帰る場所
私はガロウナムスの夜道を駆ける。
――シンシアの話によると、フルミネはラミアの病室の前まで来ていたらしい。でも、病室にはグラス以外来ていない。
さらに、フルミネはシンシアから逃げたらしい。すぐに追いかけても、振り切られたとか。すれ違った時に見た表情は、酷く怯えていたそうだ。
理由は、考える限り一つしか思い浮かばない。きっと、私とグラスの会話を聞いてしまったのだろう。なんて間の悪さだ。
……あの話をフルミネにするつもりはなかった。話せば面倒なことになるのは、分かりきっていたから。
とりあえず、あの場にいた私達以外はこの話を知らない。私達だけでフルミネを探すことになった。
話せば手伝ってくれる人もいるだろうけど、魔人との戦いで皆疲れているのだ。大事にしたくないし、何より私個人の問題に巻き込みたくない。
「……いない」
狭い路地を抜けて、大通りに出る。建物から漏れる光や点在する街灯がいやに眩しく感じる。
騎士団本部の近辺や大通り、隠れやすそうな細い路地や裏道……思いついた場所はこれで全て探した。
でも、いなかった。皆からの通信もないから、まだフルミネは見つかっていないのだろう。
ガロウナムスは広大だ。何も考えずに騎士団本部から離れるだけで、探すのは困難になる。
……それだけは本当にやめてほしいと、心から思う。範囲制限のないかくれんぼをしているようなものだ。見つけられる気がしない。
いよいよ手詰まりかと思えたその時、私はあることを思い出した。
「通信……」
通信魔道具を起動させて、通信先の表を確認する。
「あった」
表の一番下に、"フルミネ・ネフリティス"の文字。私はすぐに通信を繋げようと試みる。
――繋がらなかった。
そもそも、今のフルミネが通信魔道具を持っていなければ意味がなかった。一旦、落ち着こう。
大体、フルミネは病衣のままならかなり目立つ筈だ。情報の一つぐらいあってもおかしくないのに、それがない。
「……そうだ」
一つだけ、まだ行ってない場所があった。でも、ここに来て日が浅いフルミネには何も関係がない場所だ。
それでも、私は迷うことなく走り出した。その場所までの最短距離の道順を頭の中に描きながら――。
* * * *
蔵書塔の屋上の扉をゆっくりと開ける。
――柵の近くで座り込み、もたれかかりながら横目で街を眺めているフルミネがいた。病衣のままだから流石に寒いのか、体を縮こまらせている。
私は通信魔道具を取り出して、グラスに通信を繋いだ。
「フルミネ、いた。連れ帰る、待ってて」
『……頼んだ』
「ん」
手短に報告して、通信を切る。そして、静かにフルミネに近づく。
「フルミネ」
私が声をかければ、フルミネはビクッと体を震わせてこちらを見る。とても驚いている表情だったけれど、逃げようとはしなかった。
「皆、待ってる。帰る」
「……帰れないよ」
「帰る」
帰れないなんてことはない。迷子じゃないし、立って歩けるなら帰れる。
私がどう説得しようか考えていると、フルミネはおずおずと訊ねてきた。
「レティは私のこと、嫌いでしょ?」
「別に」
「嘘つき」
「違う」
「違くないっ」
……会話にならなくて本気で嫌いになりそう。無理矢理引っ張って帰ってしまおうか。
「だって、私のせいで……私が、いたから……」
否定はしない。もし、フルミネがいなければ、お父さんもお母さんも死ぬことはなかったのも事実だ。
……でも、今更どうしろというのか。私は、どうすればいい? 責めるのが正解なの?
「皆、私のせいで……」
――ムカつく。
「全部自分のせいにして満足?」
「……え?」
「自分のせいにしちゃえば楽だもんね」
自分を責めることで逃げるフルミネに、私はムカついた。
「自分だけ楽になろうなんて許しゃ――っ……!」
思いっきり舌を噛んで、あまりの痛みに口を押さえる。口の中に血の味が広がって気持ち悪い。
できることなら喋りたくなかった。私はお母さんの遺伝で生まれつき舌を噛みやすいから。
文を話そうものなら、どんなに気をつけても確実に噛む。そういう体質なのだ。
「だ、大丈夫?」
「ん」
そこまで深く噛んだ訳ではなかったので、まだ喋れる。
「レティって、普通に喋れたんだね……」
「少し、なら」
あまり喋りたくないけど、フルミネにこれだけは言わないといけない。
「逃げる、許さない」
楽な道を選ぼうとしているフルミネが、自己満足の赦しを乞うフルミネが、私は許せなかった。
「私、フルミネ、許さない」
「……うん、いいよ」
「だから、逃がさない」
そう告げて、私は力一杯フルミネを抱き締める。
「……え?」
フルミネの困惑する声が聞こえる。でも、力を緩める気はない。
「フルミネが逃げりゅっ……逃げるなら私ぎゃっ……私が何度でも捕みゃっ……捕まえる」
幾度と噛みながらもなんとか言い切り、口の中の出血を全部飲み込む。痛いし、気持ち悪いし、苦しい。
「戦え。逃げるな」
それでも、言葉にしなければ伝わらないことなんだ。
「責任、感じる、勝手……でも! 責任! 感じる! なら! 逃げる! な!」
私が力の限りに叫んだ声は、屋外では響くことなく夜風に乗って消えていく。
蔵書塔の外、ガロウナムスの街には届かない。ここにいる一人の迷子だけに向けた私の思い。
「私は、ここにいていいの……?」
「駄目、誰、言った」
「絶対迷惑かけちゃうよ……?」
「もう、かけてる」
今更何を言ってる。それを気にするなら最初からいなくなるな。
「これからもかけちゃうかもしれない……」
「努力」
「……頑張る、けど……」
迷うように、躊躇うように、フルミネは私に問いかける。
「本当に、いいの……?」
「しつこい」
何度も確認を取ってくるフルミネに嫌気が差した私は、彼女の肩を掴んで目をジッと見つめる。
これでも私が嘘をついているように見えるのかと、伝える。
「……ありがとう」
「勘違い」
「……勘違い?」
礼を言われる筋合いはない。だって、私は――。
「許してない」
「……私、頑張るから」
「ん」
それでいい。私はそれだけフルミネに難しいことを強いているのだから。
……だからこそ、私も認めなければならないのだ。
「フルミネ」
また失うのが怖かった。だから、近しく親しい存在を増やしたくなかった。
でも、人に強いるだけ強いて、私だけ楽をする訳にはいかない。"逃がさない"とも言ってしまった。
――遊撃部隊に入った時点で、遅かれ早かれ認めてしまっていただろうから。
私は自分の甘さも自覚していた。結局は時間の問題だったのだ。
「帰る」
「……うん」
フルミネは家族だ。
これ以上、絶対に誰も欠けさせない。三度目の地獄は見てやるものか。
その誓いは心の中に留めて、私はフルミネの腕を引いて立ち上がらせる。帰途につこうと私が前を歩き始めた時だった。
「……ぅ……く……ぁぁ……」
「フルミネ?」
苦悶する声が聞こえ、私は後ろを振り返る。フルミネは、右肩を押さえて立ち止まっていた。
「ごめん……先、行って……」
じんわりと額に汗を浮かべて、フルミネは笑みを見せる。
彼女の右肩には、昨日まではなかった痣があった。腕の魔道具から侵食するように伸びる黒い痣が。
「何、それ」
「大丈夫、だから」
「それ、何!」
大丈夫かどうかはフルミネが判断することじゃない。というか、明らかに大丈夫じゃない。
「神器の制御が、上手くできないだけ……これは私の問題だから」
……呆れて物が言えなかった。神器のことは私には分からないけど、全く頼ろうとしてくれないのも考えものだ。
仕方なく、私はフルミネに背を向けて腰を屈める。
「ん」
「レティ?」
「乗って」
歩けないのならこうする他ないだろう。痛みは帰るまで我慢してもらうしかない。
幸い、フルミネは私より小さい。でなければ、こうして私が運ぶこともできなかった。
「い、いいの?」
「早く」
「……分かった。いくよ?」
恐る恐るといったようにフルミネが私に手をかける。そこまで遠慮されるのも面倒――そんな生温い思考はすぐに消え去った。
――異常に重い。
魔力を消費して[筋力強化]を使用し、私はなんとか持ち堪える。そして、ゆっくり歩き始めた。
……そういえば、魔人の時もこうだったかもしれない。予想以上に重くて、落としそうになった。
あの時は状況が状況だったから突っ込まなかったけれど、改めて持つと重さが分かる。
「やっぱり、重い?」
「ん」
「だよね……」
[筋力強化]がなかったら絶対におぶれてない。
果たして騎士団本部に着くのが先か、私の残り魔力が尽きるのが先か……微妙なところだったりする。尽きたらどうしよう。
「無理しないでね」
「フルミネ、言われたく、ない」
「私は大丈夫だから」
私は学んだ。フルミネの大丈夫は大丈夫じゃないことを。だから、信用しない。
……新しい家族は世話がかかりそうで、これからのことを考えると少し憂鬱だ。
「はぁ」
「ほ、本当に無理してない? 嫌だったら嫌って言ってね?」
私がため息をこぼすと、フルミネは過剰に反応する。でも、ここは正直に文句を言わせてもらおう。
「面倒臭い、妹」
「い、いもっ……!?」
フルミネは衝撃を受けたと言わんばかりの反応を返してくる。
シンシアとラミアはお姉ちゃんだと思ってる。でも、フルミネは姉というより妹の方がしっくりくる。
見た目もそうだし、姉らしいところを未だ見たことがない。だから妹。
「わ、私は成人してるからねっ!? 一応レティより何歳も年上だよっ!?」
「そういうとこ」
「ゔっ」
それと、耳の近くであまり騒がないでほしい。とてもうるさい。
「フルミネ、姉、ない」
「普通に傷つっ……ぅっ……!」
急に静かになったかと思えば、痛みを堪えるような声が聞こえ始める。それに伴って、私に掴まる手の力も強くなる。
「フルミネ」
「ご、ごめん」
何を勘違いしたのか、フルミネは私を掴む手の力を緩めた。
「いい、掴まる」
「え、でも」
「落ちる、危ない」
緩められたら私が困る。ただでさえ重くて歩きづらいのに、ちゃんと掴んでくれないとバランスが安定しない。
「……ありがと」
「ん」
その後、ようやく階段を下りきった私達は蔵書塔を出た。
夜のガロウナムスの大通りは明るく、活気がある。食事処から漂ってくる匂いに食欲を刺激され、今が丁度夕食の時間帯ということを思い出した。
きゅー。
……一瞬、何の音かと思った。一応、私は音源にそっと注意しておく。
「我慢」
「分かってるからっ」
恥ずかしいのか、フルミネが返した言葉は小声だった。
……そうだ。帰ったら言われる側だし、私は先に言っておこうかな。
「フルミネ」
「な、何?」
私は軽く息を吸って、言った。
「おかえり」
「……ただいま」
――さあ、家族が待つ騎士団本部に帰ろう。




