが、ドウラン殿が警備をしてくれと依頼されたからだ」
ジークの言葉にアーシャは肩をすくめながら頷いた。
「多分私だけの為じゃないだろうけれど。今度来るお姉さまが結婚を取りやめないように報告は、ほどほどにお願いするわ」
「善処しよう」
苦笑しながらジークが言った。
「明日はドウラン様が午前中時間あるからお会いできるみたいですよ」
夜も更けて寝る準備をしているアーシャにベッドを整えながらミナが言った。
「お兄様に会うのは久々ね。ねぇ、ジークの事どう思う?」
ベッドの上にダイブしながら言うアーシャにミナは軽く首を傾げる。
「どう……とは?」
「お兄様に言われて本当に私の護衛をしているだけだとは思えないのよね。きっと、内情を探りに来て報告をする仕事なのよ。お兄様のお嫁さんに変な所を報告されても困るわよね。結婚が無くなったらお兄様、可愛そうだわ」
「今更結婚が無くなる訳ないですよ」
「そうだろうけれど。お母さまみたいに嫌気がさして別宅で暮らすことになったらさすがに可哀想だわ」
アーシャは母と共に田舎に逃げることが出来たが、兄はそうもう行かなかった。
ただ一人、城を守っていたのだ。
「そうですわね。ジーク様はとても素敵な方でしたわね。仕事が出来ような雰囲気を持っているからまぁ、多少新しく来るお嫁様にご報告をなさるでしょうけれど、あまり気にしても仕方ありませんわよ。それよりも、あれだけ顔が良くてエリート騎士ならば私も結婚していなければ交際を申し込んでいたかもしれませんわ」
キャッキャしながら話すミナをアーシャは遠い目で見つめる。
「そうねぇ。凄く整った顔をしているけれど、ちょっと怖くない?感情が真っ平というか、仕事に徹しているというか……」
「そこがいいんですよ!ウチの父なんて最低じゃないですか。デカすぎる、下品な声で笑う、デリカシーが無い。あんなのが父で最悪です」
「そうかしら。私、隊長の事結構好きだけれどなぁ」
アーシャが言うとミナはため息をつく。
「昔っからアーシャ姫様はうちの父を気に入っていましたわよね。どこがいいんだかさっぱりですわ」
「そうかなぁ?凄く遊んでくれるし、優しい人じゃない」
アーシャが言うとミナは首を左右に振った。
「遊んでいるんじゃないですよ。あれは訓練!アーシャ様は騎士と同じように弓の訓練をさせられていたんですよ!私にもやらせようとしましたが泣いて嫌がりましたからね」
「それでも私は楽しかったから良いもの。お父様よりずーっと遊んでくれたわ」
アーシャが言うとミナは流石にゆっくりと頷いた。
「王ですからねぇ。忙しいから仕方ないですわね。でもアーシャ様がやっていたのは訓練ですから!」
「忙しいからじゃないと思うわ。あの人は愛情が無い人なのよ……」
アーシャは悲しい顔をして言う。
「今更お互いの父親の文句を言っても仕方ないですわね」
「そうね。今日は移動をして疲れたわ」
ごろりと横になるアーシャの布団を整えてミナは苦笑する。
「そうですわね。ゆっくりお休みください」
「ありがとう」
明かりを消して部屋を静かに出て行くミナを見送ってアーシャは天蓋の天井を見つめた。
幼い頃に母親が吊り下げてくれてた木彫りの鳥が括り付けられている。
「お母さまは凄く優しかったのに。どうしてあんな人と結婚したのかしら」
父親との思い出が無いアーシャは呟いて眠りについた。




