狐と尻尾4 教授
「今回は間が空いたねぇ。」
この客は美食家気取りのゲテモノ喰いで収集家気取りの悪趣味野郎だ。長く大学教授の地位に居座れたためか、急に傲慢になり、手に負えなくなった。
正直、不羽振りが良くなければ切りたいヤツだが、こいつ一人の依頼でで二、三ヶ月喰えるものだから客として残しておいている(もちろん、金額を上乗せしていてだ)。
今回も俺が困るのを判っていて色々と言ってくるんだろうが、これももうじき終わる。
「そちらは?」
「甥っ子です。」
今日は俺と不言の二人で訪問した。
「はじめまして。」
「いやあ、君は人間は食べたことがあるかい??」
大学内の個室だと他者の目がないからか、いつもニヤニヤとしながら嫌な質問をする。同じ質問は娘にもしていた。
「今どき、好んで食べるのはじいさんばかりです。」
不言は愛想良く応えたが、この質問に貴羅が何て応えたかを覚えていない。
不言は来客用の長椅子の前の机に説明をしながら依頼品を並べるのを教授が嬉々とした顔で見ている。教授がこれはどうだの、ああだのと、もっともらしい事を言うのを不言が愛想よく聞いていた。
次の依頼の話の後に今回の分の代金をしっかりともらい、俺たちは研究室をあとにする。不言が先に出て早々と鬼門を開いて隠り世へと移ったりすぐに門が消えた。それを見届けた俺は振り返って教授に一番大事な事を聞いた。
「教授、本当にさっきの依頼品は必要ですか?」
教授の後方で鬼門が開き、そこから出てきた不言が教授の背中に両手を突っ込み、そのまま教授の体から白い長い物を二本取り出した。力が抜けて倒れそうになる教授を俺が受け止め、先まで教授が座っていた長椅子に寝かした。不言は白いものを必死に丸めて収めようとするが大暴れして棚の本を落としたり、机のものを薙ぎ払ったりしたがある程度丸めたら落ち着いて来た。
不言の「お願い。」の声に鬼門から娘が大きい瓶を持って現れた。
両手ごと白い長いのを瓶に入れてそれを鬼火で焼き出した。その間に貴羅が鬼門を往復して和紙やら紐やらを持ち出し、燃やし尽くした後にそれらで蓋をした。
その間、人が来たら面倒なので俺は教授の部屋の扉の鍵を内側から閉めた。
改めて不言を見ると白いのにやられてらしく、顔や腕が切り傷だらけになっていた。
「では、他のと一緒にうちの家に置いておきます。」
娘と不言が鬼門から去ると俺は教授の肩を優しく揺すった。
「教授、わかりますか?」
「…良君か?………ここは?…うぅ…」
混乱してるのがわかる。口調や表情を見るの俺の知っていた教授に戻った様だ。
「さっきまでご自身が何をされてたか覚えてますか?」
教授はバッと頭をあげ、驚いた顔をしてあたりを見回した。
「石見君は何処へ…」
石見…たしか、然さんの言ってた狐の今の名前がそんな名前だったな。ソイツは今頃は俺が集めた胴体であった殺生石を全て回収しているはずだ。
「覚えてることー、さっきまでのことを話してもらえますか?」
「他の教授から私の専門に興味の学生がいると言われてね、その子とさきまて話していたはずだったんだが…それに良くんはその場にいなかったと思ったが…」
良と俺を呼ぶのは津耶とこの人くらいだ。
「そうですか。その学生の名前を覚えてますか?」
「石見君たしか鎮めるの字で鎮夫だったはずだよ。」
教授はやたらと人の名前を「姓」「名」で覚えようとするので間違いでは無いだろう。例の狐の「名」までは俺は知らんが後で不言か然さん達に聞けば良い。
「あと今日が何年の何月何日か言えますか?」
「何年って大正…」
教授の態度が横柄になりだした頃と一致する。
「今は大正15年、1月です。」
「そんな馬鹿な………」
教授は上半身をあげてから窓の外や机の上、自身の着てる服なんかを無言のまま目で追いながら確認しだした。
「君が言うのなら間違い無いのだろう…。」
那由他んとこの姑に比べたら、尻尾が入っていた期間なんて誤差の範囲だ。
この人が元に戻って良かった。と、自然にそう感じたことに俺自身が驚いた。
「桜がね、あの日咲いてたよ。娘が好きでね。遠方へ嫁ぐから来年からは一緒に見れなくなるとか思っていたのを覚えているよ。」
「…そうなんですね。」
「次に君に合うときはいつもの学生達への教材ではなくて嫁入りする娘に贈りたいものがあるから君に依頼したかったんだよ。」
「…そうだったんですね。」
「えらく記憶が飛んで間が開いてしまったね。あの時私が何を頼んだか分かるかい?」
「…分かりません。」
「他にもたくさん客がいるからね覚えてないよね。すまないね、こんな話して。」
「…いえ、大丈夫です。」
「今はまだきちんと状況が把握できていないから、また改めて連絡するよ。」
「…はい。」
俺は逃げるように大学をあとにした。
震災前から尻尾に入られて人格が変わってしまっていたはずの教授が、十月に行われた被服廠跡地の府市合同大追悼式で涙を流していたのを思い出したからだ。
一緒くたに燃やされて、娘さんの骨が入ってるのか分からない骨壷代わりの小さな木箱をどこかで教授が見つけた時に当時のことを思いすのかもしれないと思うと居た堪れなくなった。




