12
「おはようございます」
翌朝、アーシャが朝食を食べ終えるといつものようにジークが部屋にやって来た。
他国の黒い騎士服を着たジークを見てアーシャはやっぱり彼が好きだと再確認する。
高鳴る胸を落ち着かせようと長く息を吐いてからジークに向き直った。
「おはよう。今日もいい天気ね」
アーシャが答えるとジークはチラリと窓の外を見た。
外はどんよりと曇っていてとてもいい天気とは思えない。
「曇っていて今いい天気とはいいがたいな」
「そうね……」
適当に言った自分の言葉に反省しながらアーシャは小さく頷くとジークは顔を背けて笑い始めた。
「適当なことを言ったわ。ごめんなさい」
素直に言うアーシャにジークは笑みを称えたまま頷いた。
「そうだな」
「今日は何をしようかしら。まだ図書室は使用禁止なのよね」
「今日俺は、騎士の訓練に参加する予定だ。できればアーシャ姫は部屋で過ごしてほしい。城の中といえど、あの妹殿といつ会うかわからないからな」
アーシャはジークを見上げて一瞬表情を曇らせて眉をひそめる。
「ジークが訓練するのを見てみたい気がするわ……」
きっと素敵に違いないとアーシャは思うが、騎士が訓練をしているとこに行きたくない。
「見学をしてみるか?面白くないと思うが……。姫が見学をしても問題ないだろう?」
片づけをしているミナを振り返ってジークは聞いた。
「問題ございませんよ。むしろ、城に居た頃は毎日のように騎士に交じって訓練に参加していましたからね」
半ば呆れたように言うミナの言葉にジークは歯を見せて笑う。
「なら問題ないだろう」
「そうね。ジークとなら行けそうな気がするわ」
ジークが剣を握る姿を見たいという欲望に勝てずアーシャは頷いて立ち上がった。
騎士の訓練場は城の裏庭を抜けた先にある。
木々の間を抜けて細い道をジークを連れ立って歩く。
浮かない顔をしているアーシャにジークは問いかけた。
「アーシャ姫は毎日のように訓練場へ行っていたというが、どうして今浮かない顔をしているんだ?」
険しい顔をしたままのアーシャは唇を少し尖らすと渋々というように口を開いた。
「行きたくないのよ。私、弓が握れなくなってからどうしても行かれないの。お母さまを思い出すのかしらね。なんだか心が重くなるのよ……」
「……なるほど。無理なら部屋に戻るか?」
優しく聞いてくるジークにアーシャは首を振った。
「ジークとなら大丈夫な気がするわ」
「それならいいが。もし気分が優れないなら、直ぐに戻ることもできるから気軽に声を掛けてくれ」
気を使いながら話すジークにアーシャは頷いた。
騎士の訓練場へ行くとちょうど入り口に巨体の騎士団長が立っていた。
アーシャとジークを見ると下品に笑い声を上げながら手を上げる。
「おーおー!アーシャ姫も一緒か、こりゃめでたいな」
「何がめでたいのよ。隊長も適当なことを言っているわ」
アーシャが小さく言うとジークは肩をすくめる。
「アーシャ姫が訓練場に来たことがうれしいんだろう」
ジークが言うと騎士団長にも聞こえたのか大きく頷いてアーシャの背中を叩く。
「そうだ。アーシャ姫がこんなところに来てくれるなんて俺は嬉しいぜ。さぁさぁ、気が変わらんうちに中へどうぞ」
グイグイと怪物並みの力で押されてアーシャは訓練場へと足を踏み入れた。
石造りの訓練場は大きな楕円形になっており広場は整備された土がむき出しになっている。
広場を囲むように客席も設けられているが、アーシャは広場の中心へと背中を押されて立たされた。
準備をしていた騎士達はアーシャがやって来たことに驚いて声を掛けてくる。
「アーシャ姫様珍しいですねぇ」
「何年振りだ?久々に弓でもやってみるか?」
アーシャを幼少期から知っている年配の騎士達が気軽に声を掛ける中、若い騎士達は姫様の登場に驚いた顔をしている。
「弓はやらないわよ。今日はジークの見学に来たの」
アーシャが言うと年配の騎士達は残念そうに声を上げた。
「アーシャ姫が前回引いた弓の距離を俺、この前やっと越したんだぜ。勝負したかったのになぁ」
「アーシャ姫はこの闘技場の端から端までの距離を飛ばせるんだ。どっか森へ行かないといけねぇな」
騎士団長がそう言って下品に笑うと、年配騎士達も声を出して笑う。
「アーシャ姫の腕はそこまですごいのか……」
騎士達の話を聞いていたジークがそう呟くとまじまじとアーシャの太い腕を見つめてきた。
(ジークの前で私が怪力だって言わないでほしいわ)
女性らしからぬエピソードを暴露されてアーシャは俯いた。
恥ずかしさでうつむいているアーシャを騎士達は気を悪くさせてしまったと思い慌てて準備に戻っていく。
「姫様は見学だな。その辺座ってろ」
騎士団長に言われてアーシャはとぼとぼと観客席へと向かった。
誰も居ない観客席に座って騎士団長と話しているジークを見つめる。
ジークに腕が太いのを見られたことも嫌だったが、何より弓を飛ばす力が強いことも知られてしまい恋する乙女としては最悪の気分だ。
か弱い女性が男性にモテるという話を騎士達がしていたのを聞いた時はそりゃそうだろうなと思っていた。
実際自分が恋をしているジークもきっとか弱い女性が好きに違いない。
「私ってばちっともか弱くないし、意気地なしだし最悪だわ」
小さく呟いてため息をついた。
ジークが騎士達の間で談笑をしているのを見ているだけで胸が高鳴る。
談笑していたジーク達はお互い訓練用の刃をつぶしている剣を手に取ると練習試合を開始した。
一番手はジークだ。
ジークと副団長を残して他の騎士達は端に避けた。
騎士団長が間に立って手を上げた。
「試合開始!」
騎士団長の声でジークと副団長が剣を構える。
「副団長も結構な剣の使い手だけれどジーク大丈夫かしら」
アーシャが練習場に来たのは数年ぶりだ。
以前、練習試合を見学した時は副団長と騎士団長が二人で部下達を打ちのめしていたのを目撃した。
きっと今もそれは変わっていないだろうと、アーシャはジークが心配になる。
剣を構えたままの二人だったが、初めに動いたのは副団長だ。
素早く剣を振りかざすとジークの頭上から振り下ろした。
思わずアーシャは目を瞑り相違なるがジークが素早く副団長の剣を弾いた。
副団長の渾身の一撃を防いだジークを見て見学していた騎士達から歓声が上がる。
いくら刃をつぶしてある剣を使っていると言っても、あの攻撃がまともに当たれば大怪我をしてしまうだろう。
アーシャはジークが無事に試合を終えることが出来るよう祈りながら試合を見守る。
攻撃を防いだジークは剣で突くが副団長は素早く身をかわして避けた。
ジークと副団長はお互い剣を打ち合っている。
常人とは思えないほど素早い動きをしている二人を騎士達は呆気にとられている。
「副団長のあの速さについて行けるなんてジークはすげーな」
見学している騎士達が呟いているのが聞こえアーシャは自分の手を握りしめた。




