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気づいたら、夏休みは残り一日になっていた。
そろそろ馬車に乗る時間だ。
行きとは違い、帰りの馬車はクソ安い。
何人も押し込まれ、ほぼ荷台みたいな乗り心地だった。
(……最悪だ)
貴族用の馬車が恋しい。
揺れに耐えながら、ぼんやり外を眺めて――
ふと、気づく。
(……あ)
(夏休み課題、やってない)
一瞬、思考が止まる。
(いや、待て)
(まだいける)
(量少ないし)
(余裕――)
「……」
(全く手つけてねぇじゃん)
血の気が引いた。
(やばい)
(このままだと普通に詰む)
(いや、詰んでる)
(間に合え、間に合え、間に合え!!)
僕は周りの目を完全に無視して、課題を広げた。
ガタガタ揺れる馬車の中で、ひたすら書く。
書く。
書く。
我ながら、ひどい顔をしていたと思う。
⸻
次の日。
「レイン!!」
朝一番、先生に呼び出され――
普通に怒られた。
めちゃくちゃ怒られた。
半分はやったんだけどな。
クラスに戻れば、笑い声。
「あいつやらかしてる」「顔やばかったぞ」みたいな声が聞こえる。
(……うるさい奴らだ)
適当に席に座る。
なんともいえない顔のまま、机に突っ伏した。
カイルとミレイが近づいてくる。
「久しぶりだな」
「レインさん、手紙は返していただかないと困ります!」
ミレイは明らかに不機嫌だった。
(あ……)
(忘れてた)
「ごめん」
短く謝る。
それ以上は言わない。
ミレイは何か言いたそうにしていたが、ため息をついて引いた。
⸻
(……そういえば)
ふと、思い出す。
ティアのこと。
族長の許しを、ほぼ強引に通して――
案の定。
英雄コースに編入。
(流石でございます)
(うん、まぁ、知ってたけどね)
机に突っ伏したまま、ぼんやり考える。
(今頃、気づいてるだろうな)
(僕がいないこと)
ほんの少しだけ間を置く。
(……まぁ)
(当たり前か)
視線を横に流す。
教室。
見慣れた顔ぶれ。
(こっちが僕の場所だ)
そう思う。
それだけの話だ。
⸻
(……会ったら、なんか言われそうだな)
ティアの顔が頭に浮かぶ。
あのまっすぐな目。
(めんどくさいな)
小さく息を吐く。
(しばらくは、会わないでおこう)
わざわざ会いに行く理由もない。
向こうも忙しいだろうし。
(……そうだな)
(それでいい)
そう思いながら、
僕は机に突っ伏したまま、目を閉じた。




