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ハンナは騎士団長が居る部屋のドアをノックして扉を開けた。
「隊長!久しぶりね!」
騎士団長とその部下だけだろうといつも通りアーシャが気さくに声を掛けながら部屋へ入ると初めて見る男性が立っていた。
騎士団長は相変わらず大きな体をしており2メートルはある大きさだがその男性も背が高い。
騎士団長より頭1つ小さいぐらいだ。
アーシャの城の騎士は皆紺色の隊服だが、男は黒い騎士服を着ている。
この国の騎士ではないことが一目でわかった。
胸元についている紋章を見て、リバーグ国の騎士のようだ。
黒い髪の毛に、青い瞳の男性は人形のように整った顔をしている。
「初めまして」
美形の騎士は表情を変えずアーシャをじっと見ている。
騎士団長は大きな声で笑うと、美形の騎士の肩に手を置いた。
「このお方は、リバーグ国からいらした騎士様だ。まぁなんだ、交換留学みたいな感じか?」
適当なことを言って下品に笑う騎士団長に、美形の騎士は表情を変えず軽く首を振った。
「交換留学ではなく、一時的にお世話になるだけですが」
「まぁそんな感じだ。俺達の仕事っぷりを見たいってな。俺が強すぎるから、技術を盗みたいってな!ガッハッハッ」
下品に笑う騎士団長をアーシャは冷たい目で見た。
「絶対嘘でしょう。いつも適当なことを言って!お兄様が今度お嫁に貰う国の騎士様でしょう?」
「そうだ。まぁ、いろいろあるってことだ。えーっと名前はなんだっけ?」
騎士団長はつるっぱげの頭をかきながら美形の騎士の顔を見た。
「ジークです」
「そう、ジークだったな。わけあってしばらくアーシャ姫の傍に居ることになったからよろしくな」
「お兄様が許可したというのなら、確かな方なのでしょうね。お兄様のお嫁さんの関係で私に付くのかしら?」
アーシャは頷いてジークに向き直りもう一度軽く頭を下げる。
「アーシャです。私も訳あってこの田舎に引きこもって暮らしているの。今回しばらく城に滞在する予定だからよろしくお願いします」
「ジークだ。ドウラン王子から依頼があり今回アーシャ姫の護衛に就くことになりました」
「本当に私に付くの?」
アーシャの兄が結婚をする国の騎士なら確かな人だろうがと、驚きつつチラリと騎士団長を見た。
面白そうにニヤニヤ笑って団長は頷く。
「今回、ドウラン様の結婚式で俺達もバタバタしているからなぁ。ソレならいっそ他国の優秀な騎士を護衛につかせようっていう兄の気遣いだな」
「お忙しいのにありがとうございます」
アーシャがお礼を言うとジークは軽く頷く。
「俺に敬語は必要ありませんよ」
抑揚なく言うジークに、アーシャも肩をすくめる。
「なら私にも敬語は結構よ。形だけの姫だし、田舎に引きこもっているだけだし」
アーシャが言うと騎士団長がガッハッハッと下品に笑った。
「そうだそうだ。俺は敬語なんて使ったことねぇな」
「……確かにそうね」
アーシャは遠い目をする。
生まれた時から遊んでくれている騎士団長に敬語を使われたことなど一切ない。
自分の娘と分け隔てなく接してくれているのは逆にありがたくなるぐらいだ。
そして信頼できる騎士達は騎士団長の部下たちだけだ。
そうなると、兄の結婚というイベントでゴタゴタしている城の中は警備が手薄になる。
母親が屋敷に侵入してきた盗賊に襲われて殺されたことを思えば専属の護衛騎士を付ける兄の気持ちもわかる。
(きっとこの美形の騎士は凄腕なんでしょうね)
アーシャはチラリとジークの腰についている剣を見つめた。
使い込まれた剣は場数を踏んできたであろう戦歴が刻み込まれている。
「アーシャ姫様は本日から城に戻ることをすっかり忘れていましたからねぇ。荷物はまとめておきましたよ」
呆れたように言うハンナに騎士団長は軽く手を上げる。
「おー久しぶりだな。変わりないか?」
「なーんにも無いですよ」
親しそうに話している騎士団長とハンナを不思議そうに見ているジークにアーシャは説明をする。
「あの二人は夫婦なのよ。お母さまと同じ年ぐらいだから今年で55歳かしら?隊長とハンナの一人娘も私の侍女なんだけれど今は城で働いているわ」
「なるほど」
久々の夫婦の会話をしている騎士団長とハンナをジークはじっと見つめている。
2メートルで筋肉質な騎士団長の妻のハンナは小柄な女性だ。
普通に見て気が合いそうもないが、喧嘩もせず長年夫婦を続けている。
アーシャは久しぶりに会う騎士団長とハンナ夫婦に軽く手を上げた。
「私、弓を取ってくるわ」
「弓?」
不思議そうにしながらも歩き出したアーシャの後をジークはついてくる。
「ついてこなくていいわよ」
アーシャがそう言うがジークは軽く肩をすくめた。
「一応、アーシャ姫の護衛を任されている」
「このお屋敷は今のところ安全よ。多分、お城だって安全だわ。お兄様は心配しすぎなのよ」
「6年前、アーシャ姫の母君が盗賊に襲われたと聞いたが」
静かに言うジークの言葉にアーシャの顔が曇った。
「そうね。あれは不幸な事故のようなものよ。このお屋敷がお金持ちに見えたから強盗が来たのよ。あの日はたまたま警備が薄かったのよ……」
あの日の事は思い出したくない。
アーシャは小さい声で言うとそれ以上ジークは聞いてくることは無かった。
自室へと向かいベッドの横に立てかけてある1メートルほどの弓を手に取った。
部屋へ入らず廊下に立っているジークにアーシャは声を掛ける。
「入っていいわよ。そんなに気にしないでいいのに」
アーシャが言うとジークは無表情のままだが遠慮がちに部屋に入ってきた。
細かい事は気にし無さそうなジークだが、意外と気を遣うタイプのようだ。
やはり騎士として有能なのだろうとアーシャは苦笑する。
「なにか?」
突然笑い出したアーシャを不気味なものでも見る目で見られて慌てて手を振った。
「違うのよ。キースが気を使って部屋に入らなかったから新鮮だなと思ったの。だって隊長はノックも無しに私の部屋に入って来るし。隊長の部下達だってノックしても返事も待たずに入ってくるのよ」
「……なるほど」
理解できないと言うようにジークは頷いている。
アーシャは肩をすくめた。
「まぁ、その方が気楽でいいけれどね。ジークもそんな気にしないでいわよ。姫ったって名前だけだし。田舎に10年も引っ込んでいるし、それにこれだけ太い体をした姫なんて居ないでしょ」
太い二の腕を見せつけながら話すアーシャにジークは驚いたのか目をかすかに見開いた。
「……弓を扱うことが出来るのか?」
アーシャの体系には触れずジークは抱えている弓に視線を向ける。
「昔ね。ほら私って腕が太くて普通の子供より力もあったみたいだから隊長が面白がって私に弓を持たせたの。もう今はやっていないわ」
「使い込まれているようだが」
ただの置物にしては手入れがされている弓を見てジークが言った。
「母が亡くなる前まで練習していたけれど、もうやる気がなくなっちゃったから。でもこれ母と思い出の品だから。ほら、ここ見て」
アーシャは弓柄の上を指さした。
小さく花が彫られて可愛く模様がついている。
「これ、母が彫ってくれたのよ。だから思い出の品なの」
「なるほど」
大切に胸に抱えられた弓を見てキースは頷く。
「さぁ、城に帰りましょう。帰りたくないけれど」
顔を顰めるアーシャにキースはまた不思議そうな顔をする。
「城は私と母が大嫌いな場所なのよ。お父様が2番目の妻を娶ってからみんな可笑しくなったのよ。お父様もおかしくなっちゃったし、2番目の奥さんは私たちを嫌っている嫌な奴だし。できれば帰りたくないけれど、お兄様の結婚式だから仕方ないわよね」
「ある程度は事前に聞いていたが、いろいろあるようだ」
感情のない声で言うジークをアーシャは見上げた。
「驚かないのね」
「王族などどこもごたごたしているものだ」
「なるほど?ジークの国もそんな感じなのかしら?」
アーシャに聞かれてジークは肩をすくめる。
「いや。どちらかというと仲がよさそうな一家だな」
「ジークは騎士なんでしょ?王族専門の護衛騎士なの?今度お嫁さんに来る方の護衛をしていたの?」
「そうだな。護衛騎士の副隊長をしている」
「ふーん。どうりでその剣使い込んでいるものね。あの隊長が認めているぐらいだからきっと凄腕なのでしょうね」
アーシャが言うとジークは頷く。
「形だけの騎士ではない」
見栄えだけで護衛騎士に選ばれることもある。
アーシャは頷いた。
「それは良かったわ。隊長が居なくても安心して城で過ごせるわね。まぁ何もないと思うけれど」
「どうだか」
ジークはそう言ってまた肩をすくめた。




