狐と尻尾3 依頼之品
その後、己が陸の服で帰ったことで那由他から何があったのか強く聞かれた。どうやら示尾の物と思ったらしい。少し迷ったが、今日あったことを詳しく、己の心の内も含めて貴羅とのことを全て話した。
「穂浪さんの記憶や感情を獲たことで人を異性として初めて愛おしいと想う事を知ったんじゃないですか?もちろん、面倒なので陸には言いませんよ。」
この面倒なので〜は那由他の時には彼女の口から聞いたことはなかった。
環境はもちろんだが、生まれた日時や付いた名で多少の人間性の違いが出ると言う。その和枝の体を使って来た事での影響なのでろう。すでに以前の己の知っていた那由他とは違うのだ。
己も然と言う人格でありながら少年の生まれた日時や名前と環境、記憶や感情…身体を使うことでそれらの影響をうけて今までの然とは別な人間に成って来たことは当然の変化だ。それを踏まえた上で貴羅は己と僕を受け入れようとし考えているのだろうか。
そんなことを期待して良いのかと考えながら座敷牢の布団に残る貴羅の香に包まれて目を閉じた。
「………。」
半分寝ていたと思う。だが不言と彼とはまた別の強い匂いを感じて目を開いた。
「こんばんは。」
横から不言が己を見下ろす位置に立っていたが、あまりの眠さにすぐ頭をあげることが出来なかった。
「先程陸さんが帰ってきました。」
不言は袋を渡して来た。強い匂いはこの中からで、周りが暗いせいか中は塊と言うよりは穴にしか見えなかった。
「使える物の中では一番状態が良く、新しい物だそうです。」
「想像以上に臭いな。ここまで臭いと近づく前から気付かれるだろう。」
「はい。なので必要なとき以外は現し世に置かない方が良いでしょう。」
袋から出した中身は思っていたよりも大きく、実際の色は暗い茶色と灰色だった。身に付けると飲み込まれる感覚と包まれる感覚の両方を感じた。
いくら前に陸に頼んだ本に記載があったと言え、これを使う提案を不言にされた時は荒唐無稽で乗る気に無れなかったが、実際に実物を手にして使うと考えが変わった。これで女狐の討伐は滞りなく進めることが出来るだろう。
一通り試してから袋に戻して不言に渡した。
「あと狐の兄妹を送ったあとに例の兄の顔を見ることが出来ました。残りのうちの二本は陸さんの太客の一人の中です。」
祖母に一本、筆子に二本、客に二本…
「他は四本は分かるのか?」
「一本だけ貴方に会う前から温羅のところにやってます。我輩が駆逐しました。」
震災後、不言は現し世にいたそうだ。
自警団の中に男達の、他とは違和感のある言動をしている者がいて「どうしてこうなった?」と見ると男に尻尾が入ってるのがわかったそうだ。
それを抜き出すと暴れて手当たり次第に近くの人やら物やらを壊そうとした。仕方無いのでその場で鬼火で焼やし、灰にしたのはの良いが、その灰は意志があるかの様にゆっくりとだが意志を持ってるようでどこかに行こうとする。
この混乱時で放置することは危険だと判断し、しかたなく物々交換でもらったビール瓶を空にして中に詰めた。
人々が火事も鎮火して厄災から逃れるよりも、今後の生活を立て直すことに意識が変わった頃、灰を取り出した。前よりも早く動けるようになったそれは他の人間に入り込み、あわててそれを取り出すと元の尻尾の姿に戻っていた。
流石の不言でも尻尾相手に先読みは出来ず、すっかり扱いに困ってしまい示尾に相談したら温羅の釜へ任せることを提案され、捕まえた尻尾は全てそこに棄てる予定らしい。
示尾は嫌いな者や困り者が出る度に「憂さ晴らし」にと温羅の元へ全て捨てていたそうだ。
「今後の段取りは見えているのか?」
「はい。まずは例の顧客からです。」
陸の顧客か。これは陸が主で動くことになるだろう。可能な限り、早く方を付けてほしい。
「不言は女狐がまた貴羅を襲うことがあると思うか?」
今回のこと以外も色々と女狐が噛んでいるかもしれないのだ。この己の不安に不言の目付きが少し険しくなった。
「それには同意見です。文献の中でも九尾は執念深いですからね。」
女狐が大陸で皇后であった時に行った悪行の数々を教えてくれた。
処刑した相手の親にその肉を食べさせたり、心臓や目をを生きたままえぐり出させたり…自身に楯突いたり、危害を加えた者はもちろんだが、自身の娯楽のための市民への残忍な行動も多く、内容によっては聞いたことを後悔した。
どれも同じ書物に書かれていたが、かなり古い文献なので、事実とも作り話とも判断しかねる部分もあるそうだ。
「日本に来てからも酷かったですよね。」
大陸でやり過ぎたと認識してたのか、不言の話した内容に比べるとかなり小規模ではあった。女狐は玉藻の前の後、浅井長政の娘、茶々の肉体を得る。
朝鮮出兵や豊臣秀次の妻子や側室、女房らの公開処刑…あれは女狐が吹き込んだものだ。
己は重たい鎧兜を着て燃え盛る大阪城の中で、隠り世と現し世を交互に生き来して、歴史的には自害する前の淀となった女狐の前に迫ることが出来た。
「こうなるって分かってたら山内一豊の娘にでもなってれば良かったかしら?」
ケタケタと笑う女狐の己等にしか分からない話に周りの連中らは困惑していたのを無視して、己は炎に包まれて逃げられない女狐を斬りつけてやった。淀としての肉体は死んだ。
思えば、玉藻の前の時ではなく、この時に己は女狐に覚えられたのだろう。当時の己には奴の魂が見えた。
その魂が逃げようとしてその場から離れようとしていたのなら、近づく時と同様に隠り世と現し世を行き来して追いかければよかった。だがヤツの魂はその場にとどまった。炎に巻かれ、秀頼やその取り巻き連中が刃を向ける中、動くことができずに身を引くしかなかった。
「これは陸さんには言えませんがー、貴羅ちゃんのお母さんが襲われたのも、九尾が関係してるかもしれません。」
不言の言う通り、艶さんの件が絡むのなら陸が尻尾の入った少年の祖母の腕を取られた件で恨ませれたのだろう。この考えには不言も同意だった。
今日も新たに尻尾を駆逐したから、また貴羅や他の誰かが狙われるかもしれない。満月まで待つなんて悠長なことは出来無いのだ。
不言から「本当に貴方が狼男でよかった。」と言われたが、己は不言の力があることの方が大きいと思った。
その後、不言は長居せずに陸からの依頼品を持って隠り世へと帰って行った。




