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ジークと結婚したい事を兄の結婚式後に言うと決心してからアーシャはソワソワして落ち着かない。
明日はとうとう兄の結婚式だというのに、式よりもジークのことをどう伝えようか何度も考えてしまう。
「はぁ、どうしよう」
勇気を出して兄に言うべきか、それより前ジークにそれとなく確認してみるか考えているだけで不安でいっぱいになる。
式を明日に控えているおかげで、ミナ達は多忙でほとんど部屋に居ない。
ジークもアーシャの傍に居られないという事で今日は一日自室にいる。
やることもないアーシャはため息ばかりついて気分が落ち込んでくる。
何度目かのため息をつきながらソファーから立ち上がり何気なく窓の外を眺めた。
灰色の雲が空を覆いつくして天気は良いと言えない空模様だ。
色づいた茶色い葉が強い風に煽られてハラハラと落ちていくのが見えた。
落ちていく葉を目で追っていると、庭園を歩くジークの姿が見えた。
黒い騎士服に、銀色の剣を差している。
そのすぐ横をシャーロットが嬉しそうに頬を赤くして歩いているのを見てアーシャはとっさに身を隠した。
二人から見えない位置まで移動してそっと様子を見る。
見間違いではなくやはり、ジークとシャーロットが楽しそうに談笑しながら歩いていた。
「どうしてあの二人が……」
ジークは自分にだけ付けられた護衛騎士でどこか自分だけの特別な人だと思っていたのに、アーシャの胸がチクリと痛んだ。
「大丈夫、きっとただ一緒になっただけよ」
自分を納得させるため呟くのにアーシャの心は落ち込んでいく。
頬を赤くしているシャーロットの視線は完全に恋をしている乙女の目だ。
ジークも穏やかに微笑んでいる。
もうこれ以上は見たくないとアーシャは視線を逸らした。
ジークは優しいが、それはただの護衛対象だからだ。
急に現実を突きつけられてアーシャは深いため息をついた。
「そりゃそうよね。腕が太くて、怪力の私なんてジークが結婚してくれるわけないわよ」
明日、兄にジークと結婚したいと兄に言おうと決心していたがそんな気持ちになれない。
むしろ、言わなくて良かったとアーシャはもう一度ため息をついた。
「どうしよう。シャーロットの事嫌だと言ってたくせにジークは実は好みだったりして……」
ジークの心は自分に向いていないことがわかり大声で泣きたい気分になりアーシャはぐっと唇を噛んだ。
泣きたい気持ちを抑えながら部屋の隅に置いていた弓を手に取る。
亡き母が彫ってくれた弓をそっと撫でる。
「お母さま、人生は辛いことだらけだわ」
勝手に失恋した気分になってアーシャは涙を堪えているとドアがノックされた。
アーシャの返事を待たず部屋に入って来たのは騎士団長だ。
遠慮なくズカズカと入ってくると部屋の隅で弓を抱きしめているアーシャを見て面白そうに笑う。
「おーどうした。明日、大好きなお兄様が結婚するから気分が落ち込んでいるのか?」
揶揄うように言う騎士団長に後ろから部屋に入って来たミナとハンナが呆れて首を振っている。
「そんな年でもないでしょう。何かありました?」
ハンナが心配そうに聞いてくれるがジークとシャーロットが仲良く歩いていた体と騎士団長の前で言う事も出来ずアーシャは首を振る。
「何でもないわ。多分、お兄様が結婚するから何となく取り残された気がして落ち込んでしまったの」
離れて暮らす兄にそこまで依存はしていないと知っているハンナとミナはお互い顔を見合わせて納得しなさそうだが頷いた。
空気が読めない騎士団長はガッハハッと大声で笑うとドスンと音を立ててソファーへ座る。
「早速だが、明日はドウラン様の結婚式だ。花嫁が今日の夕方、城に入って準備をする。アーシャ姫の挨拶は不要ということだから明日までの楽しみに取っておくことだな」
「わかったわ」
慣れない城に入り直ぐに結婚式という事は花嫁も準備で忙しいだろう。
アーシャが顔を出すのも悪い気がして素直に頷く。
「俺達ゃ警備で忙しく動いている。とりあえず花嫁の来賓客も結構な数来ているからあまり外をウロチョロするんじゃないと言いに来た。あと当日は、ジークの傍に居ろ」
「ジークは私の傍に居てくれるの?」
先ほど見た光景を思い出しながら不安そうに言うアーシャに騎士団長は首を傾げる。
「そりゃそうだろう。何のためにアーシャ姫の護衛騎士を名乗らせていると思っているんだ」
「そう、一人にならないように気を付けるわ」
ジークが傍に居てくれるとわかり少し安心する。
騎士団長は不服そうに腕を組んだ。
「本当は俺か副隊長がアーシャ姫の護衛をしたいところだが、さすがにずっと引っ付いているわけにいかないからな。騎士団長なんてなったもんだから、ドウラン様と花嫁の傍にいなきゃならん」
ありがたい騎士団長の言葉にアーシャが頷きそうになると、後ろからミナが首を振っている。
「お父さんがアーシャ姫様の後ろに立ってたら凄い迫力で噂になるわよ。これ以上、変な噂を流されたら困るわ」
「アーシャ姫の最強伝説になっていいじゃないか」
大きな声で笑うと騎士団長は立ち上がってアーシャの頭を乱暴に撫でるとかったるそうに部屋を出て行った。
「よっぽど忙しいのね」
お茶も飲まずに出て行く騎士団長の背を見送りながら言うアーシャにミナは頷く。
「なんてったって他国の姫様が嫁いでくるのですから警備が大変のようですわよ。それに加えてシャーロット達がしゃしゃり出てこないように目を光らせているんですって」
「それは大変な仕事ね」
あのシャーロット達が何をするか想像もつかないが、間違いなく見入っていないと国の恥になる。
アーシャは想像するだけでうんざりしてくる。
「本当に元気が無いようですけれど何かありました?」
ハンナとミナもアーシャに気遣って声を掛けてくれるが、ジークの事を言う気に慣れずアーシャは首を振った。
「明日大変そうだなと思ったら気分が落ち込んでしまったのよ」
「確かにそうですよね。田舎に比べたらバタバタしておりますものね。私も早く田舎に帰りたいですよ」
アーシャにお茶を出した後自分のお茶を飲みながらハンナは大きく呟いた。
「お母さんは忙しいから嫌なんでしょ。田舎に居たら仕事ないものね。大好きな畑仕事をしたいんでしょ」
「そうなのよ。城は仕事が多くて……。全く嫌になるわ」
ハンナも田舎に帰りたいと思ってくれていることが嬉しくてアーシャは微笑んだ。
「本当ね。田舎でゆっくりしたいわね」
シャーロットの姿が見えないところに早く帰りたいとアーシャは同意した。




