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石壁をくぐった瞬間、空気が変わった。
人の密度が一気に増える。
行き交う声、荷の音、足音。
完全に“内側”だ。
(……人、多いな)
横を見る。
ティアはフードを被り直していた。
さっきより、少しだけ深く。
「大丈夫?」
小さく聞く。
「平気よ」
短い返事。
けど、指先に少しだけ力が入っている。
僕はそれ以上は何も言わなかった。
視線を前に戻す。
役場はすぐに見つかった。
人の流れが集まっている。
「行こう」
中に入る。
⸻
中は外よりも騒がしかった。
書類の束。
怒鳴り声。
順番待ちの列。
「次の方!」
受付の声。
僕たちも並ぶ。
数分後。
「次の方!」
呼ばれて前に出る。
「ご用件をお伺いします」
「領主に会いたい」
受付嬢の眉がわずかに動く。
「アポイントは――」
「ないです」
遮る。
「ですが、緊急です」
声はそのまま。
受付嬢は小さく息を吐いた。
「内容によります」
その瞬間、僕は少しだけ位置をずらした。
ティアが視界に入る。
フードに手をかけて、ほんの少しだけ持ち上げる。
尖った耳が見える。
――空気が止まった。
「……っ」
受付嬢の顔色が変わる。
周囲のざわめき。
「エルフ……?」
僕は、そのまま続ける。
「襲われてしまったのです。村でも、この街道でも。」
整えた言い方。
少しだけ他人事みたいな声音。
でも、嘘は言っていない。
受付嬢は言葉を失った。
「そ、それは……」
「詳しくは、上の方に」
一歩だけ踏み込む。
「話を通してもらえますか」
数秒の迷い。
そして――
「……少々お待ちください!」
受付嬢は慌てて奥へ消えた。
⸻
しばらくして、別の職員が来る。
「こちらへ」
案内されて奥へ進む。
人の少ない通路。
並ぶ扉。
一つの部屋に通された。
静かだ。
外の音が遠い。
(……ここか)
椅子には座らず、そのまま立つ。
ティアも何も言わない。
少しだけ時間が流れる。
⸻
扉が開いた。
入ってきたのは、一人の男。
ローガン・ヴァレンティア。セシリアの父親で、ここの領主。
整った服装。
無駄のない動き。
視線がこちらに向く。
――そして、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
「……」
何も言わずに、僕を見る。
(ここは慎重に行かなければ…)
「ご無沙汰しております、ローガン様。あー、その、お時間いただきありがとうございます」
特に気にせず、見返す。
やがて男は口を開いた。
「……用件を聞こう」
落ち着いた声。
感情は薄い。
僕は一歩前に出る。
「いやー、エルフの村が襲われてしまいましてー。」
間を置く。
「街道でも、同じようなことが」
男の視線がティアへ向く。
耳を確認するように、一瞬だけ。
それから僕へ戻る。
「……人間によるものか」
「はいー。そのようです。」
短く答える。
沈黙。
ローガンはわずかに目を細めた。
(……同一人物、か?)
記憶の中の少年と、目の前の少年。
重なる部分と、重ならない部分。
だが――
表には出さない。
「……看過はできんな」
静かに言う。
それで十分だった。
(よし、通ったぜ!)
内心でだけ思う。
隣で、ティアの呼吸が少しだけ緩む。
扉の向こうで、足音が止まった。
僕はそのまま視線を前に向けたまま、何も言わなかった。




