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鏡の中の自分と目が合う。
赤い。
見間違いかと思って、もう一度見る。
やっぱり赤い。
(……終わったかもしれない)
次の瞬間だった。
バタンッ!
体が崩れた。
床に肩を打ちつける。
「っ、うぇ……!?」
息が詰まる。
胃の奥から何かがせり上がってくる。
吐きそうなのに、出ない。
喉だけが勝手に閉まる。
「な、なんだこれ……っ」
腹を押さえる。
痛い。
内側で何かが暴れている。
熱いのに寒い。
寒いのに汗が出る。
意味が分からない。
視界が揺れる。
その時だった。
頭の中に、何かが浮かぶ。
文字だった。
見たこともない形。
線が絡まり、歪み、流れ続ける。
読めない。
分からない。
次々と現れては消えていく。
「う、わ……っ」
目を閉じても浮かぶ。
消えない。
文字の奔流の中で、
一つだけ、
なぜか理解できたものがあった。
器。
(……は?)
一瞬だけ思考が止まる。
文字は読めない。
なのに、その意味だけが頭に落ちてきた。
器。
(器ってなんだよ……コップか……?)
そんなことを考えた瞬間、
腹の奥がひっくり返るように痛んだ。
「ウォーー!?!??!」
叫んでいた。
涙が滲む。
床を叩く。
助けを呼ぶ余裕もない。
ただ痛い。
苦しい。
気持ち悪い。
頭の中では、まだ文字が流れている。
読めない。
追えない。
その中で、
器という意味だけが、やけに残る。
「うぉ、お、お……っ」
情けない声が漏れる。
しばらくして、
痛みが少しずつ引いていく。
波が退くみたいに、ゆっくりと。
息だけが荒い。
汗で服が張りついている。
床に転がったまま、視界だけが揺れていた。
頭の中の文字は、いつの間にか消えている。
残っているのは、
たった一つの意味だけ。
器。
(今日、ひどくね……)
そこで、
僕の意識は途切れた。




