幻実&幻実=? ④
「あ、ハルモさん遅かったっすね。いやぁ、さっきわんころの隣を歩いてた時は噛まれるかと思ったっす」
全速で進んでたらトランペットがウィルスを駆逐しながら進んでた。道理で何もないわけだ。
「お前、兎さんのツール使えば最高のアタッカーだよ」
簡単なツールだ。やろうと思えばトランペットにだって作れるような、迷彩ツール。自身のアバターを他のプログラムと同じオブジェクトに見せるだけの。勿論本来は反応もあるし感知系のツールを使えば見つかる。
けど、トランペットのアバターは感知系を騙す物だ。俺のアバターにも引っかからない程に優秀な。ついでに俺のダミーを作るツールを使えば、あそこにトランペットが居るように錯覚させられる。
だから、犬さんでも騙せた。そもそも俺に注意の大半を向けていたからだけれど。
「そんな褒めてもエロい事しか出ないっすよ?」
他のを出せよ。
「急ぐぞ。兎さんが相手してるって言っても、犬さん相手じゃ分が悪すぎる」
性能の差もあるけど、戦ってきた数も違うだろう。
「そりゃそうすね。あれはやべぇっす。癪っすけどあの糞野郎じゃないと勝てねぇでしょうし」
「お前ら仲悪すぎ」
実力って点を埋めようとするなら、兎さんが犬さんをほどよく傷つけてくれるぐらいじゃないといけないだろう。
あそこであのまま戦っていたってこっちも片腕が無いしなぁ。万能型で戦闘型に勝てるとも思えないし。あー、最初で腕をとられたのが痛すぎたか。
「まっ、それはどうでもいいじゃないすか。それよりも、あそこじゃないっすか?」
示された指を見るまでもなくわかる。小さな部屋が点在し始めている場所の奥。そこがここの制御室か何かだろう。
制御室に入る。とりあえず何もない事を確認。ついでに誰も潜んでない事も確認。無駄に少し広い事も確認する。
犬さんが入ってきても大丈夫なようにダミーを作り出して、罠も仕掛け直しておいた。これである程度は阻害できるはずだ。まぁ、部屋に入ってきたと同時にアバター自体の操作が反転するっていう程度だけど。
「お前は情報できるだけ引っこ抜いてくれ。俺はここを調べてみる」
「あいさー。初めての共同作業っすね! 結婚生活最初って超緊張っす!」
結婚もしてねぇし初めてでもねぇよ。
さて。ここの操作方法は、と。……面倒くさい。纏めてあるリストを見ても名前とまるばつしか付いていない。
あ、千さんの名前があった。記入欄には何もないな。……とりあえず無事って判断していいのかね、これは。
……本来なら何かされるのを犬さんが防いでいたんだとすれば、俺の考えは確かに幼稚なもんだったな。
助けだせても、何かされてたんじゃ意味がないよな。
「……いや、まずは、どうするかか」
そんな簡単に起こせるはずもないよなぁ。それに千さんが起きたとしてどうするかっていう問題もあるし。……今の状態が精神だけあるって状態ならアバターをつれていけばそのまま元に戻るのか?
病院と幻実は繋がってるけど身体のある方に向かってくれるのかって問題がある。リストから見ると六百七十一人。それ全員の命とも言える物が掛かってるから責任は重いし。さて、どうしたものか。
「……あー。犬さんに直接問い詰めたい所では、あるな」
それを行うにしても、難しいだろうけど。犬さんには犬さんの立場がある。もし倒せる事が出来れば、力ずくで従わせる事は……。まぁ、やれない事はないか。
「しょうがねぇっすよ。無理なものは無理っすし。んで、情報は現在七十五パー確保っすよー。目を通しても重要そうな物はなさそうっすけどね」
「まぁ重要な物を置いておく程じゃない、か」
人工知能が作られたのならすでに此処は不必要。それに伴って被験者。もっと直球に言ってしまえば実験をする人間も使わないって所か。
……人間を使ってるのは、それこそ人の精神でもコピーしようとしたのかもしれないな。それが上手くいくかどうかは知ったこっちゃないけど。
まぁ、上手くいきはしたんだろう。そうじゃなけりゃ、ここを放棄なんてしないはずだ。
「けどわからないっすね。終わったなら、何で解放しないんすかね?」
理由。それが問題だ。簡単には解放できない理由があって然るべきなんだ。それがないと今の状況になりえないはずだ。
どんな些細でもいいから、その理由を見つける必要があるんだが。
「あー。面倒くさい。トランペット、準備しろ。そろそろ来るぞ」
とんでもないスピードでこっちに来る反応が一つ。この速さからすると兎さんがどれだけ傷を与えたのかはお察しって所だろう。
それでも時間を稼いでくれた事と、ここまで通してくれた事には感謝をするけれど。
「はいっす。あ、何か決め台詞とか考えなくていいんすか?」
んなもんねーよ。仮にあったとしても言える程に恥を捨ててねぇ。
……まぁ、なんとなく格好よさそうってのはわかるんだけど。それでも、なぁ。
「……いらねぇ」
「んじゃ、番犬如きじゃ、主には敵わねぇ。とかどうっすか!」
自信満々に言われても。
「どうでもいいけど備えろ。来る!」
反応が部屋の前まで来たのでカウンターを取ろうとした所で、犬さんは部屋に入ったとたんに後ろに下がった。あれ? 罠ばれた?
「よくよく考えると、罠にかかった瞬間に後ろに下がる事になるんじゃないっすか?」
俺は馬鹿だ。畜生、何やってんだ!
「……いいトラップだとは感心するが経験が甘いな」
ゆっくりと犬さんが中に入ってくる。顔が一つなくなってた。ついでに傷だらけ。兎さん、アンタどれだけ激戦をやったんだ。
「アイツとまともにやってたら俺も負けるだろうな。上手く逃げたが。やれやれ、上には上が居るものだ。あいつならキングとやりあっても勝てるだろう」
「はは。兎さんが天才だってのは、マジなんすね」
ろくに戦闘をやった事もないだろうに。机上の空論を突き詰めた結果が、あの人のような物か。けど、それ故に実戦で相手を逃がすのは、仕方がないか。
戦闘力では負けてなくても機転で負けるのはやむを得ない。
「ああ。……棺桶、お前はどうだろうな?」
呟きと共に犬さんが黒の弾丸となり、俺へと突っ込んでくる。……あれ? なんか少し遅い?
とりあえず避けた。すれ違う瞬間、ファイルが俺に渡される。
「中々、避けるな」
ファイルの受信は完了した。ウィルスに引っかからない所を見ると特にそういう物じゃなさそうだけれど。
なんだこれ。
「あ、ああ。アンタもかなり疲れてるだろうし、アバターの負傷具合は五分五分だろう。決着を付けるにはいい機会だ」
「俺の勝ちか、お前の勝ちか」
やろう、と言うと同時に犬さんが駆けまわる。トランペットにでも攻撃してくれりゃ囮の役目を果たしてくれるだろうから恩の字なんだけどそうも言ってられないか。戦闘に関しては役にたたない事はとっくにわかってるだろうし。
隙を見つけては俺に飛び掛る犬さんを避けて、ファイルを解凍。中身を見て、思わず苦笑が出た。それはここの解放条件。……成程な。
あの人を助けられればそれでいいって事か。誰が助けたかは問題にしてなくて。
「……じゃあ、なおさらアンタを倒さないといけなくなってるって事か」
呟き、モチベーションが上がっていくのを感じる。
条件は二つ。犬さんを倒す。解除キーを入力する。
簡単な話だ。まぁ、解除キーが普通ならわからなくて苦戦するんだろうが。……いや、そもそも犬さんを倒さないといけないって言うのもある。
「……トランペット、お前はここを調べろ。その間に、俺が犬さんをやる」
「言うようになったな」
これで俺が犬さんに勝ったら、問題なく千さんは助かるだろう。けどここで犬さんが負けなければ、千さんはどういう風に助かるのか、わからない。
逆もまた然りではあるけど。
ここまで来た以上、引き下がれないのも事実だしな。
さっきまでと比べると格段に遅いとは言ってもこっちもこれ以上の損傷は避けたい。今だって半壊に近いんだ。これ以上やられると動けなくなる。
冷静に、見極める。犬さんだってタダでやられてくれる程、生やさしい人じゃないし、同じ男として負ける事は出来ないだろう。
こっちとしては、望むところだが。
とりあえず、頭を一個潰さないと避けるのも出来やしない。
「ところで犬さん、アンタここ数年、ずっとここでこうしてたのか?」
「ああ、ここでずっと仕事をしていた」
何の仕事なのかは、言わないか。研究者としてか、警備としてか。……この人の研究分野を考えれば研究者としてなのかもしれないな。
……千さんの安全と引き換えに力を貸す、ね。それが通用する程には犬さんは優秀って事か。
避けて、更に避けて。攻撃をする瞬間の動作を見極める。スピードを捉えるのは無理だ。走る瞬間を抑えるのには、速さが足りない。ならやれるのは走る瞬間を捉える事だ。
それさえ出来れば、手はある。
「へぇ、その隙に助ける事ぐらい出来たんじゃありませんか?」
「俺がどうなるかが理解できる事を、する気はない」
引き換えに犬さんは良くてクビか、最悪死ぬ可能性も存在するか。下手な事をしないで堅実に行う。それはきっと、いい事なのだろう。
急いで下手を打つのに比べればきっと。
「俺だったらきっとやってますけどね」
俺の言う言葉は若さから来るものだろう。色々な物が見えない分、視界が狭い分、やれる事が多いという事だってある。
大人の犬さんには出来ない事が俺には出来る。
「若いな。俺にもそんな時期があった」
懐かしむようにか、それとも自嘲なのかよくわからないけど。犬さんはそんな事を言いながら苦い表情になったような気がする。
どっちにしても、俺には関係ない事か。
「んじゃ若い者に譲ってくださいよ」
後ろの腕に当たって、噛み千切られた。これで残りの腕は三本。あと一本で元の数に近づいてる。
これじゃあろくに攻撃も出来ない。した所で読みきれない以上は、掠るかどうかがいい所だろうな。
「若い者に苦労を与えるのが年上の勤めだと昔から言うのを知らないのか?」
「老害って言うのを知らないんですか?」
できるなら、二つ目の頭は潰しておきたい。これがあるから厄介だしなぁ。なくなればいいけどこれを潰すならそれこそ阿修羅と引き換えでやるしかない。犬さんは本体を絶対に守りぬくだろうしな。俺だってそうするさ。
……まぁ、それしかないか。
「早々に決着を付けましょう。いつまでも長引かせたくない」
犬さんが俺に向かって、一歩踏み込む。言葉は不要って事か。いいね、それなら俺もそうしよう。
これから先の事は言葉にする必要はい。
だから、犬さんは俺に向かって駆けた。そして二つ目の頭での攻撃を行い。俺は腹を食い破られる。
タダで渡す程こっちも甘くない。だから二つの腕を使って全力でその頭を叩き潰し、残り一本の腕で犬さんを抑え込む。
「……これでどうするつもりだ、棺桶。お前の負けか?」
のんきに話をする余裕があるようで何よりだ。でもその余裕が命取りだよ、犬さん。
「トランペット、抑えてろ! 一秒でいい!」
「はいっす! ハルモさんのためなら命賭けて!」
洒落にならなさそうなのが怖いけど、一瞬だけでいい。一瞬だけ抑え続けてくれるのなら。
「何の真似だ?」
「誰の真似でもなく、勝つためですよ」
プログラムを起動。変換。その間、二秒。
トランペットは弾かれる。けどよくやった二秒も抑えられるとは思ってなかったよ。
俺の姿はもう一度変わる。棺桶。人型。阿修羅。そして。
「本邦初公開。名前は、犬殺し(デット・ドック)なんて、どうですか?」
デットロックと掛けたつもりなんだけどね。……まぁ、これが秘中の秘。
兎さんと一緒に作った内の、もう一体。
阿修羅が戦闘、本当に戦闘型なら、これは皆の補佐をするための型。戦闘面での性能は人型にも劣るだろう。
何せ幾人とも通信を行うためだけに全能力をつぎ込んだものだ。俺の部屋にサーバ一台を設置しただけの甲斐はあった。おかげで今月はかなり侘しい生活をしなくちゃならなくなったけど。
ただ今この瞬間に限るなら犬さんを潰すに足る性能を持つ。
「騎士型か。それでどうするつもりだ」
リビングデッドのような姿で、騎士と名乗るには俺は主が居ないし、主と思えるような人は今目の前に居る人と千さんぐらいしかいないけれど。
「こうするんですよ」
ただ力一杯に抑え付け、犬さんに向かって通信を飛ばす。その数、およそ七千。簡単に言ってしまえばDOS攻撃だ。圧倒的な数による暴力。アバター自体の機能を止めるのには十分だろう。
今シャングリラに仕掛けている物量作戦と同じ作戦。
質で敵わないなら数で挑むしかないって事だ。
声も何も発しないのは、多分落ちるか否かの瀬戸際だからだろう。
「犬さん、これで終わりです!」
「……お前の方が、余程大人らしい」
苦笑交じりのそんな声が、聞こえたような気がした。




