4章 Error継続中
トランペットの昔のアバターは他のアバターと同調する事によって感知できなくするっていう物だったなぁ、と今更のように思い返す。どこからともなく聞こえてたのはピアノの音だったけど、何でトランペットからピアノの音が出るのかは今でも疑問に思う。
それはともかく、俺は病院に入り顔見知りとなったナースさんに挨拶をして白い廊下を歩いた。しばらく歩いて春水・恋華とネームプレートがある病室へと入っていつものようにベッドの横へと座る。
「こんにちは、千さん」
死んだように眠っている彼女を見つめ、無理をしてでも微笑む。
「また一年過ぎちゃいました」
顔を見ながら、唇を噛んだ。
あれからもう、五年が過ぎた。当時十二だった俺は今年で十七になり、当時の千さんと同じ歳となった。
そう、当時だ。千さんは年齢だけは無駄に重ねている。俺が、焦って下手を打ったがために。千さんの精神はシャングリラという監獄に閉じ込められている。
「……すみません。今年はやれます。準備はもう終わってますから」
思い出す。シャングリラから逃げ帰り、トランペットを責め、犬さんを責め、キングを責め。そして、自分を責めた。
皆は俺を救った千さんのミスと言って、それでも助けるために一度だけ、潜ろうとした。
結果は失敗どころではない。シャングリラへと外国の集団が攻めてきており混乱の中で全てが有耶無耶になった。そしてそれが幻実大戦の引き金へと繋がり俺の両親は死んだ。
結果も何もすべてが有耶無耶な事だった。だが恐ろしいのは、腕利きのハッカーや軍隊のサイバー部門ですら打ち破れなかったという事実。それ以後ハッカー達の間で目標とされていたシャングリラは、打ち破れない聖域と見られるようになった。
「でも。あそこだって完璧じゃないですから」
全ての様子を観察していた俺らは知っている。第三層が破られた事を。そして、あそこを守る何かが居る事を。
数十人のアバターが傷つく事も恐れる事なくシャングリラの防衛を行った。それは第三層が破られるという事を物語っている。不可能ではないのなら、やりようはある。
データの解析は終わっており、シャングリラは未だに存在している。
「やりますから、やれますから千さん。起きた時には……」
俺を、責めて下さい。
言葉は最後まで出さない。この人を助けるためにやっても、助けたとしても俺が犯した罪は変わらない。せめて、せめて俺はこの人の時間を奪った罰だけは受けたい。死ぬ以外のことならば、何でも行おう。
「次は、千さんが起きる時に」
確定してはいない。もしかすると、どんなに入念な準備を行っても、向こうの技術はこちらの上を行っている可能性もある。俺はそれに取り込まる事も考えられる。
けど自信を持って挑まないと、心の時点で負けちゃどうにもならない。
「それでは、また」
此処に戻ることを誓って、俺は病室を後にした。
「えぇ、私がこれやるんすか! いや、勿論の事ハルモさんの命令なら渋々ながら従いますけどぉ」
「嫌なら別にいいぞ。それはそれで、他の奴に頼むからな」
「いやいやいやいや。ハルモさんの言葉なら海越え谷越えどこ越えて行きますよ! 私これでもハルモさんの事凄い尊敬してるっていうか、舎弟だし!」
幻実に入って一昨年あたりから完全に舎弟となったトランペットに頼みごとをする。正直こいつが俺にべったりと崇拝気味なのはよくわからない。
尊敬するなら俺じゃなくて千さんだろうと再三言っていたんだが、話しを聞かないのが困りものか。
「まぁいいけどな。……そんで、お前も結構実力上がってるだろうけどメンバーの奴はどうなんだ?」
俺は犬さんが居なくなった後のチームで代理のリーダーとしてやってはいるんだが。あんな癖の強い人たちを犬さんはよく纏められてたな。千さんていう補佐が居たからっていうのもでかいかもしれないけど。
「うちのチームは私含めて六人なんすけど結構いい線いってますよー。まぁ私ぐらいの腕はまだねぇんですけど」
昔の幻実はかなり違うからなぁ。とはいえ、トランペットの腕は一流にぎりぎり入るには入る。どうにか二流の奴らで固めてるっていう事だろうから今の幻実なら中堅って位置づけにはなるって所か。
「戦力にはならない事もねぇって事か。お前の腕がもうちょいあればいいんだけどな」
「あはは。どうしたって私は才能ねぇっすからね。あ、そういえば今度ハルモさんの家遊びに行って良いですか! 既成事実作りたいんで!」
なんだこの頭湧いてる高校三年生。
「……なぁ、トランペット。はっきりしておく事があると思うんだ」
というか、こいつは俺の舎弟って位置……いや俺は舎弟なんていらないから不満なんだけど、もしかして舎弟以上を目指してるんじゃないだろうか。
「なんすかー? あ、私不良少女だった五年前ですけど、流石にまだ処女ですよ! 女の子の初めては好きな人に捧げたいモノじゃないっすかぁ。高校二年生に全てを捧げる高校三年生。しかも美女! 高校生としちゃ据え膳ものでヨダレだらだらの状況っすよ!」
俺の一つ上でこの性格ってのが嘆かわしい。ていうか何言ってんだこの変態。
「黙れ。喋るな。俺は千さんが好きだからお前に靡く予定は一切ねぇよ」
千さんに振られたとしてもこいつに走るぐらいなら死ぬね。いや、男と付き合うね。
「身体だけの関係でもいいんすよー。ほーら。ハルモさんも見たことのある豊満で艷やかな肢体を隅々まできゃっきゃうふふできるなんて贅沢ものぉ」
「顔が良いのは認めるけど、お前の身体はキュキュキュの三拍子だ。豊満じぁねぇよ」
キュボンキュじゃないだけマシなんだろうけど。
「おやおや、胸が大きい人がお好みすか。逆に考えてはどうすか? 小さい胸を大きくするために揉みしだく。ほーら、私に手を出したくなった」
ねぇよ。
全てがねぇよ。……こいつとの付き合い改めるべきかなぁ。
「さて。楽しい軽口はここまでだ。俺はキングに話しを付けてくる。お前はチームの奴らに聞いておけ」
「全部正直な気持ちなんすけどねぇ。あいあいさー。まっ、うちの奴らが来なくても私が手伝えば一人力ですよ」
そこは百人力ぐらいいっておけよ。何でそこだけ無駄に謙虚なんだよ。
「あんま期待してないで待っておく。じゃあまたな」
「はいっす。気をつけて下さいねー」
トランペットの声を後にチャット室から出て、ホームへと飛ぶ。周囲の景色は近未来都市のようになっており、暗い場所など何一つない。ここが五年前と今との違いだろう。
視覚化がほぼ完全な物になっているのだから。
「とりあえずキングは今何処らへんかなっと」
ホーム内は俺の好きなように作っている。基本は、やっぱり和室だ。そして本棚が七つに、なんとなくコタツ。後は机が一つと壁にカレンダーを置いている事ぐらいか。
本題。キングの居場所を知るためには。
とは言っても最近のアイツはハッキング行為は程々だからな。幻実に居る時間は多いから、秋葉原の地下だろう。あそこ入るのは結構面倒くさいんだけどなぁ。
机に手を当ててパスワードを入力。十八桁の数字と漢字、そしてローマ字を入力して解除。机からウィンドウが浮かび一つの紙幣型のオブジェクトを取り出す。
「試合中だったらいいんだがなぁ」
ホームから出て秋葉原まで飛ぶ。飛んだ瞬間に轟音が響いてきた。そこらで流れるアニソン。そして蔓延しているスパイウェア。まぁこれはアンチウィルスソフトを入れておくなりしておけば防げるからいいんだが。
「……棺じゃねぇか。何だ、喧嘩売りにきたのか?」
「ここにてめぇらが参入したら情勢が一気に変わるから俺は大歓迎だぜぇ」
歩いて三歩で絡まれた。顔っていうかアバターの形が周囲に売れるとこういう事があるから困る。
うーん。使い慣れないけど別の奴に変えておけば良かったかもしれない。……いや、あの人にこれから行く場所で会うならこれじゃないと逆にきついし、何よりこの恰好は目立つ。良いにしろ、悪いにしろ。
「やらないよ。これでも俺は日和見主義なんだ。他の三人がどうなのかは、残念ながら俺じゃあどうにもならないけど」
リーダーとして器が足りてないとは思われないだろう。何せ、あの三人だ。狂兎。耳鳥。破壊魔。そんな風に言われてる三人を纏め上げるなんて不可能に近いっていうか、不可能だ。
まぁ、御しきれて初めてリーダーと呼ばれるんだろうけど今の俺はリーダー代理。
「んじゃ何しに来たんだよ。お破壊様にでも会いに来たのか?」
「御名答。その通りだよ」
キングの通称は、もう数え切れない程あるけど破と壊の字がつく俺の関係者ならそれはキングだ。というかあの人以外でそんな呼ばれ方をする人が現れて欲しくもない。
「あの野郎、今日も騒いでるからさっさと持ってけよ」
「……まぁ、俺じゃあどうしようもないけどね」
派手に暴れてるって聞いてはいる。まぁ、キングのハッカーとしての経緯は元々がおまけ見たいなものだしな。
「んじゃ、まぁ今度個人的に話しがあるってお前らのリーダーに言っておいて。ばいにー」
手を振ってかなり早めに去る。んーむ。周囲からの視線をたまに感じるのは、ハッカーが多いからなんだろう。秋葉原は、抗争の多い場所だし。
今だけでも三チームがここの争いをしてるって噂だ。
「まっ、俺には関係ねぇけどっと」
とあるビルの一角に入り、その中にある店に入る。何人かから視線をもらったけど店の中までは入ってこないだろう。
ここに入るのも面倒くさい事だしなぁ。
「……ん? あぁ、なんだ棺桶の坊主か。パス持ってるだろうから勝手に入りな」
「あいよ」
電子マネー三百円を支払って、店主の後ろにある扉を開き、下に降りる。……いや、この歩く空間が警察とかが入ってきても逃げる時間を稼いでくれるっていうのはわかってるんだが。流石に面倒くさい。人によっては省略できるとかやれればいいんだけどなぁ。
「仕方ないんだけどね」
少し歩いて、先にある扉を開ける。
熱狂が全身を包んだ。




