ミスリル
話の途中で順番が回ってきてしまったため、続きは席に着いてからになった。
因みに、今日の日替わり昼食は卵とじ丼だった。卵とじが黄金色に輝いていて、とても美味しそうだ。
「それで、さっきの話、どういう意味?」
レティと席を探し歩きながら問い返す。
その後、すぐに空いてる席を見つけ、お互いに向かい合って椅子に座った。
「変」
「変? フルミネの魔道具が?」
「ん。接合部、ない」
そう言って、レティは油揚げの乗った卵とじ丼を頬張る。何故油揚げが乗っているのかは謎だ。
「接合部って何?」
僕が訊ねると、レティはポケットからあるものを取り出した。
「それって前に見せてくれた……」
「遠隔操作式小型魔銃」
彼女が取り出したのは、前に一度見せてもらった三角錐状の小さな魔道具だった。というか、魔道具の名称になると急に饒舌になるレティには、いつまで経っても慣れない。
……その話は置いといて、僕はレティの魔道具の表面を見てみる。
微かに凹凸があった。レティがそこに爪を引っ掛けて引き上げると、魔道具の一部がぽろっと外れる。
「普通、魔道具、こうなる」
フルミネの手足の魔道具には、確かにそんな仕組みはない。
変型の時は似たような亀裂が入るが、違う形状に一瞬で組み換えられた後はその亀裂は残っていなかった。
「ごめん、力になれそうにないかも」
僕自身、フルミネとそれなりに長い時間過ごしてきた。だから、彼女のことは大体知っていると言える。
けれど、彼女の魔道具については"そういうもの"という認識しかしてこなかった。
「フルミネには聞いた?」
「聞いた。分かって、なかった」
「……え?」
「驚く」
フルミネ自身も知らない……?
これは彼女の体に関わる問題だ。普通なら、全て説明されているのが普通だ。
その魔道具を作ったグラスさん自身が知らないという可能性は、絶対にあり得ないだろう。そんな未知のものをフルミネの体の中に入れるとは考えにくいからだ。
言い忘れていた可能性も否定はできないが、そんな大事なことを忘れるとは思えない。
「シン、冷める」
「あ、うん」
レティに声をかけられて我に帰る。
まだ一口も手をつけていなかった卵とじ丼を頬張ると、出汁の効いた卵の風味が口いっぱいに広がる。美味しい。
……あと少しで思考が卵一色になるところだった。卵とじ丼、恐るべし。
とりあえず、今思い浮かんだ案をレティに言ってみよう。
「グラスさんに聞いてみれば? 作った本人は流石に把握してると思うし」
「いない」
いない、とは。
「ガロウナムス、いない。チャーチ、行った」
「教会?」
「ん。教会都市、チャーチ」
チャーチって、英語の"church"だよね。意味は教会だった筈。
レティの言葉から考えると、その教会都市の名前が"チャーチ"と言うのだろう。
全て日本語で言うと"教会都市教会"になるので、個人的に凄く違和感がある。
「そこに何しに行ったの?」
「聞いてない」
「……そっか」
流石にそこまでは聞いていないか。まあ、それは仕方ないだろう。
そして、話題がなくなった僕達は無言で昼食を食べ進めた。
* * * *
昼食後、鍛錬場に向かうと既に皆集まっていた。どうやら僕達が最後のようだ。
「おお、来たか」
そして、何故かコンビニさんも居た。
「珍しい組み合わせだな」
「食堂で偶々会ったので、そのまま」
レティと来たことをグラディスさんに突っ込まれ、簡単に説明する。
「シン」
「あ、フルミネ」
僕の元に駆け寄ってきたフルミネは、レティをチラっと横目で見た。
「何?」
「いや、その」
「……何も、ない」
「う、うん」
レティと少ない言葉を交わした後、フルミネは僕の腕に肩を寄せる。レティは僕とほんの少し距離を取った。
フルミネを抱き締めたい衝動を抑えて、僕はコンビニさんに訊ねる。
「コンビニさんはどうしてここに?」
「そのまま話すのか」
「はい、お気になさらず」
彼の「俺が気にするんだが」という呟きは聞かなかったことにする。僕はフルミネを払い除けることができないので。
「……まあ、いいけどよ。ここに来た理由はこいつを返しに来たからだ」
コンビニさんは手に持った大剣を前に差し出す。その大剣の刀身は大きな包帯でグルグル巻きにされていた。
「返しに来た、とは」
「この剣、元はフォースのものなんだよ」
その言葉を聞いて納得する。それで返しに来た、か。
「俺としてはコンビニさんに持っていてほしいんすけど……」
「さっきも話しただろ。俺には合わなかったんだよ」
テトさんの言葉に答えながら、コンビニさんは大剣に巻かれた包帯を解いていく。
その剣を見て、僕は驚いた。
これまでにコンビニさんがその剣を使うところを見たことはあっても、こうしてじっくりと見る機会は一度もなかった。
――その銀の大剣には刃がなかった。両刃でも、片刃でもない。無刃だったのだ。
「シンとフルミネは見るの初めてだよな。こいつはミスリル製の剣なんだ」
「ミスリル……!?」
そう呟いて、フルミネは自分の腕とその剣を交互に見る。
彼女が驚くのも無理はない。ミスリルは幻の金属であり、全てフルミネの魔道具に使われてしまったと聞いていたからだ。というか、僕も驚いている。
「頑丈なのは良いんだが、見ての通り刃がない。フォースはこれが良かったらしいが、俺にはさっぱりでな。切り方工夫しなきゃ木の枝だって切れやしねえ」
「切れてる時点で凄いと思うんですが。無刃ですよね?」
「いや、やろうと思えば誰でもできるぞ。なあ?」
「「「それはない(です)」」」
「お、おう」
真顔で答えるコンビニさんに、テトさん、シンシアさん、グラディスさんは息をピッタリ合わせて否定する。
コンビニさんはそんな三人に臆されたのか、顔を引き攣らせて一歩下がる。
彼には悪いけれど、僕も三人と同意見だった。
そして、コンビニさんって実は凄い人なのではないかと、今更ながら思った。
「俺もですけど、返されても大剣なんて誰も使わないっすよ?」
「グラディスはどうだ」
コンビニさんに大剣を渡されたグラディスさんは、片手でそれを持って軽く振る。
「振れるけどよ、使う意味がない。俺には元々の刀がある」
「だよなぁ」
何回か振った後、グラディスさんは大剣をコンビニさんに返す。
コンビニさんは断られるのが分かっていたような反応だった。
「テトは神器があるしな」
「神器がなくても大剣振り回すのはキツいっすから」
「シンシアは……無理だよな」
「少し厳しいですね……」
大剣を振るには、大前提に筋力的な問題をクリアしなければならない。
遊撃部隊以外の人なら振れる人もいるだろうが、この舞台の中だけで考えると難しい問題になる。
「それなら、シンはどうだ」
「僕ですか?」
まさかの指名だった。
……いや、消去法か。レティは剣を使わないし、フルミネは武器が必要ない。
コンビニさんから剣を受け取ると、当たり前だが刀に比べて重量を感じる。
僕は柄を両手で握りしめ、上下に振るってみた。
「重くねえのか?」
「スキルがあるので。思っていたよりは軽いです」
「……そうか」
剣というより、鈍器を振るっている感覚。でも、不思議と安心して振れる。刃がないからなのかな。
ちゃんと重いけれど、フルミネを持ち上げるのに比べれば断然軽い。これならギリギリ片手でも振れそうではある。
「シン、この剣はお前が使え」
「……え?」
剣を振るのを止めて、コンビニさんを見る。冗談ではなく本気で言っているのは、顔を見れば分かった。
「でも、僕は遊撃部隊に入ったばかりですし」
「その剣を使うことに抵抗はないんだな?」
「……僕にも刀があるんですけど……」
「別に自分の得物が二つあってもいいだろ。グラディスだって刀二本持ってるし。まあ、片方使ってないけどよ」
そう言われてしまうと、僕はこれ以上何も言えなかった。拒む理由がなかった。
……前団長が使っていた剣を新参者の僕が使っても、本当にいいのだろうか。様子を伺うようにテトさんを見ると、彼は目尻を下げて言った。
「どうせ遊撃部隊では他に誰も使わないんだ。貰っとけよ」
「……はい、分かりました」
「あ、言い忘れてた。その剣には鞘がねえんだ。だから、とりあえずこれ巻いとけ」
コンビニさんから渡されたのは大きな包帯の束。
大きさが大きさなので、巻くのはコンビニさんに手伝ってもらった。その間に、この剣にの名前を聞いた。
「その剣の銘なんだがな、フォースは"不殺剣"って呼んでた」
……こんな立派なもの、本当に僕が貰ってもいいのかな。そんな不安がある。
「おい」
「いたっ」
考え込む僕に、コンビニさんは頭に軽いチョップを入れてきた。
「何するんですか」
「シン、考えすぎんな。フォースが使ってた、それだけの剣だ。お下がり感覚で貰っちまえばいいんだよ」
「……はい」
貰うにしても貰わないにしても、僕はもっと強くならないといけない。
刀も満足に使いこなしてるとは言えないけれど、この剣も使いこなせるようになれば、戦い方の選択肢も増える。
そうすれば、フルミネに近づけるのかな。彼女を、守れるのかな。
……これから、もっと頑張ろう。彼女の隣に胸を張って立てるようになりたいから。
そんな決意と共に、僕は不殺剣の柄をもう一度握り直した。
次回の更新で第五章afterは終了です。
そして、今後の更新について重要なお知らせを次回あとがきでさせて頂きます。