幻実&幻実=? ③
俺が何かを言う前に。いや、言わせる事すら許さないのか。犬さんは黒い影となってこの天守閣を縦横無尽に走りまわる。
出口は見えている。天守閣の外には更に道が続いている。その先にきっと何かがあるんだろう。それでも、そこまで行くのは遠い!
「アンタ、何でここで!」
ぎりぎりで避ける事に成功しながら問いかける。疑問符で頭が埋め尽くされそうだってのに。
その状態でこの人とやりあえるわけがないだろ。
「質問に答える意味はないだろう?」
問いかけようと、その言葉は返されるはずがない。そりゃ、当たり前か!
「そこの奴を期待しているなら無駄だ。俺は誰も通しはしない」
感知に引っかからないという性質を利用しようと完全に居なくなる事は出来ず、目視ながら見つかってしまうのだからそこまで高望みはしない。俺が行くか。トランペットを囮に、してもこの速さの前じゃ追いつかれるか。
「安心しろ。春水は俺が助け出す」
言葉に端に溢れる感情を、感じた。そして理解した。薄々と思っては居た。考えてはいた。
犬さんは、春水さんを好きなんじゃないかって。
その言葉を聞いたなら、俺は負けるわけにはいかない。
「犬さんって案外、わかりやすいだなぁ!」
怒りとは違う。憎しみはきっと近い。
嫉妬だ。同じ女を好きと思う者で。きっと犬さんは千さんに俺より近い場所に居る。
守ると言葉にしたんだ。それは守れる距離に居るという事。守り、助ける事が出来る。比べて俺は助ける事も不安定。ああ、犬さんの方が賢いし方法もよくわかってるんだろう。
それでも。
好きだという気持ちだけは負けてられない。
「っ!」
「くっ」
いてぇ。右手が更に、肩まで削られた。それでも一発入れてやったんだ。見返りとしちゃ悪くねぇな。
痛覚切断してなかったら痛みで死んでるぞ。まぁ、キングとやりあった時はもっと痛かったけどな。
「なぁ一つ聞くぜ、犬さん。ここは、何だ?」
冷静に避ける。それでもぎりぎりだと言うことに変わりはないし会話を楽しめるほどの余裕は現在持っちゃいない。
けど、この速さに対抗するのは俺の阿修羅でも無理だろう。限界値が十と十五では些細に見えて埋められない差が存在している。
幾らこっちが早くなろうとも同じ土俵で勝負するなら負けるというのは変わらない。
だから、その他の所で打ち崩す必要が出てくる。
「いい質問だな。だが、自分で答えを出せ」
「優しいのは、千さんにだけって事か」
記憶だと千さんは問わなくても勝手に教えてたっていうのに。それとも、聞かないから教える人なのかね。
「わかってないわね。その人は常に、愛した人には甘いのよ。優しくないの」
動きに翻弄されて、けれど掴もうとした瞬間に犬さんの身体が地に落ちる。上から降ってきたのは一匹の兎。
「基本的に忠犬だもの。主のためになら甘く緩く絶対の忠誠で応える。駄目な人よね?」
通路から更に二匹の兎が現れ、右の兎は弓を放ち左の兎は斧を振り下ろす。
「あぶねぇ!」
斧は軌道を変えて俺へ。弓はそのまま犬さんの方に向かった。けれど犬さんは流石というべきかどうか。上に乗っていた兎を振り払い一足で距離をとった。
兎さん、アンタ何してんだ。
「来てから姿が見えないと思ったら……」
「穴は閉じちゃったわよ。どこかの少女が迷い込まないようにね」
アリスを連れてこない兎か。ここには女王様もトランプも帽子屋だってない。
居るのは囚われの仏様。場所は狼が守る鉄壁の城。王は居ても王子は居ない。
「昔に話や童話に触れそうで、触れない場所だ」
「言い得て妙だな」
犬さんが微かな笑いを漏らした。ああ、もう。緊張感が少ないな。
面子が面子だけに仕方がないか。今ここに居るのは三人だけなんだから。
「それで、兎さんは」
「私は私で犬さんに用事があった。ここを誰が作って動かしたのかはわからないけど、それでも犬さんなら居るってわかってたもの。この人が研究していた事のある分野を思い浮かべればね」
気楽な口調で一匹の兎が笑う。そして他の兎は戦闘態勢を崩さない。四対一って所か。俺を狙えば、俺が捕まえればいい。兎さんの三つのアバターは全てを同時に破壊しなければ破壊できない代物だ。
「流石というべきか」
「褒める事でもないわ」
「……人工知能?」
確か前に聞いた事のある話だと、犬さんの専攻は人工知能に関する事だった。この場所は人の精神を閉じ込める。
いや、それに関係なんて。
「ここを通さない事が俺の仕事だが、兎も相手にするとなる分が悪いな。本気を出させてもらう」
犬さんの姿が、変わる。いや、それはたいした変化じゃない。俺のと比べればそれ程の変化とは言えないだろう。何せ、頭が三つになっただけなんだから。
「……操るの大変じゃないかしら?」
俺も手を操れないし兎さんの三匹の兎だって自由自在に操れるわけじゃない。だから自由自在に動かせるはずもないんだが。それでも、嫌な予感はする。
「ここで研究している事の、副産物だ」
言葉と共に犬さんが走った。移動速度はさっきと同じだ。いや、さっきよりも少し遅い。
なら威力は高いはずだけど、頭を増やす意味なんて。
「私も本気で行く必要、あるね」
言った兎さんの本体が飛び上がって、右と左はそれぞれ離れた場所に移動しようとし、左右の二つは、出てきた首によって噛み砕かれる。
「なっ」
「やっぱり。それ、私も欲しいわ」
今の首の動き方は、はっきり言ってしまうと一人の人間が行える事じゃない。それこそ意思でも持ってないと。
「それで、副産物だってのか!」
自律的とも言える動きを見せたのは、人工知能なのは話の流れから見て間違いないはずだ。けど、それでも。一回でそれと解るほどの動きっていうのは反則じゃないか。
「命令を与えられないと思考する事もできない、その程度だ。完成品は命令を与えずとも動くようになっているさ」
「その口ぶりからすると完成しているようだけれど?」
ああ、もう俺は完全に蚊帳の外だな。今の内に行こうとしても、犬さんは相変わらず警戒してるし。二人で話すなら二人で話してくれよ。
なんて言っても、戦闘のプロとかじゃない俺らに隙がどうのこうのなんてわかるわけないんだよね。ただなんとなく、今ならいけるでやるしかない。
とはいってもがむしゃらに突っ込んでも負けるだけってのはわかってるしなぁ。兎さんのアバターは、別に一体二体壊された所で問題ないけど。
「さてな」
言って、犬さんは着地した兎さんへと飛び掛り、破壊されたはずの兎が横から殴り付けた。あれ、修復速度が上がってる?
「……改良は欠かさないか」
「もちろん。こうなりそうな気はしていたもの」
兎さんのアバターは三つで一つ、らしい。だから三体中二体が壊れても残りの一体から壊れる前のデータを適応するとか。
勿論全部が一斉に破壊されたり、破壊されないまでも腕が取れたり足がなくなったりしたらその情報はそのままに残るらしい。直すにはホームにある元データを適応しなくちゃいけないのは他のアバターと一緒なんだけど。
それにしても、早いな。五秒も経ってないのに直るのか。
「……棺桶、何しているの? こんな所で遊んでないで早く助けに行きなさい。貴方がしたいのは守る事? それとも犬さんを倒す事なのかしら?」
「通しはしないさ」
「通させるわよ」
そうは言われても、なぁ。犬さんはあれで通路の近くからそんなに動いてない。動く時なんて俺たちに攻撃する時ぐらいだ。俺の全力で突破したとしても見える通路は一直線。後ろから突っ込まれたら食われておしまいだ。
そうならないためにも犬さんは少しぐらいどうにかしておかないと。
『棺桶、次、どっちかに向かってきたら行きなさい』
『あ、はい』
なんか命令された。畜生、これで食われたら兎さんのせいだぞ。
まぁ、正直ここでいつまでも犬さんと相対してる意味はない。この人に負けたくないとは思うけど、それでもこの人が最終目標でもないんだしな。
「……なら、通ってみろ!」
犬さんが駆けた。……そりゃ、今の会話をしたら俺に来るよなぁ!
「ええ、勿論」
兎さんの本体が俺の前に立ちはだかって、食われる。って、いいのかそれ! まぁ俺は行かせて貰いますけど!
「……!」
犬さんが走る姿勢になったのがなんとなくわかる。あー。どこの頭に食われる事になるんだろうなぁ。正直どれでも変わりゃしないんだろうけど。痛覚全部遮断しておくべきかな。畜生。後はトランペットに任せる事になるんだろうかこれ。
「だから行かせないってば」
何故だか兎さんの声が聞こえた気がする。あれ? 本体はもうやられたはずじゃ。
ド派手な音が聞こえた。多分犬さんが走り始めた瞬間に地面に叩き落されたんだろうけど、何をしたんだ。本体がやられた以上はかなり痛いはずなんだけど。
「私のアバターには一つずつ名前があるんだって、犬さん知らないでしょ? スプリングラビット。サマーラビット。フォールンラビット。そして、ウィンターラビット。四対三。犬さんは、勝てるかしら?」
「可能不可能の問題ではなく、やるだけだ」
大体わかった。隠してた四体目を使った上に、それが本当の本体だったって事か。……それはともかく会話だけ見るとまるで兎さんの方が悪役っぽい。
実際、攻めてるのはこっちだし悪役と言えなくもないけどな。
「……まぁ、そんな事は、いいんだ」
後ろの事は兎さんに任せよう。上手くすればキングが増援として駆けつけてくれるかもしれないし。俺は俺のやる事をやるだけだ。




