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僕は全力で走っていた。
後ろからは悲鳴や怒号が聞こえてくる。
多分ネグラディアの住民たちだろう。
だが振り返らない。
振り返ったら捕まる気がする。
そして何より。
僕の命の方が大事だ。
しばらく走り続け、人気のない路地裏へ入り込む。
そこでようやく息を吐いた。
「はぁ……」
助かった。
多分助かった。
あとはどこかに隠れて騒ぎが収まるのを待つだけだ。
そう思った時だった。
「見つけた」
後ろから声がした。
聞き覚えのある声だった。
嫌な予感がする。
恐る恐る振り返る。
そこにはティアが立っていた。
(終わった)
僕は反射的に視線を逸らした。
「……あー」
気まずい。
とても気まずい。
「こんちわ」
ティアは何も言わない。
怖い。
なんか怖い。
「僕ちょっと忙しいんで――」
逃げようとした瞬間だった。
パァン!!
乾いた音が路地裏に響いた。
頬に衝撃が走る。
僕は固まった。
(え、)
痛い。
ティアは震えていた。
怒っている。
本気で怒っている。
今まで見たことがないくらい怒っていた。
「どれだけ心配したと思ってるんだよ……!」
その声は震えていた。
怒りだけじゃない。
何か別の感情も混じっていた。
「騎士団が動いて……」
「学園のみんなも探して……」
「私だって……!」
言葉が途中で止まる。
ティアは何かを堪えるように拳を握った。
そして次の瞬間だった。
僕は突然抱きしめられた。
「……っ!?」
何が起きたのか分からない。
頭が追いつかない。
ティアの腕に力が入る。
少し痛いくらいだった。
「なんで勝手にいなくなるんだよ……!」
怒った声だった。
でもどこか安心したような声でもあった。
僕は固まる。
どう反応すればいいのか分からない。
(ん?)
(なんだこれ)
ティアは本気で怒っていた。
それは分かる。
だが。
それだけじゃない気がした。
今までの謝罪とは違う。
社交辞令とも違う。
気まずくならないための言葉とも違う。
上手く説明できない。
ただ一つだけ分かることがあった。
(……本気で怒ってる)
ティアはしばらく黙ったまま僕を抱きしめていた。
やがて我に返ったように離れる。
少しだけ顔を逸らした。
そして短く言う。
「……帰るよ」
有無を言わせない声だった。
次の瞬間。
僕の手が掴まれる。
あんなに細い腕なのに途轍もない握力だ。
「ちょっ」
「帰る」
「いや」
「帰る」
問答無用である。
そのままティアは歩き出した。
僕は引きずられる。
(え、)
(いや、)
(ん?)
(え?)
状況が理解できない。
だがティアは止まってくれない。
僕の手を握ったまま真っ直ぐ進んでいく。
その横顔はまだ少し怒っていた。
だから僕は何も言えなかった。
ただ一つだけ思った。
(……なんか今日はやけに本気だったな)
そうして僕は、半ば連行されるように騒ぎの中心へと戻されていった。




