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領主館を出た瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
思っていたよりも、気を張っていたらしい。
(疲れた……)
内心でだけ呟く。
隣を見ると、ティアが変わらない様子で歩いていた。
いつも通り、前を向いている。
(ほんとに何もなかったみたいな顔してるな)
さっきのやり取りを経た直後とは思えない。
「どうかしたの?」
視線に気づいたのか、ティアがこちらを見る。
「いや、別に」
短く返す。
石畳を踏む音だけが、静かに続く。
「実力審査」
ティアがぽつりと口を開いた。
「学園でやるみたいね」
「ああ、そうみたいだね」
軽く相槌を打つ。
(審査、か)
頭の中でだけ繰り返す。
(どうせ、分かりきってる)
「結果次第では、英雄コースもあり得るわね」
何でもないことのように言う。
(……そりゃそうだろ)
内心でだけ返す。
「まあ、問題ないと思う」
迷いのない声。
(あ、そうですか)
(どう見ても強いしな)
ほんの一瞬だけ、引っかかる。
(……まぁ)
(僕とは違うか)
小さく息を吐く。
(関係ない)
(あっちはあっちだ)
(僕は僕でやるしかない)
「レインは、どのコースなの?」
不意に、ティアがそう聞いた。
(……うっ)
一瞬、息が詰まる。
(やっぱり来たか)
ほんのわずかに視線を逸らす。
(くそ、絶対バカにされる!!)
すぐに表情を整える。
「う、うん。まぁ、いい感じのコースだよ」
それだけを言う。
(落ちこぼれコースだから、課題少ないし、授業簡単だし、めっちゃ楽でいい感じだよ)
内心でだけ、雑に言い訳を並べる。
ティアは、その言葉をそのまま受け取った。
「そう」
短く頷く。
それ以上は何も聞いてこない。
小さく息を吐く。
「同じコースになるかもしれないわね」
何気ない調子で、ティアが言った。
(ならねーよ)
反射的にそう思う。
けど、口には出さない。
「どうだろうね」
曖昧に返す。
「なれたらいいわね」
ティアはそれ以上追わない。
ただ、前を向いて歩いている。
沈黙が戻る。
同じ方向に歩いているはずなのに。
隣を見る。
ティアは変わらず、前を見ている。
少しだけ近い距離。
でも――
(……遠いな)
視線を前に戻す。
何も言わず、そのまま歩き続けた。




