吸血鬼と移り変わる景色
第五章after最終話。
ラミア視点の過去話。
――おなか、すいた。
昨日まで、私は退屈な暮らしを謳歌していたのに、どうしてこうなったんだろう。
私は吸血鬼の国で、それなりに上級の暮らしをしていた箱入り娘だった。
皆に大事にされて、愛されて、そんな日々がとても退屈だった。でも、嫌いじゃなかった。
その退屈を壊したのが魔人だった。ある日、突然やってきた魔人は、瞬く間に国を火の海に変えた。
吸血鬼は弱い種族じゃない。人間よりも、何倍も強い種族だ――そう教えられてきた私が見たのは、その吸血鬼の軍勢を圧倒する魔人の姿だった。
私はたった一人、皆に逃がされた。それに気づいたのは、国から離れるために飛び続けて、力尽きて墜落した後だった。
それでも、後ろを振り向けば国はまだ見えていた。真っ赤に燃え盛る国が。
私は泣いた。涙が枯れるまで泣いた。怖かったから。怖くて、国に戻れなかったから。
それから、私は何もない荒野を歩き続けた。その先に何があるのかも分からず、ただ歩き続けた。
そして、何回太陽と月を見たのかすら数えられないくらい歩いて、私は空腹に倒れた。
「嬢ちゃん、生きてるか?」
――団長と出会ったのは、そんな時だった。
* * * *
その後、私はフォースに拾われて、騎士団で生活することになった。
最初の頃は慣れないことだらけで、しょっちゅう周りを困らせていた。特に人間関係。
「お前っ、またシンシアをいじめただろ! 今日こそ俺が懲らしめてやる!」
「や、やめようよ……あの子、吸血鬼だよ……?」
「だから何だ! シンシアをいじめるやつは誰だろうと許さないぞ!」
私はよくテトの居る孤児院に顔を出していた。フォースに「同年代の友達を作れ」と言われて渋々。
そこで出会ったのがテトとシンシアだった。実は、シンシアとはテトより先に知り合っていたりする。
ある時、私は孤児院に遊びに来ていたシンシアにちょっかいを出したのが最初。
その頃の私には、彼女の反応がよっぽど面白かったのだろう。それを機に、彼女に定期的にちょっかいを出し始めたのだ。
ちょっかいと言っても、お昼寝中に顔に落書きしたり、背後から脇腹くすぐったり。あまり酷いことはしていないと思う……多分。
それから暫く経って、いつものようにちょっかいを出そうとすれば、シンシアの前には小さな騎士が居た。それがテトだ。
あの頃のテトは怖いもの知らずで、勇敢で、今とは比べ物にならないくらい王子様ぶりを見せていたと思う。少なくとも、私の目にはそう見えた。
「また懲りずに無様を晒しに来たか、下等種族」
……そして、私の性格の拗らせ具合も最高潮な時期だった。
吸血鬼は人間の何倍も強い――その教えは私のかなり深いところまで根付いていたのだ。
その頃の人間関係が上手くいかなかった原因の八割はこれの所為だと自覚している。
そして、大抵この後に待っていたのはフォースの拳骨だった。吸血鬼とか関係なく、滅茶苦茶痛かった。
* * * *
色々あって仲良くなった私達は、15歳で騎士団に入団した。
一番最初に騎士団に入りたいと言い出したのはシンシアだった。魔人という脅威と戦う騎士団員の話を聞いて、憧れたらしい。
でも、シンシアは一人で入団するのは心細かったらしく、私とテトを誘ってきた。
私達は将来なりたいものが決まっていなかった。だから、自分の夢を見つける間、シンシアの夢を応援するために一緒に入団した。
――そして、"遊撃部隊"は生まれた。
それを作ったのはフォースだった。当時のフォースは「団長でも自由に動けるようにするために作った」と言っていた。
でも、それは本当の理由じゃない。元々、フォースはかなりの自由人だったらしい。そんな部隊を作るまでもなく。
きっと、私達が危なっかしくて目に届く範囲に居させたかったのだと思う。その頃の私達は悪い意味で無鉄砲だったから。
初期の遊撃部隊は私、フォース、コンビニ、シンシア、テトの五人だった。
私達は団長と副団長のお荷物だと影で言われたこともあったけれど、そういう人達は実力で黙らせた。
* * * *
テトのトラウマの原因となる事が起きた。私達の目の前で、団員が死んだのだ。
そして、私達はテトの弱さを知った……本当の彼を知ったと言った方が正しいか。
彼の心は硝子のように脆かった。今までの勇敢さは全て虚勢だった。見せかけに過ぎなかった。
彼の心は、人の死を目の前で見てしまったことで限界を迎えてしまった。一度割れてしまえば、塞がることのない傷となったのだ。
私とシンシアもテトのようなトラウマにはならなかったけれど、ショックだった。何度も自分や身近な人の死を夢に見た。
……テトと違って時間が解決してくれたのは、幸いだったと言えるかもしれない。
勿論、騎士団を辞めることも考えた。フォースも止めなかった。
でも、私達は辞めなかった。シンシアの意志が変わらなかったから。彼女は私やテトより、強かった。
シンシアは気にしなくていい、二人を無理に付き合わせたくないと言ってくれた。
でも、それこそ無理な話だ。テトもそれは同意見だった。だから、私達も騎士団を辞めなかった。
無鉄砲だった私達は現実を知って、少しだけ大人になった。
* * * *
両親が亡くなったレティを、遊撃部隊で面倒を見ることになった。
最初はなかなか心を開いてくれなくて苦労したのを覚えている。でも、声をかけ続けた結果、少しずつ私達に心を開いてくれるようになった。
その後、レティは騎士団に正式入団した。
騎士団の正式入団は15歳と決められていたけれど、フォースの後押しもあって特別に入団することができた。
だから、騎士団史上最年少の入団だったそうだ。
* * * *
レティが遊撃部隊に馴染み始めた頃に、フォースがグラディスを拾ってきた。
フォースの雑な説明によると、国出らしい。国出というのは、家出の国版である。
……規模が大きすぎて、私達は反応に困った。
さらに、心を開いてもらうのはレティより大変だった。
常に殺気を振り撒いて、街では喧嘩が絶えず、その度に生傷を作って帰ってくるのが当たり前だった。控えめに言っても、かなりの問題児だった。
けれど、ある時を境にそれはなくなった。加えて、私達と少しずつ会話をしてくれるようになった。
かなり後に知ったことだけど、蔵書塔の屋上でフォースと何か話したらしい。詳しい話は、今でも教えてくれない。
* * * *
フォースは失踪した。神器を遺して。
* * * *
遊撃部隊が大きく変わった。
まず、コンビニが騎士団を辞めた。悲しかったけれど、止めることはできない。魔物との戦いは危険しかないのだから。
次に、テトが神器に選ばれて、【盾聖】……団長になった。
ガロウナムス守護騎士団の団長の決め方は少し特殊で、【盾聖】が団長になるという慣わしがあった。
盾の神器自体も特殊で、アイギスは現継承者が次の継承者を決めておくことができる。つまり、フォースはテトを次の団長にするつもりだったということになる。
当時、その神器の継承は大きな波紋を呼んだ。どうしてテトが選ばれたのか、と。
テトは弱くない。それなりに実力がある。でも、この頃は既に恐怖心で碌に戦えなくなっていた。
テト自身も、始めは神器の継承を拒んでいた。それが不可能と知ってても。
彼に喝を入れたのはシンシアだった。そして、周りで騒ぐ輩を一人残らず黙らせた。
そのおかげなのか、テトも団長をやる覚悟を決めたそうだ。私としては、あの時のシンシアには少し恐怖を覚えてしまったけれど。
……シンシアがテトを"団長"と呼び始めたのもその時期だ。そうして、少しずつテトを団長と認める声も増えていった。
それから間もなく、私は弓の神器と斧の神器に選ばれ、【双聖】となった。
その神器の継承自体は過去に挑戦したことがあって、その時は駄目だった。
フォースが死んで、半分自棄になっていた私が駄目元で力を欲したら、選ばれてしまったのだ。
私はその二つの神器が好きになれなかった。どうして今になって、と思ったから。
この力をもう少し早く手に入れていれば、犠牲になった騎士団員も減らせたのに。もっとフォースの力になれたのに。
……力を得た時には、何もかもが遅かった。
【双聖】になった私は副団長に推薦された。でも、私は全力で断った。
怖かったのだ。団長、副団長は騎士団員の命を全部を背負って立つ存在。それは私にとってあまりに重すぎた。そんなもの背負ってしまえば、私はすぐに潰される。
テトは凄い。こんな大きなものを背負う覚悟を決めたのだから。
当時の私は「副団長をやるぐらいなら騎士団辞めてやる!」なんて言った記憶もある。流石に辞める気はなかったけれど、そこまで言わないと副団長をやらされると思ったから。
代わりにシンシアを副団長に推薦した。その推薦に騎士団内で異を唱える人はいなかった。
シンシアには申し訳ないと思った。全ては私の我が儘のせいだから。
でも、彼女は快く引き受けてくれた。私の中には感謝と罪悪感が混ざって、少し複雑な気持ちだった。
* * * *
フルミネとシンが入団した。
フルミネは【雷聖】で、過去にフォースから話を聞いたことがある子だった。実際会ってみると、外見だけでなく中身も子供みたいな子、という印象だ。
シンはグラスと同じ異世界人ということを聞いていた。情報がなかったけれど、グラスの紹介だからそこまで心配はしなくていいだろうと考えていた。
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シンの闇を垣間見た気がした。
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フルミネが頑張ってくれたことを聞いた。
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レティがフルミネと話せるようになりたいと相談してきた。
彼女が進んで誰かと話したがるのは珍しかったので、私はその相談がとても嬉しかった。
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シンを知った。
人殺しと聞いた時、私は内心で凄く動揺した。どうすればいいか分からなかった。
でも、話をちゃんと聞くと、彼が悪人ではないことが分かった。臆病な子であることを知った。
* * * *
移り変わる景色は、必ずしも良いものとは限らない。
だから私は、その景色を良いものにするために戦う。良いものしか見たくないから、生き足掻く。
「この体、あと何年保つかな……」
窓の外に広がる快晴を眺めて、私は独り言ちた。
第五章after、終幕。




