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66


村を出て、しばらく。


背後の気配は、もうほとんどない。


静かな森の中、足音だけがやけに響く。


(……どうすんだよ、これ)


ふと、立ち止まりそうになる。


(領主って、セシリアの親父やん)


頭の中で、その顔が浮かぶ。


(僕、親いないから学費出してもらってるの、忘れてた……)


少しだけ、胃が重くなる。


(恩人なんだよなー)


(その相手にさ)


(「身代金欲しいんでゴートン解放してください」とか――)


(言えるわけないだろ……)


小さく息を吐く。


(でも金は欲しい)


(いや、普通に必要なんだよ)


(あれないと、この先きついし……)


手を軽く握る。


(……詰んでね?)


答えは出ない。


出るわけもない。


「……はぁ」


思わず声が漏れた。


「レイン?」


隣から声。


「どうしたの?レイン」


顔を上げる。


ティアが、こっちを見ていた。


「……いや、なんでもない」


(言わない方がいいよな)


視線を逸らす。


しばらく、沈黙。


やがて木々が途切れ、視界が開けた。


街道だ。


遠くに、人影が見える。


荷車を引く商人。


旅人らしき集団。


人の世界。


(……来たな)


一歩、踏み出す。


そして、横を見る。


(……こいつ)


「なぁ、ティア」


「なに?レイン」


「ここから先、人間が増える」


「そうね」


「だから――顔、隠した方がいい」


一瞬の間。


そして、


「なんで私がそんな事しなきゃいけないのよ」


「いや、普通にバレるから」


「私は誇り高きエルフよ」


胸を張る。


「そんな格好、する必要はないわ」


(出たよ……)


「いや、そういう問題じゃなくてだな」


「問題よ」


きっぱり。


「隠れるなんて、弱い者のすることだもの」


(いや、捕まる側の理屈なんだよそれは)


「いいから、やりなさいって」


フードを取り出す。


「やらない」


「やるの」


「やらない」


「やるの!!」


腕を掴んで引き寄せる。


そのままフードを被せようとして――


足元の石に引っかかった。


「No!!」


「きゃっ」


そのまま体勢を崩し、


押し倒すように倒れ込む。


距離が、一気に近づいた。


(近っ)


「……ちょっと」


低い声。


「いつまで乗ってるの?」


「いや、今どきます!!すみません!!」


慌てて離れる。


(なんか敬語になってしまったー)


ティアはゆっくりと起き上がり、服の土を払う。


「……はぁ」


「人間って、本当に面倒ね」


「誰のせいだと思ってるんだよ……」


「あなたよ」


(理不尽すぎるだろ)


少しの沈黙。


ティアはちらっとフードを見る。


「……それ、貸しなさい」


「え?」


「被ればいいんでしょ」


少しだけ不機嫌そうに。


(お、折れただと?!あのティアが!!)


「最初からそうしろよ……」


「うるさい」


フードを被る。


長い耳が隠れ、ぱっと見は普通の人間に見えた。


(……これならいける)


ほっと息をつく。


そのまま、二人で歩き出す。


街道。


人の声。


車輪の音。


日常の空気。


(……完全に人間の世界だな)


少しだけ、足が重くなる。


でも、止まらない。


「レイン」


「ん?」


「ここが人間の世界なのね」


「まぁね」


「思ったより、普通ね」


「そんなもんだよ」


短いやり取り。


それだけなのに、少しだけ気が楽になる。


(……)


ちらっと横を見る。


フードを被ったティア。


少しだけ不満そうな顔。


(まぁ、なんとかなるか)


根拠はない。


でも、


「なに?レイン」


「……いや、なんでもない」


そう返せるくらいには、


少しだけ、余裕が戻っていた。


その先に、街が見える。


まだ何も解決していない。


それでも――


足は、止まらなかった。

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