彼女は彼を追いかける…。
「さて・・・もういいわよ、入ってらっしゃい!」
密談も頻繁に行われるこの部屋には、当然の如く完全防音を敷いている。
しかし、その術式を構築した当人である私・・・ゼッケント=シュワイツにとっては、その緻密な網の目の掻い潜ることなど造作もない。
防音障壁をすり抜けた私の声を合図に、再び入室してきたイリス・・・その表情は先程、レドヴァンと芝居に興じていたときとは打って変わり、暗く沈んだ表情になっていた。
・・・その理由は、彼女がレドヴァンの移動及び行動目的を知っているからである。
「で・・・今日も行くの?」
いつも通り、そう問いかける私に対し・・・
「はい。勿論です」
イリスは間髪おかず答える。
「そう」
最低限の意思確認。
それが終わり、彼女の気持ちが未だ揺るいでいないことを確かめると、私は即座に転移石版の元に向かう。
部屋の片隅に置かれた・・・レドヴァンの私室に置かれているモノよりも使い古されたソレを起動。
淡い緑光が石版に刻まれた幾何学模様、及び術式から発射され、周囲をほのかに照らし出す。
やがて覚悟の決まった表情のイリスと共にその石版を踏みしめると・・・
ギュッ
・・・と、いつも通り手を繋いだ。
「行くわよ」
「はい」
私は石版を起動する。
「転移・・・『ザイの森』へ!」
目的地を告げた瞬間・・・視界は暗転。
私達は、今まさに『世界の終わり』が近づいている場所・・・つい先程、レドヴァンが向かった地点へと旅立った。
石版起動から一瞬の後・・・視界が色の概念を取り戻す。
辿り着いた先・・・それは大陸最東端に位置する大密林地帯『ザイの森』・・・その上空であった。
「わわっ!?」
一瞬慌てふためくも、直ぐさま飛行魔術を展開させ、落下を免れた同行者イリスは、私を見上げつつ不満そうな視線を向けてくる。
「もう!空中に転移するなら最初にそう言ってくださいよ!」
「スマンスマン。お前の緊張を少しでもほぐしてやろうと思ってな」
あと、お前のリアクションが見たくてな。
「あ、嘘です。その顔は嘘の顔です」
「何を言う?この『夜の王』と呼ばれたこの私が、そんなつまらんコトをするとでも?」
たーのしー!
「そんなニコニコ笑顔で言われても・・・」
なんと!どうやらまた表情に出ていたようだ。
「なるほど・・・分かった。次からは善処しよう。善処して・・・嘘を吐こう」
「善処して、前もった説明をお願いします!」
おや、また寸劇を挟んでしまった。
私は小指の甘皮程度に反省をすると心を入れ替え、大陸の向こう・・・遙か彼方からやって来る『脅威』に目を向ける。
雲を突くほどの大きさの怪物・・・人型の化け物が、そこにはいた。
「・・・ッ!?」
息を呑むイリス。
私はそこまで可愛げのある反応をすることは出来なかったが、一応驚きはした。
「思ったより・・・小さいな」
予想を現実が下回った・・・という理由から。
「・・・へ?小さい?アレで?」
「ああ。あれなら精々数百メルくらいの大きさだ。恐らくまだ幼体だろう」
「ヨ、ヨウタイ?それってつまり・・・子供ってことですか?」
「そうだ」
そんな馬鹿な!?とハッキリ顔に書かれたイリスに、私は情報を補足する。
「以前、ヤツの成体・・・つまり大人だな。ソイツとやり合ったときは半分が死んだよ」
「半分・・・それって戦闘に参加した魔法使いの半分がやられたってコトですか?」
そう予想した彼女の脳内では、きっと数十・・・いや、数百もの魔法使いが魔法を紡ぎ、あの化け物と戦っている情景が浮かんでいるのだろう。
だから、私は早急にその予想を否定しておく。
「違う」
「へ?」
「半分というのは名誉ある戦死者の割合じゃあ無い」
「・・・なら一体」
「この大陸の『人口』の半分が死んだってことだよ」
「・・・・・・・・・へ?」
唖然とする彼女。
しかし呆けた表情の奥で、脳みそはキチンと仕事をしていたようである。
彼女が今までに蓄積した情報から導き出された、たった1つの答え・・・それに辿り着くのと、イリスの表情に本気の焦りが浮かんだのは、ほぼ同時だった。
「な、なら・・・アレが、あの化け物が・・・『巨人』!!!」
「正解」
これでも一応は教師だ。
私は、かつての教え子の回答にマルを与え、褒美の笑顔を送ってやる。
にも係わらず、彼女が私の表情に気付くことは無い。
その視線は遙か向こう・・・伝説の怪物の方に注がれ続けていた。
「レドヴァン様・・・!」
無意識だろうか・・・彼女が組み合わせた手は一体何を意味するのだろう?
魔法を修めた者が、まさか、神を当てにすることもあるまい。
(「でも、いざって時、何かに縋りたくなるのが人間よね?」)
私はそんな達観した視線をイリスに向けると、彼女の方を優しく抱き、そしてこう呟く。
「大丈夫、レドヴァンならね」
彼女から強張った肩の力が少し抜ける・・・その時、私の目が『彼』の姿を捕らえた。
「ほら、いたわよ」
「えっ、どこ、どこですか!?」
「あそこ」
私が指で指し示す方向に向かい『遠目の術』を行使するイリス。
そして、出てきた彼の・・・何ともいつも通りの様子を見た彼女は・・・
「レドヴァン様・・・!」
それこそまるで、生き別れた最愛の人と邂逅したかのような表情を浮かべるのだった・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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