ばつ
???side
壁が荒削りな岩石で囲まれた薄暗い空間には、二人の人影があった。
「結局駄目じゃん」
「うるさい!」
黒髪黒肌の少年の嘲笑に【溶獄】……レインは反発するように言い返す。
「あら、帰ってたのね」
「お母さん!」
奥から、黒髪の女――ノイルが顔を見せれば、レインは花のような笑顔を咲かせて彼女に飛びつく。
「お母さ――ぎゃっ」
しかし、レインは床にはたき落とされた上、頭を踏みつけられる。
先程までの笑顔は消え、ショックを受けたように顔を歪めてレインは呻く。同時に、体を液状化させようにもそれができなかった。
「痛い……痛いよ……」
「あれだけのリソースを使っておいて、何も壊せなかったでしょう?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
レインの涙が地面を濡らす。そんな彼女に向くノイルの瞳は酷く冷たいものだった。
「悪い子には仕置きが必要ね」
「次は壊すから……お願い……嫌いにならないで……」
必死に懇願するレインに、ノイルは表情一つ変えず答える。
「そうね。じゃあ、しばらくはまた反省してなさい」
「やっ……嫌ぁ……!」
ノイルは泣きじゃくるレインの頭を掴み、引きずる。そして、底の見えない真っ暗な穴の前に辿り着くと、レインを一瞥する。
「聞き分けのない子は嫌いよ?」
「嫌ぁぁぁああああああああ!!!!」
レインの叫びを無視して、ノイルは彼女をその穴に放り投げた。
――穴からこの場一杯に響き渡る絶叫。
煩わしそうな顔でノイルは数歩後ろに退がり、穴に手を翳す。すると、その穴の周りの地盤が崩れ始める。
それに伴い、大きな音を立てながら空間ごと震えると、崩れた地盤は穴をすっかり塞いでしまった。
ノイルは振り返り、少年に話しかける。
「ごめんなさいね、期待に添えなくて」
「いいさ、計画に支障はないし。でも、最近甘すぎたかもねー」
「そうね……子育てって難しいわぁ」
「一切育ってないけどねー」
二人は楽しげに談笑を始めた。まるでレインの絶叫を聞いていなかったかのように。
「ねえ、【煉獄】ちゃんは?」
「知らない。けど、釘も刺したし大人しくしてる筈だよ」
「そう。あいつも?」
「知らない。でも、彼ならいつも通り何もしてないと思うよ」
ノイルの問いかけに、少年は興味がなさそうに答えた。
「次はどうしましょうか」
「しばらくはリソース復活するまで動かせないかなー。あいつも目覚めさせなきゃいけないし」
「もうそんな段階なのね」
ノイルは横目で空中に浮かぶ黒い箱を見る。その瞳には慈愛にも似た何かが込められていた。
「でも、代わりに面白いもの仕込んできたから、これで少しは時間潰せるんじゃない?」
そう言って、少年はタブレットのようなものを取り出すと、壁に映像を映し出された。
そこに映ったのは、薄暗い森に囲まれた一軒の家。その近くには小さな畑があり、一匹の小汚い狼がその周りを歩いていた。
「あら? 少し前に同じもの見なかったかしら」
「驚くことに続きがありましたーってやつだよ」
「……ああ、そういう。趣味が悪いわねえ」
「君に言われたくないなー」
二人は嗤い、その声は木霊する。
第五章、終幕。