狐と尻尾1 狐之失態
筆子は時間を見つけては貴羅の敷地に行って殺生石を拾っている。
体が全て同じところにある方が最終的には退治する方としてもやりやすい。いつもは裏手の塀の隙間からすぐのところでコソコソ腰を屈めて石を拾っていたが、貴羅の襲撃が合った後は己の監視の元なら建物に近いところも許可している。
今日は日曜で朝から長い時間作業が出来るせいか、ここぞとばかりに大きめの巾着袋に石を詰めていた。
そして、必ず筆子のそばに墨夫がいる様になった。なんだかんだ言っても心配なのだろう。
「心配なんだな。」
「…うーん、まあ、あれだけのことを知って一人にさせるわけにもいかないし、兄ちゃんのことを考えると筆子がいままで通りにしとく方が良いだろ?」
「…そうだな。」
はっきりしない物言いだ。きっと墨夫なりの葛藤があるのだろう。あの夜、身を挺して己から妹を守ろうとしていたし、彼にとっては今までどおりの大切な妹で合って欲しいのかもしれない。
「それにしてもこの石が体だったとはなぁ…。アニキに渡すとそのまま体の中に入っていくらしいぜ。信じられるか?」
「普通はそう思うよね。持った端から吸収していくんだよ。」
墨夫の発言に筆子が応えた。こうしていると本当にその辺の女児と変わらない。
「でも、その石を集めるのも今日で終わりだよ。」
屋敷の入り口に近い一尺程の石を持ち上げた。
「これで最後なの。」
巾着袋と、それに入りきれないその石とで全てになったそうだ。
本当に震災後の数ヶ月でよく集めきったものだ。
「こんにちは。」
敷地の外から来たであろう貴羅が声をかけた。
「おう、どうした?」
そう墨夫が返すがここは貴羅の家の敷地だ。
「必要な物を取りに来たの。」
今日の彼女は着物だった。未だ寒いのか首元にはマフラーを巻いている。
「あと、学校の卒業式ぐらいから屋敷と塀を修繕するってお父さんが言ってた。そしたら敷地内に入れなくなる。」
「それを伝えに来たの?」
筆子が少しだけ食いついた様に見えた。
「全部拾えなかったことで、相手の考えが変わってしまうかもしれないでしょう?」
「心配してくれるの?ありがとう。」
「教えてくれてありがとうな。」
礼を述べる狐の兄妹に対して適当に返事をした貴羅は屋敷の中へ入った。
貴羅は本棚の後ろに隠すようにあった物の存在を知っていたのだろうか…
この様な時にいつも貴羅の後ろ姿を見つめているのを、本人に知れたら嫌われるかもしれないと思って、対象を貴羅から筆子に変えた。
その筆子の後ろには不言が立っていた。
彼は己が「不言がいる」と思うまも無く、筆子の衣紋(着物の首後ろの部分)を掴んで地面に抑え込んだ。
「きゃあ!!」
筆子の悲鳴で墨夫が助けに入ろうとした。。
「たすけて!」
「やめろ!!」
ここでの己の役割は筆子を助けようとする墨夫を抑えつけることだ。
不言は左膝で首の下(肩甲骨のあたり?)を、右膝で太ももあたりを抑え込んで両手を背中に突っ込んだ。
不言の腕は服をすり抜けて、ジタバタと抵抗しようとする筆子の体の中に入っていった。
不言が筆子から九尾の尻尾を二本引き出した。
そう、筆子に対して己たちがやること…まずはこの九尾の尻尾を二本、掃討することだ。
両手で一本ずつ持たれたそれは暴れていて前回の様に小さく収めるのも大変そうだ。不言はなんとか巻いたり結んだりしながら筆子から離れた。
「これに近づいたら駄目だよ、取り憑かれる。その体では然さんもいけない。」
暴れる尻尾に驚いて墨夫が抵抗するのをやめていた。充分に筆子と距離をとった不言の「女の子を頼むよ。」の言葉に己は墨夫への抑えるのを辞めた。
「筆子っ!!」
墨夫は筆子にかけより、「大丈夫か?」と声をかける。
「んん…お兄ちゃん?」
筆子の無事を確認した墨夫は不信や嫌悪に満ちた様な目で不言を見た。
「これは九尾の尻尾だよ。これを入れられた相手は良い様に使われる。」
「九尾?また兄貴かよ。クッソ!!」
墨夫は悪態をついた。
「これで良い?」
屋敷に方からキラが壺と布だか紙だかを持ってきた。
「ありがとう。」
不言は二本の尻尾を壺に押し込み少年の祖母と同様に壺の中で燃やしだした。
「本当に二本も入ってたのね」
「そうだよ。」
墨夫が「知ってたのかよ」と言いたげに貴羅を睨んだ。
筆子はあやふやだった意識がしっかり戻った様で、そのままガバっと上半身を起こし左右を見渡した。
「…あれ?ここって…鬼屋敷?」
貴羅も筆子に近づき、諭すように話しだした。
「そうよ。少し前のこと、何か覚えてる?」
「…えっと…地震があって…、手を怪我して…、化け猫のお姉ちゃんが家まで送ってくれた。…すみおお兄ちゃんと家に入るとしずおおにいちゃんがいて、それで、それで…」
女狐と対面したあたりから顔が曇った。その後の事は覚えてないのか、言いたくないのか、口を閉じてしまった。
「今日は帰ろうか。動けるかな?」
意外なことに声をかけたのは不言だった。
「今は歩きたくない。」
「無理もないよ。その幼体に二本も入れられてたんだ。かなり負担だったね。」
そこへ貴羅が筆子に近づいて何かを話し始めた。
「…………………(私のことを覚えてる)?」
「えっ?」
そう、日本語では無く、二人が初めて会ったときと同じ中国語で。不思議そうな顔をする筆子に貴羅は続ける。
「…………………(ここにいる全員が貴女が大陸の雉の妖怪だって知ってる)」
中国語か。後から筆子に貴羅なんと言ったかは聞いた。
筆子は体制を変えるふりをしてゆっくりと周りに悟られないように防御の姿勢を取った様だった。
埒が明かないと言う感じで不言が口を挟んだ。
「……………………(あなたに九尾の尻尾が入っていたのは知っていたか?」
己の解らない中国語を使われると疎外感を感じてしまう。
「そうなの?」
筆子が言葉を返したのは尻尾に関しての質問だったそうだ。
「今までに吾輩が会ってきた人は一人につき一本の尻尾が入っていましたが、貴女には二本入ってましたよ。」
「そんなに…」
「とりあえず、今日は帰ろう。鎮夫兄ちゃんが怖いのならずっとオレが近くにいるから。」
筆子を背負った墨夫だったが、フラフラだった。
「大丈夫?変わろうか?」
不言の申し出を墨夫は受け取った。
不言が筆子を背負いその横を墨夫が巾着袋と最後の殺生石を持って歩く形で屋敷から出て行ってしまい、敷地内には己と貴羅だけになった。
「どうしてお兄ちゃんに筆子の写真を見てもらうように言ったの?」
「震災後に流行ったデマがあったろ?あれを筆子が二日の日に家に来た新聞で知ったって貴羅が撃たれた次の日の朝に言ったんだ。家が残っていても、震災後の火災のせいで新聞社が燃えてあの地域には新聞は来ていない。だから頼んだんだ。」
「じゃあ今までの筆子とのやり取りは筒抜けだったって思った方が良いみたいね。」
案の定と言った感じだった。
「そうだな。これからも知らせない方が良いだろう。女狐と一つ屋根の下に住んでいるんだ。また尻尾を入れられるかもしれん。墨夫も同様にこの件には関わらせたくないと考えている。」
女狐対策に不言が見えた事の話をしながら己は貴羅と屋敷の中に入った。
今日、貴羅が来た本来の目的は地下室にある本棚の後ろの大きな箱だ。本当は貴羅一人でも問題ないのだろうが、己は件の本棚を動かしてやった。
「じゃあ昔、陸がやってたいた店の中で待ってる。」
「分かった。ありがとう。」




