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翌朝。
素晴らしい眠りから目を覚ました僕は、天井を見ながら昨日のことを思い出していた。
(……なんだったんだ、あれは)
少しだけ考える。
教会に入れない。
目が赤い。
急に倒れる。
頭の中に変な文字。
どれも意味が分からない。
(……いや)
そこで、一つの可能性に辿り着く。
(あれ、夢だったのでは?)
少しだけ体を起こす。
昨日の自分は疲れていた。
移動もあった。
宿も最悪だった。
精神状態も良くない。
(うん)
辻褄は合う。
(僕だけ教会に入れないとか、急に目が赤くなるとか、そんなことあるわけないしな)
かなり現実的だ。
(倒れたのも、寝落ちみたいなものだろう)
そう考えると、全部自然だった。
(……よし)
結論は出た。
(夢だな)
すっきりした。
人は納得が大事である。
⸻
僕は起き上がる。
板みたいなベッドが軋む。
部屋は相変わらず湿っている。
割れた鏡もそのままだ。
見ないことにした。
⸻
今日は教会へ行く予定だった。
昨日は“腹を下していた”ため参加できなかったが、今日からは違う。
教典を読んだり、なんか歌ったりするらしい。
詳しくは知らない。
聞いていなかったからだ。
(まずいな)
時計代わりの鐘の音が外から聞こえる。
(遅れる)
少しだけ焦る。
「早く準備しないと遅れる!急げー」
誰もいない部屋でそう言って、
僕は立ち上がった。
⸻
そしてやがて教会に着いた。
昨日と同じ、白い建物。
今日は何事もなく入れる気がしていた。
というより、
そう思うことにしていた。
昨日のことは、きっと疲れて見た夢だと。
そうでなければ困ると。
そのまま中へ入ろうとする。
止まる。
(……あ)
見えない何かにぶつかった。
一歩も進まない。
押してみる。
やっぱり入れない。
昨日と同じだった。
(……いや)
(あれは、夢のはずだ)
もう一度、押す。
変わらない。
(は?)
(あれは夢だったはずなのに!!)
「ははは……」
乾いた声が漏れる。
現実を見る時が来たらしい。
僕は教会に入れない。
終わった。
(なんでこんなことになるんだよ……)
少しだけ立ち尽くして、
すぐに切り替える。
(……まあ、仕方ない。先生に言うか)
腹痛で。
それが一番丸い。
⸻
教師を探していると、少し離れた場所で話し込んでいる姿が見えた。
相手は白い服を着た老人だった。
服の質も、周りの空気も、なんか偉そうだ。
(待つの、めんどくさいな)
そのまま近づく。
「あの、僕また腹痛で辛いんですけど……」
教師がこっちを見る。
老人も見た。
そして、穏やかな顔で言った。
「君は、我ら光導教以外の宗教を信じていたり、他の存在を崇めていたりはしないかね?」
「あぁ、いや、まあ……」
(親すぐ死んだから、僕なんの信者か知らんのだよな)
老人は頷いた。
「ああ、やはりそうか。君の他にも、教会に入ると倦怠感を覚える者がいてね」
「その子たちには、別の学習を受けてもらう予定なんだ」
(僕、倦怠感どころか入れないんだけど)
少しだけ思う。
老人は続けた。
「あの建物に集まっている。案内しよう」
「あ、はい」
気のない返事をする。
老人は教師へ向き直る。
「先生、お話の続きは後ほどでよろしいかな」
「はい。では教会でお待ちしております」
教師はそう言って去っていった。
⸻
老人と並んで歩く。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
「私の名はアルベルト。この教会の司教を務めている」
(え?トップじゃん)
「あ、僕はレインです」
「ははは、そんなに固くならなくていい。私は平民上がりでね。貴族でもなんでもない」
「これからは、もう少し気楽に接してくれて構わないよ」
「あ、はい」
「まだ少し緊張しているようだね。何か聞きたいことはあるかい?」
少し考える。
「……僕と同じ人って、何人くらいいるんですか?」
「十人ほどかな。東方の月神教の信徒、海の民の祈祷師、それに森の信徒もいるよ」
(……森の信徒?)
少しだけ引っかかる。
⸻
案内された建物の扉が開く。
中を見る。
そして、理解した。
そこにいた。
森の信徒。
ティアが。
(終わった)




