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寮までの道は、やけに長く感じた。
夕日はもう落ちかけていて、空は暗くなり始めている。
足音だけが、静かに続く。
(……なんなんだよ)
頭に残ってる。
さっきの会話。
(……いや)
(……考えるだけ無駄か)
軽く息を吐く。
視線を落として、そのまま歩く。
(……見られるだろ)
ふと浮かぶ。
廊下。
誰かの視線。
ティアと話してる自分。
(……いや)
(……考えすぎだろ)
すぐに切る。
寮の扉を開ける。
中に入る。
静かだ。
扉を閉めると、音がやけに響いた。
「……」
靴を脱いで、そのままベッドに倒れる。
(……だるい)
天井をぼんやり見る。
「ダサいよ」
(……)
目を閉じる。
(……別に)
(関係ないだろ)
そう思うのに
少しだけ、残る。
「やる時は、ちゃんとやるでしょ」
(……)
(たまたまだろ)
(別に、そんな大したことじゃない)
自分でそう処理する。
でも
(……なんでだよ)
少しだけ、引っかかる。
起き上がる。
喉が渇いて、水を飲む。
冷たい。
(……普通にしてるだけだろ)
コップを置く。
(……避けてるわけじゃない)
(……そういうもんだろ)
言い訳みたいな考えが、少し増える。
「……」
沈黙。
(……めんどくさい)
それで終わらせる。
そのはずだった。
コンコン。
「……」
ノックの音。
(……は?)
もう一度、鳴る。
少しだけ強く。
コンコン。
(……誰だよ)
分かってる。
なんとなく分かってる。
「……誰」
「……開けて」
間がある。
少し荒い声。
(……)
「……ティア?」
「いいから、開けて」
(……なんでここまで来るんだよ)
少しだけ間があく。
でも
さっきより、無視しづらい。
立ち上がる。
扉に向かう。
開ける。
ティアが立っていた。
息が少し乱れてる。
(……走ってきたのか)
「……何」
なるべく平然に言う。
「……なんで、あんな終わり方すんの」
「……話、終わってただろ」
「終わってない」
即答。
「こっちは、終わってない」
(……)
「さっきさ」
ティアが少しだけ近づく。
「目、逸らしたよね」
「……」
「あと、一歩引いた」
「……覚えてないけど」
「覚えてる」
間がない。
「で、すぐ帰ろうとした」
(……)
「それ、なんなの」
「……関係ないだろ」
少しだけ強く返す。
「あるよ」
「こっちにはある」
(……)
「なんでそこまで来るんだよ」
思わず出る。
ティアが一瞬止まる。
「……気になるから」
「納得いかないから」
「だから来た」
(……めんどくさい)
「……別にいいだろ」
「よくない」
即答。
「そうやって、全部流すの」
「今もそう」
「……」
言い返さない。
言えない。
「……話す必要あるか?」
少しだけ低く言う。
「ある」
「私はある」
(……)
少しだけ、間が空く。
視線を逸らす。
「……僕にはない」
小さく返す。
「……関係ないだろ」
「あるって言ってる」
間を置かない。
「レインがどうでもよくても、私はどうでもよくない」
(……)
少しだけ、言葉に詰まる。
「……なんで」
思わず出る。
ティアが一瞬だけ止まる。
「……なんで、そこまで」
聞いた瞬間、少しだけ後悔する。
(……めんどくさいの聞いたな)
でも
ティアは逸らさなかった。
「さっきの、納得いかないから」
「……」
「なんであそこで終わるのか、分かんないし」
「なんで逃げるのかも、分かんない」
「……逃げてねぇよ」
小さく返す。
「逃げてる」
被せられる。
「今も」
(……)
「話す必要ないって言った」
「それ、逃げてる」
「……違う」
少しだけ強く言う。
でも
強く言い切れない。
「じゃあ何」
間を詰められる。
「……」
言葉が出ない。
「さっきから、そればっか」
「言わないで、終わらせようとしてる」
「……」
図星だった。
でも
認める気はない。
「……終わってるだろ」
無理やり切る。
「終わってない」
即答。
「私は終わってない」
一歩、近づく。
距離が縮まる。
(……近い)
無意識に、少しだけ後ろに引く。
「ほら」
すぐに言われる。
「また」
(……)
「そうやって引く」
「……」
「なんで?」
静かに聞かれる。
さっきより、ずっと近い距離で。
(……知らん)
(……いや)
(……分かってるだろ)
一瞬だけ、浮かぶ。
でも
「……関係ないだろ」
押し込む。
それで終わらせようとする。
「あるって言ってる」
声が少しだけ強くなる。
「関係ある」
「私にはある」
(……)
逃げ場が、少しずつ減っていく。
「……なんでそんなに引くの」
今度は、少しだけ低い声。
「……普通に話せばいいじゃん」
「……」
言えない。
それができない理由を
言葉にできない。
したくない。
「……」
沈黙が落ちる。
「……レイン」
名前を呼ばれる。
少しだけ間があって
「ちゃんと見て」
(……)
一瞬、顔を上げる。
目が合う。
逸らす。
「……見てるだろ」
小さく返す。
「見てない」
即答。
「全然」
(……)
言葉が、続かない。
「周りばっか見てる」
「……」
「さっきもそうだったし」
「今もそう」
(……)
心臓が、少しだけうるさい。
「……こっち見てよ」
静かに落ちる。
でも
その一言が
さっきまでより、ずっと重かった。




