牢の中6 予定調和
牢の扉を那由他が揺さぶり、己が何度か体当たりをしたがびくともしない。
「鍵は?」
「ババアが持ってる!」
慌てている己等を少年の祖母は挑発する様な顔をした。
「化物が何を攫って来たんだい!人様に知られる前に始末してやるんだかから感謝しな!!」
この化け物は僕に対してだろう。つくづく嫌な女だ。貴羅も抵抗してるが不意をつかれたのか、それとも回復して無いで力が入らないのか、相手を払いの得れていない。首には老婆の食い込んだ爪のせいで血が出ている。
「やめろ!!」
己も牢を殴るが意味がない。他に方法は…考えろ!何かあるはずだ!!…正直、詰んでいた。
「クソっ!!」
その時、老婆の後ろで鬼門が開き、そこから一人の男が出てきた。
「不言!!」
那由他が声をあげた。彼女の知り合いか。
隠り世から出てきたこと、角が生えていること。この二点で鬼であることは間違いない。この男は二十歳そこらに見えた。
彼は左手で老婆の着物の襟首を掴み貴羅から離し、右手を鳩尾に突き刺した。
右手が刺さっていたが、祖母は血を流していない。右手の肉体を霊体にしたのだろう。器用なことをする。
「ナユさん、支えて。」
男は老婆の背を柵に付けて、その隙間から那由他が手を出して老婆を支える。
「重っ。」
男が右手を引っ張ると白いふかふかした長いものを老婆の体から引き抜いていた。それからは女狐独特の嫌な気が放たれていた。
「長いな。」
男は両手を使って白いのを引っ張り出し切った。男の身長の二倍よりかは少し短そうだった。
「尻尾か?」
「そうです。」
その間に己は匂いを頼りに老婆の着物の袖にある牢の鍵を探し出した。
鍵を開けてすぐに貴羅に近寄りたかったが、那由他が大変そうなので牢の内側から老婆の体をもらい、その場に静かに崩した。
「ナユさん、何か要らない鍋とか瓶とかあります?耐火性のものなら何でも良いんで。」
男は暴れる尻尾の端を両手で持っていたのを片方の手で持ち、折った真ん中を更に曲げるを何度かして右手に巻き付けた。
己はそっと男と貴羅の間に入り、何かあれば直ぐに飛び出せる様な体制を取った。
「大丈夫か?」
「ええ。」
一度引っ込んだ那由他が瓶を持って戻ってきた。
男はそれに右手ごと尻尾を突っ込み、服の袖を肩まで捲くった。
瓶の入り口の間から火が見える。鬼火で尻尾を燃やしているのだろう。部屋が一気に臭くなった。
「燃したあとはどうするんだ?」
「ウラの釜の下に入れます。」
温羅のことで間違いないだろう。…己は行ったことが無いが、あそこは鬼たちの厄介な物の捨て場にもなっている。
尻尾がすっかり灰になると、瓶の上を那由他が紙と糊で蓋をした。
「不言の言うとおり、障子紙を切らさない様にしていてよかったわ。」
灰になったからなのか、封をされたからなのかは分からないが、あの嫌なな感じはかなり薄まった。
「…ゴホゴホ」
煙にやられたのか老婆が咳をしだした。正直、生きているとは思っていなかったので驚いた。
老婆は状況を理解して無い様で、目が虚ろだった。
「お義母かあさん、大丈夫ですか?」
那由他が駆け寄る。
「すみません…。」
「すみません」とは普段の老婆らしくない言葉だ。周りを見回している。
「…貴女は?」
そのまま「誰?」と言いたげに老婆が那由他を見た。
「何を言ってるんですか。」
那由他の声には苛付きが混じっていた。
そんな那由他が老婆の顔を見れば見る程、老婆は困った表情になった。よく分かっていないが、自身が知らない間に周りに迷惑を掛けてたことだけは分かった様で、小さく成っているようだった。
「お義母さん、私がわかりますか?」
那由他の顔が少し険しくなった。
「…もしかして四郎のお嫁さんですか?」
四郎は少年の父親でその妻(少年の母)に老婆は会ったことが無い。
「いえ、勤二さんの妻です。」
老婆は目を見開いた。
「違う、勤二は〇〇さんと結婚してる。」
とたん、那由他の顔は曇った。
〇〇の名前は他でも聞いたことがあった様な気がするが、よく思い出せない。少年の記憶も同じようだった。
「御婦人、失礼ですが、今は大正何年か分かりますか?」
男が間に入った。
「たいしょう?」
那由他が眉間にシワを寄せた。
「失礼しました、明治何年ですか?」
「四十二年ですが?」
この質問に何の意味があるんですか?と言いたげな顔をしていた。
「取りあえず、煙たいから場所を移動しません?」
そう言って那由他は咳をしながら老婆を別所に移した。
姿が見えなくなるくらいに老婆が騒ぎ出したのが聞こえた。自身の片腕が亡くなっていたことに今、気付いた様だ。
老婆は那由他にまかせて、己は貴羅に声をかけた。
「貴羅、大丈夫か?」
「ええ。少し首を傷付けられただけ。」
貴羅の首には老婆の爪が刺さって出来た血が付いていた。傷自体はすでに塞がっているんだろう。
「貴方も、お兄ちゃんもありがとう。」
「間に合って良かったよ。」
二人は知り合いか。髪は白人の様な金ではなく、黄色に近い。また、目に関しては形は違えど少年と同じ黄色だ。
男は己の方へ向いた。
「不言と申します。示尾の息子です。」
示尾は那由他よりも後に引き取った子で那由他よりも二歳上だったはず。
「お父さんが遠出してる間、隠り世でお世話になってるお家の息子さん。」
「陸さんから貴良ちゃんが撃たれたと伺い来ました。今回ので二度も九尾絡みで危ない目に会いました。また狙われる可能性もあるので、彼女を隠り世に連れて行きたいと考えてますが良いですか?」
「…貴羅にとって貴方が信頼できる相手なら問題ない。」
現し世と隠り世…鬼ならどちらが安全なのか判る。あの時、現し世を選んだ己の選択の結果を改めて突きつけられた気がした。
身体に入られた尻尾の気配を己はわからなかった。死んだ者と鬼しか入れない隠り世なら、相当のことがない限り、大丈夫だろう。
「初見の相手を信用できないのはわかります。」
返事を出来ずにいると不言は懐から手帳か何かを出してそれに挟んであった写真を見せて来た。
「これが初めてあった日。」
写真には卯ノ花の家でこいつと就学前と思われる貴羅と祢呼が写っていた。
「小学校に通いだした頃。」
「陸さんのお手伝いで貴良ちゃんが隠り世に来たとき。」
「これは…」
およそ半年毎の写真を出すたびにどういう時に取ったものか説明される。
去年のワンピースアッパッパー姿も出てきた。少年が大切にしていた「渡した櫛でキラが髪を結ってくれた記憶」を軽く扱われた気がした。
「これが去年の年末で、今のところそれが最後です。」
その最後には彼の横に眼帯をした貴羅が冬のコートを来て大きなリュックをからっているのが写っていた。
悔しいがどの写真も貴羅には警戒している様子が無い。断る理由が無いのだ。
「この人は信用して大丈夫。私達に横道は無いでしょう?」
心の潰れかけてる己と僕に貴羅が畳み掛けた。
「…そうだな。詳しいことは陸も交えて話そう。」




