狐の兄弟4
オレは血まみれの筆子を抱いて近くの林の中に逃げ込んだ。
火事場のバカ力ってやつなのか、筆子を持ち上げたままどこまでも走れそうに感じた。
「お兄ちゃん…ありがとう。」
筆子は息も絶え絶えにそう言った。
「………。」
誰が来るかは分からないけど、追ってが来るのなら、それからは逃げられないだろう。
そもそも逃げることが目的でも無いのでオレはその場に筆子を下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇
あの日は夜が明ける前から雨が降っていた。
筆子は昨日の夜から高い熱があって寝ていた。朝、兄貴は大学に行く途中に「尾白医院」の先生に訪問診療のお願いする様にお母さんから頼まれていた。
土曜でオレが昼頃に学校から帰って来ると、医者の先生が来ていた。ネコの親父の真っ白な猫だ。特にやることがなくて退屈だったのでフスマを少しだけ開けて筆子が診察されるのを見ていた。
「結核でしょうか?」
「いや、✕✕✕✕だろうね。」
「それは人間だけの病気では無いのですか?」
「人獣が共通して感染するものは多数あるが、ふつう、獣がかからなくてもこの娘の様にかなり人間に近い状態で通常時いられる獣は人にしかかからない病にかかることも多々あるのだよ。」
お母さんは医者の先生がこんな会話をしていたと思うけど、この時はすごい雨とカミナリでよく聞き取とれなかったから本当は違ったかもしれない。
先生は胸の音を聴くために筆子の寝間着の襟を開けさせて胸に聴診器をあてていた。
着替えや行水で何度も妹の裸は見ていたけど意識したことはなかったけど、この時のオレは落ち着かなくなった。
医者が帰るので母親が玄関まで見送るため、部屋から出て行ったのでオレは妹の寝てる部屋に入った。
当時のオレは妹のことを「ヒト」では無く、「モノ」に近い感覚で見ていたと思う。服を脱がそうとしたら抵抗されたので、枕元にあった吸飲みとかを乗せた盆で何回か頭を殴ったら妹は動かなくなった。
せっかく抵抗できなくなったかの体をどうしてやろうか…とかよりも、目の前の物が自身のせいで動かなくなった恐怖心しかなかった。なんだか動けなくなってしまったけど、玄関でで親父がお母さんを怒鳴り付けて、医者を追い返しているのを聞いて我に返ってすぐに盆や吸飲みなんかを戻してから部屋を出た。
どれくらい経ったんだろう。数分にも数時間にも感じていたら、お母さんが筆子の名前を呼びながら泣き出していた。
その声を聞いてオレもお母さんにかけよって一緒に泣いた。
罪悪感よりも、ただお母さんと共感した時間が欲しかったり、バレるのが怖かっただけだったのかもしれない。
泣きながらも筆子の頭をなでながら、血が出たり、腫れたりしてオレが殴った跡がないかを確認して、分かりそうになかったので安心したのを覚えている。
筆子に触った時の感触は生きてるモノの感覚じゃなかった。死んだ。死んだ。良かった。オレのせいじゃない。妹が死んだのは医者のせいだ。子ども一人治せないなんてヤブじゃん。オレは悪くない。
死んだ。たしかに死んだはずだった。
「お母さん…」
フラフラしながら妹がお母さんに歩いてきた。
なんで?動いてる?話してる?生きてる?
お母さんが妹を抱きしめた。その肩越しに筆子がオレを真っ直ぐ見ていた。
筆子が生きてる?いや、筆子はたしかに死んだ。コレは違うものだ。
オレを見る目が今までとは違うものだ。
何でいつもみたいに目が合わないように反らしたり、オレがいて怖がったりしないんだよ。
なんで?相手の目がオレなんかが敵わない恐ろしいものだと本能的に感じた。
怖くて仕方ない。コレをゾンザイに扱ってはいけない。妹を守る?それは罪悪感からじゃない。恐怖からだった。
だから兄の立場から最大限守ってきた。兄が妹へ向ける愛情を示して来た。それらは筆子のためじゃない。ぜんぶ自分を守るためだ。だれど、それらをもうしなくていい。
◇ ◇ ◇ ◇
「…お兄ちゃん?」
はぁ…。筆子の分際でうるさいんだよ。




