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「……貴様、私の目の前で何をやっている」
アウレリアの低い声が響いた。
額にはうっすらと血管が浮いている。
騎士団長とは思えないほど怒っていた。
(あ、殺される)
僕は思った。
本能が警鐘を鳴らす。
逃げろ。
今すぐ逃げろ。
そう言っている。
だが。
背後から歓声が聞こえた。
「漆黒のレイン様!!」
「御子様ァ!!」
「我らの希望!!」
(……まずい)
今逃げたらどうなるだろう。
多分幻滅される。
せっかく手に入れた居場所である。
失うのは惜しい。
(だが僕は漆黒のレイン)
僕は自分に言い聞かせた。
(自信を持つのだ。)
僕はゆっくりと胸を張った。
余裕の表情。
余裕の表情である。
完璧だ。
少なくとも自分ではそう思った。
だが。
アウレリアはものすごい形相で僕を睨んでいた。
(やっぱり逃げたい)
「おい、この状況を説明しろ」
アウレリアが言った。
周囲が静まり返る。
騎士たちも。
学園の生徒たちも。
ネグラディアの住民たちも。
全員がこちらを見ていた。
説明しろと言われても困る。
僕だって気付いたらこうなっていたのである。
だが。
後ろを見る。
期待に満ちた目。
崇拝の目。
少し気持ち悪い。
でも悪い気はしない。
「御子様……」
「漆黒のレイン様……」
「神よ……」
(うーん)
ここで、
「違うんです!」
とか言ったらどうなるだろう。
せっかくの居場所が消える気がする。
だから僕は咳払いをした。
そして腕を組む。
「それは――」
僕は堂々と言った。
「僕が深淵の器、漆黒のレイン様だからだ」
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
ネグラディア側が大熱狂した。
「流石は御子様!!」
「なんというお言葉だ!!」
「我らの希望!!」
(恥ずかしくて死にそうだ)
一方で。
騎士団側は死ぬほど静かだった。
英雄コースの連中は完全に固まっている。
騎士たちは困惑した顔をしていた。
ティアだけは無言だった。
ただ、じっとこちらを見ている。
何を考えているのか分からない。
「では聞こう」
アウレリアが言った。
「貴様はこの街を支配するつもりか?」
(え?)
僕は少し考えた。
支配?
別にしたくない。
面倒そうだ。
僕は虫一匹満足に飼育できない人間である。
ここの民全員だって?
無理である。
三日後には誰か餓死していてもおかしくない。
というか、僕が先に逃げている可能性すらある。
だが。
背後から期待に満ちた声が聞こえる。
「御子様……」
「我らを導いてください……」
「漆黒のレイン様……」
(うわぁ)
断りづらい。
ものすごく断りづらい。
僕は空を見上げた。
逃げたい。
だが皆見ている。
仕方ない。
「当然だ」
僕はゆっくり頷いた。
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
地面が揺れるほどの歓声が上がった。
老人など涙を流している。
「御子様……!」
「ついに……!」
「我らを導く御方が……!」
住民たちも泣いていた。
なぜ泣いているのか分からない。
だが、なんか凄いことになっている気はした。
その時だった。
老人が前へ出る。
そして深く跪いた。
「御子様!!」
「どうか我らと共に深淵の祭壇へお越しください!!」
周囲がどよめく。
「おおっ……!」
「祭壇へ……!」
「ついに……!」
(祭壇?)
僕は嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感である。
だが住民たちは大盛り上がりだった。
「御子様!!」
「祭壇へ!!」
「祭壇へ!!」
僕はそっと逃げ道を探し始めた。




