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領主室。
静かな空気の中、ローガンの視線がこちらに向けられる。
「さて……身代金の件だが」
落ち着いた声。
逃げ場はない。
(ここで無礼を働いたらローガンに嫌われてしまう。ここは慎重に…)
僕は一瞬だけ息を整え、口を開いた。
「……村と街道で襲撃がありまして……僕は、その中でティアを守る形で動きました」
事実は言っている。
ただ、少しだけ整えている。
(これで正当性はある……崩れてない)
横で、ティアの視線が一瞬こちらに向く。
ほんのわずかに、目が見開かれた気がした。
(……?)
違和感。
でも、すぐに戻る。
(気のせいだよな)
問題ない。隠せているはずだ。
「……ちょっと違うわね」
その一言で、全部止まる。
(ん?)
ティアが一歩前に出る。
「村が襲われたのは本当。でも、この人が動いた理由はそれだけじゃないわ」
(おい)
心臓が跳ねる。
(やめろバカ野郎!!)
ローガンの視線が僕に向く。
逃げ場なし。
(……正当性が崩れる。まずい)
数秒。
「いやー……人間の感情全部を他人のために使うのは、難しいものですよー……」
僕は小さく息を吐いた。
(無理ですねー)
「すみませんでした」
普通に頭を下げる。
恥ずかしさはない。
ここで変に粘って不利になる方が問題だ。
「完全に善意だけで動いたわけではありません」
正直に言う。
部屋が静まる。
ローガンはしばらく僕を見たあと、ゆっくりと頷いた。
「……だが、結果としてエルフを救ったのは事実だな」
(助かった……)
内心で息を吐く。
「王国として、今回の件は看過できん」
静かな声が続く。
「エルフ族との友好の証として、エルフ族から一名、学園に入学してもらおうと考えておる」
その言葉に、ティアがすぐ反応した。
「なら、私が行くわ」
即答。
迷いはない。
「いや、ちょっと待ってください」
僕はすぐに口を挟む。
「誰でもいいわけではありませんよね。学園は実力で判断するはずですし……」
丁寧に言う。
ローガンの前だ。
ティアがこちらを見る。
「問題ないわ」
即答。
「審査があるなら、受ければいいだけでしょ」
(あ、これ無理だ)
言い返せない。
ローガンが頷こうとした――その時。
「お父様!」
声が割り込む。
セシリアだ。
一歩前に出て、ローガンを見る。
「誰を入れるか、この場で決める必要はないと思います」
言葉は丁寧。
だが、はっきりとした意志がある。
「学園の判断もありますし……もう少し慎重に――」
ローガンが視線を向ける。
「……セシリア」
低く、落ち着いた声。
セシリアは一瞬だけ言葉を止める。
「ですが――」
わずかに食い下がる。
その視線が、一瞬だけティアへ向く。
ほんの少しだけ、硬い。
ティアは動かない。
ただ、真っ直ぐ見返す。
空気がわずかに張る。
(嫌な空気だな……)
僕は内心で顔をしかめる。
ローガンが静かに口を開く。
「決定は急いでおらぬ。だが、機会を逃す理由もない」
穏やかだが、揺るがない声。
「審査は学園で行う。それで十分だろう」
セシリアは視線をわずかに落とす。
「……分かりました」
納得はしていない。
だが、引いた。
一歩下がる。
僕は小さく息を吐く。
⸻
「それと」
ローガンが言葉を続ける。
「今回の件については、謝罪としてエルフ族全員に金貨百枚を贈呈する」
「……」
一瞬、思考が止まる。
(待て)
(それって)
(完全に補填されてるよな?)
(……ん?)
(僕の取り分は?)
無表情のまま、内心だけ沈む。
(終わった)
(……いや、は?)
(ふざけんなよ。僕が一番動いただろ!!)
なのに、一銭も入らない。
ローガンはティアへ向き直る。
「ティア殿、誠に申し訳なかった。我が領地内であのような事、二度と起こさぬと誓おう」
ティアは静かに頭を下げた。
「……分かったわ」
短く、しかしはっきりと。
場はそれで収まる。
⸻
「では、後日、学園で実力審査を行う」
ローガンの言葉で話は締まる。
僕はその場で立ったまま、ぼんやり前を見ていた。
(……一銭も入らないのか)
隣を見る。
ティアは前を見たまま、静かに立っている。
何も言わない。
でも――
ほんの一瞬だけ、僕を見る。
その視線が、少しだけ鋭い気がした。
(……?)
違和感。
でも。
(いや、気のせいだな)
僕は目を逸らす。
下を見た方が楽だ。
(……まあいいか)
(死ななかったし)
(それで十分だろ)
そう思いながら、僕は静かに息を吐いた。




