20
部屋を出るアーシャの後ろをジークもついてくる。
「ジークも報告とかいろいろあるんじゃないの?」
「俺はアーシャ姫の護衛騎士だから。部屋まで送りますよ」
右肩が痛むのか摩りながらジークはアーシャの横を歩き出す。
日がすっかり暮れてしまい廊下は薄暗い。
「大変な一日だったわ。気持ちが追い付かないわ」
涙は止まったものの気分が落ち込んだままだ。
「そうだろうな」
「ジークがいろいろ調べてくれたって聞いたわ。ありがとう」
「たまたま女盗賊団を調べていたら、第二夫人と繋がっていたのが解ったんだ。アーシャ姫には辛いだろうが……」
ジークはそう言うとアーシャの顔を見る。
「辛いけれど真実が解って良かったわ」
「そうだな。……俺は明日の朝一番で国に帰ることになった。だからアーシャ姫の専属護衛騎士は今日で最後だ」
アーシャは驚いてジークを見上げた。
青いジークの瞳が優しくアーシャを見下ろしている。
「そう……なの。突然ね」
「国に帰って報告しないといけないことが沢山あるからな。マーガレット様と一緒に来た騎士数人と帰る予定だ」
「シャーロット達が居なくなったから、マーガレット様の事も安心だものね」
きっと自分の事も第三王子に報告するのだろうなと思いながらアーシャは頷く。
「マーガレット様の身の安全は心配していないよ。逆にあの人が危害を加えてしまうんじゃないかと心配していたぐらいだから。何事もなく終わったことを報告しないとな」
シャーロットと言い合いをしていたマーガレットを思い出す。
ジークが心配するのも理解できるとアーシャは頷く。
「私がジークに怪我をさせてしまったのは申し訳ないと思うわ」
「あれは事故だから気にするな」
アーシャは自室の前に来ると立ち止まった。
「もう、会えないのかしら」
心配そうに聞いてくるアーシャにジークは笑った。
「俺はまた会えると思うけど……」
(私が第三王子と結婚したら会えるだろうけれど……)
アーシャはそう思いながらも頷く。
ジークの事が好きだが、第三王子と結婚して護衛騎士としての再会は望んでいない。
「そうね。でも私、田舎に帰るかもしれないわ」
力なくアーシャが言うとジークは少し考えた後にいたずらっ子のように笑った。
「もし一緒に行こうって言ったら、俺の国へ行く気持ちはある?」
アーシャは頷く。
「ジークとなら安心だわ」
ジークの事が好きだからどこでも行くという事は言えなかった。
はにかむように言うアーシャにジークは満足そうに頷く。
「今度、俺の国を案内するよ。とても気に入ると思うよ」
「行かないかもしれないわよ」
ジークの傍で違う男の元へ嫁ぐ気持ちになれずアーシャが小さく言った。
行くと断言することが出来ない。
「それは困るな。迎えに来るよ」
ジークは爽やかに言うと手を振った。
もしかしたら会うのはこれで最後になるかもしれないとアーシャはとっさにジークの腕を掴んだ。
「あっ、ごめんなさい」
行かないでほしいという思いがとっさの行動に出てしまいアーシャは手を離す。
一瞬だけ腕を掴まれたことに驚いたジークはジワジワと笑みを浮かべる。
「明日は何時に出るの?」
「朝早く出立する予定。見送りは不要だよ。どうせすぐ会えるから大丈夫」
不安な顔をしているアーシャにジークは微笑む。
「今日は疲れただろうから明日までゆっくり休んでください。アーシャ姫」
ジークはそう言うと軽く一礼して歩き出す。
「道中気を付けて」
ジークの背にアーシャが声をかけた。
右肩を痛いのか摩りながら歩いてくジークをアーシャは見送った。
「姫様!アーシャ姫様!」
ミナに声を掛けられながら体を揺すられてアーシャは目を開けた。
よく寝たはずなのにもう少し寝たいと布団を頭からかぶる。
「もう疲れているのよ」
「疲れているのは分かりますけれど、昼をとうに過ぎましたよ!いい加減起きてください」
「……」
お昼を過義まで寝ているのは流石にまずいとアーシャは仕方なく起き上がる。
寝ぐせを整えながら窓の外を見ると太陽は昇りきっていてすでに落ちそうな気配までしている。
「昨日は考えることが多くて寝るのが遅かったのよ」
欠伸をかみ殺しながら言うアーシャにミナは軽食を素早くテーブルに置いて行く。
「私が夜お部屋に伺った時は鼾をかいてよく寝ていましたよ」
「だって、本当にいろいろあったのよ!」
「知っておりますよ。あのシャーロット親子がやっといなくなりましたわね。その取り巻きの侍女達も出勤停止になって私たちは嬉しくて朝から歓声を上げましたよ」
ベッドから起き上がり身なりを整えながらアーシャはため息をついた。
「お母さまの話は聞いた?」
「もちろん!酷い話ですね。あの時重要な人物はなぜか城に用事があって留守をしておりました。騎士達の警備は元々薄かったですけれど、それに加えてあの日は異様に人が居なかった。おかしいと思っていたんですよ!私はずっとドウラン様に訴えておりましたよ。あれは絶対に誰かが裏に居るって」
怒りながら言うミナにアーシャは頷く。
あの日の出来事は考えないようにしていたが、どうしてもなぜあの日に限って人が少なかったのだろうか。
今思えば全て仕組まれていたことなのだ。
「シャーロットと第二夫人が居なくなって良かったわ」
「これでアーシャ姫は田舎で暮らすこともなくなりましたね」
「私の縁談の話は聞いた?」
アーシャが静かに言うとミナは首を振る。
「ジーク様と縁談ですか?」
「ジークの国の王子様。マーガレット様の3番目の弟とですって」
アーシャが言うとミナは眉をひそめいつつ大きく頷いた。
「なるほど。ジーク殿はアーシャ様の様子を見てくるように王子に言われたのでしょうか」
「多分そうだと思うわ。きっとあっちの国でも私の怪力と腕の太さが噂されているのよ。真実なのかジークに様子見させたのね」
「人柄も見られていたのでしょうね……」
何とも言えない顔をしているミナの顔を見てアーシャはため息をついた。
「とてもジークと結婚したいなんて言えなかったわ」
「でしょうね。アーシャ様から断れる縁談でもなさそうですからねぇ」
身支度を終えてテーブルに座り軽食を食べる気にもならない。
「やっぱりそうよね。でもジークがありのままの私を報告したら断られる可能性もあるわよね。私、ジーク以外の人と結婚したくないわ」
「ジーク殿を投げ飛ばして肩の骨を痛めたアーシャ様を嫁に貰おうという男性はいらっしゃらないから大丈夫でしょう。きっと断られますわよ」
他人事のように言うミナをアーシャは睨みつけた。
「そうかもしれないけれど、私を嫁に貰おうとする男性が居ないって酷いじゃない!」
「あの背の高いジーク殿を投げ飛ばして痛めつけたんですから、その噂が消えるまで無理でしょうね」
「酷い!ジークは事故だって許してくれたもの」
むくれるアーシャにミナは冷めた視線を向ける。
「怪我をさせられたから姫様を訴えるわけにもいきませんからねぇ。私としては、第三王子がアーシャ姫でもよいと言ってくれたら縁談を受けるべきだと思いますわよ。きっと素敵な方ですよ」
「初恋は実らないって言うわよね。あれは本当だったのだわ」
アーシャはため息をつきながら窓から見える空を見上げた。




