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「はぁ。最悪だわ……」


 何度目か分からないため息をつくアーシャにミナは朝食後のお茶を出す。

 

「まだ落ち込んでいるんですか」


 図書室のドアを壊したことに一晩経ってもアーシャは落ち込み続けている。

 机にうつ伏してしまいそうなほどがっくりとしているアーシャはまた大きく息を吐いた。


「だって、図書室のドアをトイレに行きたいからって叩いたら壊れてしまったのよ。それをジークに見られたの。恥ずかしい……。きっと怪力すぎて呆れているわよ」


「なるほど……」


 ミナはニヤリと笑って偉そうに腕を組んでアーシャを見下ろす。

 

「姫様、それはジーク殿に恋をしたんじゃないですか?」


「私が?違うわよ。ただ、恥ずかしいってだけで……」


 驚いているアーシャの顔は真っ赤だ。

 自分でも思っていない気持ちを指摘されてアーシャはドキドキする胸を押さえた。


「姫様の遅すぎる初恋ってやつですね」


 揶揄うように言われてアーシャは恥ずかしくて両手で顔を覆った。

 

「そんなの気付かなかったわ!誰にも言わないでよ!」


「言いませんよ。私以外の誰かに知られたら大変なことになりますよ。覚えています?私が初めて好きになった男の子の事……。最終的に父に知られて大変なことになった事がありましたね」


 遠い目をするミナにアーシャは頷く。

 

 「大変だったわね」


 娘の初恋を知った騎士団長は、男の子を呼びつけて騎士でもないのに訓練をさせたりうちの子をどう思っていると直接聞いたりと最悪の事を思い出す。

 結局ミナの初恋の男は逃げ出してしまい、ミナや騎士を見ると隠れて暮らすようになってしまった。

 

「あの時から父が大嫌いです」


「まぁ、……わかるわ」


 嫌いと言っても親子の仲は悪くないことを知っているが、確かにあれは酷かったとアーシャは他人事ながら気の毒に思っていた。

 もし、ジークを好きだと騎士団長が知ってしまった時、ミナの二の舞になるのだけは避けたい。

 

「何が何でも知られないようにするわ」


「それがいいです」


 すっかり落ち込んでいたことも忘れていたアーシャが決意をしたときにドアがノックされた。

 入って来たのはアーシャが恋心に気づいたジークだ。

 

「おはようございます」


 いつも通り無表情なジークだが、恋をしていると気付いたアーシャには輝いて見える。

 ただでさえ整った顔をしているジークだが、今日は一段とカッコいい。


「はぁ、困ったわ」


 胸がドキドキしすぎて思わず声が漏れるアーシャの背中をミナがつねった。

 痛みで顔を顰めるアーシャとミナをジークは交互に見る。


「何か困りごとでもあったのか?」


「何もないわよ。困ったと言っていたのは……そう、今日は何をしようかなぁって思って。やることが無いから」


 アーシャが必死に言うと、ジークは思い出したように噴き出して笑い始める。


「図書室はドア周辺を修理中の為使用禁止だから。そこ以外で、考える必要があるな」

 

 腹がよじれるほど笑っているジークにアーシャは唇を尖らせた。

 怪力なことを知られてしまい笑われるとは不愉快だ。

 力がありすぎることを気にしているのにと不機嫌になったアーシャに気づいてジークは笑いを収める。


「アーシャ姫の力強さが良すぎて……。あそこまでされたら嫌がらせをした人物も逆に驚いただろうなと想像すると可笑しくて」


 そう言いながらジークはまた笑いだす。


「まさかあんな風にドアが壊れるなんて思わなかったわ」


「アーシャ姫に手を出すと恐ろしいことになると学んだだろうな」


 笑いながら言うジークにミナはため息をついた。


「あのシャーロットとその取り巻きが学ぶなんてことしませんよ。ジーク様がお気に入りになったようですから嫌がらせは続きそうな気がしますけれど」


「アーシャ姫なら問題ないだろう?自慢の腕でなんでも切り抜けられそうだ」


 笑いながら言うジークだがアーシャの心は重くなる。


「そんなこと無いわ。……肝心な時に私は何もできないのよ」


 暗い表情のアーシャに気づいてジークは笑いを引っ込めミナに視線を向ける。

 ミナは軽く顔を左右に振って、気分を変えるように手を叩いた。


「姫様、部屋に居ても気分が落ち込むばかりですよ。いい天気ですから庭でも散策して見たらいかがですか?頼もしい専属護衛騎士もついている事ですしね」


「そうね。少し外に行って気分転換でもしようかしらね」


 アーシャが静かに言うとジークは頷いて手を差し出してくる。

 不思議そうにしているアーシャにジークは軽く微笑んだ。


「アーシャ姫専属の護衛騎士が、姫をエスコートしようとしているんだが」


「あぁ、そう言う事ね。ありがとう」


 男性にエスコートされたことなど無いアーシャはドキドキしながらジークの大きな手を取って立ち上がった。

 アーシャの様子を微笑ましく見ていたミナは軽く頭を下げる。


「行ってらっしゃいませ」




 「いい天気ね」


 ジークを連れてアーシャは庭園を歩く。

 空は抜けるように青く、太陽のおかげでポカポカと温かい。

 庭師が手を入れているために、薔薇が至る所で咲いている。

 花を眺めながらそれとなく隣を歩くジークを見上げた。


 整った顔にキリリとした口元は微かに上がっていてジークも機嫌がよさそうだ。

 ジークの顔を盗み見て胸がドキドキしすぎてアーシャは慌てて顔を逸らした。


(まともに顔を見ることもできないわ)


 ジークに恋心を抱いていると気付いたら、どうやって普通に接したらいいか分からなくなってくる。

 それでも何とか会話をしようとアーシャは口を開いた。


「ねぇ、ジークは普段何をしているの?訓練とか?」


「そうだな、訓練と会議が多い」


「騎士団長達と一緒ね。あの人たちも年中会議やら書類やらを書いていて忙しそうよ。護衛をしている時間よりそっちの時間の方が多い気がするわ」


「違いない」


 ジークは軽く笑うとアーシャの顔を覗き込んできた。

 急に距離が縮まりアーシャは驚いて一歩下がろうとするがそれより前にジークの手が頭をかすめた。


「葉っぱが頭に乗っている」


「あら。ありがとう」


 距離が近くなりドキドキしているアーシャを見下ろしてジークは面白そうに笑う。


「顔が赤いが……?」


 揶揄うように言われてアーシャは顔を背けた。


「そりゃそうよ。ジークのような若くてカッコいい人にこんなことされたら誰だって恥ずかしくてドキドキするわよ」


 恥ずかしそうに言うアーシャにジークは一瞬驚いた顔をして、声を上げて笑った。


「なるほど!アーシャ姫は可愛いな」


 ジークは笑いながらアーシャの頭に手を伸ばすと力いっぱい撫でまわした。

 

「何をするの?」


 驚きながらも顔を真っ赤にしているアーシャの頭をジークはますます撫でまわした。




 

 

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