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「御子様!!」
「どうか祭壇へ!!」
「お待ちしております!!」
住民たちが僕を取り囲む。
老人なんて今にも泣きそうな顔をしていた。
「長年待ち続けたのです……!どうか深淵の祭壇へ……!」
周囲からも歓声が上がる。
「祭壇へ!!」
「祭壇へ!!」
「漆黒のレイン様!!」
(嫌だなぁ)
僕は思った。
祭壇なんて絶対ろくでもない。
僕の経験上、こういう舞台で良いことが起きた試しがないし、住民たちの熱量も少し怖かった。
嫌な予感しかしない。
「御子様!!」
「さあ!!」
「祭壇へ!!」
住民たちは今にも僕を担いで行きそうな勢いだった。
(とても正直帰りたい)
だが、周囲の空気的に断れる雰囲気ではない。
そんな熱狂の中心で。
アウレリア・フォン・アイゼンリートは黙ってその光景を見ていた。
住民たちの熱狂。
深淵の継承者。
漆黒のレイン。
そして、その中心にいる少年。
学園では雑兵と呼ばれていた落ちこぼれだった。
だが、アウレリアは思い出していた。
模擬戦。
ナム・タカーンとの戦い。
あの瞬間。
確かに見たのだ。
レインの瞳が赤く光るのを。
ほんの一瞬だった。
だが見間違えるはずがない。
あれは異常だった。
(深淵の器……か)
住民たちの妄言だと切り捨てるのは簡単だ。
だが、そう決めつけるには違和感が多すぎる。
あの赤い瞳。
異質な魔力。
そして、この熱狂。
住民たちの目は偶像を見る目ではない。
本気で救世主を見ている目だった。
アウレリアは静かに目を細める。
(もし本当にアレを宿しているなら)
その続きを口にすることはなかった。
騎士団長として。
導光教を信仰する者として。
そして、この国を守る者として。
見過ごしていい存在ではない。
だが同時に、今この場で断定することもできなかった。
ならば確かめるしかない。
あの少年が何者なのか。
何を持っているのか。
そして、何を選ぶのか。
アウレリアは剣の柄に手を置いた。
「騎士団」
低い声が響く。
周囲の騎士たちが一斉に姿勢を正した。
空気が変わる。
住民たちの顔から血の気が引いていく。
「前進」
白銀の鎧が音を立てながら動き出した。
その瞬間、ネグラディアの住民たちは悲鳴を上げる。
「し、白耀聖騎士団だ!!」
「御子様!!」
「助けてください!!」
「深淵の継承者様!!」
「漆黒のレイン様ァ!!」
全ての視線が僕に集まった。
騎士たち。
住民たち。
学園の生徒たち。
ティア。
そしてアウレリア。
全員が僕を見ている。
(居心地はよかったんだけどな)
僕は少しだけ残念に思った。
飯は美味かったし、雑兵とも呼ばれない。
何より持ち上げてくれる。
学園にいるより遥かに快適だった。
だが、それは命を懸ける理由にはならない。
そもそも僕は何かに命をかけて守る英雄ではない。
誰かを守るために死ねるような立派な人間でもない。
僕は自分の命が一番大事だ。
それだけは昔から変わらない。
(まぁ、僕の命の方が大事だよね)
そう結論を出した瞬間だった。
僕は踵を返した。
そして全力で走った。
「「「え?」」」
全員の声が重なる。
僕は止まらない。
振り返らない。
説明もしない。
ただ走る。
全力で。
とにかく遠くへ。
「御子様ァァァァァァ!?」
老人の悲鳴が響いた。
「に、逃げたぁぁぁぁ!!」
「えええええええええ!?」
ネグラディア中が大混乱に陥る。
騎士たちは固まり。
英雄コースの生徒たちは口を開け。
ティアは前と変わらず無言のまま立ち尽くしていた。
アウレリアですら一瞬言葉を失う。
ついさっきまで神として崇められていた男は。
今、誰よりも必死な顔で逃げていた。
(帰ったら怒られるかな)
そんなことを考えながら、レインは迷いなく走り続けた。




