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グラスとレティ

 シンの病室の場所を知らないことに気づいたのは、医療棟の広間に着いてからのことだった。


 同時に頭も冷え、私は申し訳なさでいっぱいになる。

 シンシアさんは私が目覚めるまで側にいてくれたのに、お礼も言わずに部屋を飛び出してしまったのだから。


 でも、戻る気にはなれなかった……というより、飛び出してきた手前、戻りづらいというのが正直な気持ちだったりする。

 だから私は、シンシアさんには後で謝ると決めて、このままシンの様子を見に行くことにした。


 端の病室から順に虱(しらみ)潰(つぶ)しに探していく。

 ――二階の一番奥の病室の入り口にあった名前を見て、私は足を止めた。


「ラミアさん……」


 "ラミア・シャンス"と名前の書かれた白板。そこは前にシンシアさんを昏倒させてしまった時にも訪れた、個人の病室だった。


 ……ラミアさんは七聖の使命を全うして、怪我をして、入院しているのだろう。

 それに比べて、私は途中で勝手に自滅した。挙げ句、怪我もしてない。肩の痛みだって神器のせいだから、自滅と同義だと思う。


「順番は、関係ないよね」


 シンの様子も気になる。でも、ラミアさんの様子も気になった私は、扉にゆっくり手をかけた。

 その時、話し声が部屋の中から微かに聞こえた。


「……は……し……あ……」

「……あ…………で…………も…………る……」


 私はそっと聞き耳を立てる。扉を開けてしまってもいいとは思うけれど、この時の私はそうしなかった。


 そして、聞いてしまった。


「フルミネ、救った。代わりに、死んだ」

「……そうだ。あたしはフルミネを救うために、お前の両親を見殺しにした」


 その話し声は、レティと師匠のものだった。

 どうしてラミアさんの病室に二人がいて、こんな話をしているのか分からない。でも、私はそんなことを考える余裕を持てなかった。


 最初に思い出したのは、途中で遮られた【溶獄】の言葉。"狐二匹が犠牲になった"。

 次にテトさんから聞いた話。レティの両親が元騎士団員で、既に亡くなっている。

 最後に、今聞いた話。私を救うために、師匠はレティの両親を見殺しにしたこと。


「私の、せい……?」


 レティの両親が死んだのは、師匠が私を救おうとしたから。

 私がいなければ、師匠だって【溶獄】の奇襲に気づけたと思う。


 ――私がいなければ、レティの両親が死ぬことはなかった。


「全部、私のせい……」


 私の代わりに誰かが傷つくのは嫌だ――そう思って、私は七聖の使命を果たしに戻ってきた。


 でも、現実は違った。私の存在が、既に誰かを殺していた。苦しみの連鎖を生んでいた。

 加えて、この戦いで私は役立たずだった。戦えない私の代わりに、部隊長さん達が大怪我をしている。腕を失った部隊長さんもいる。

 シンだって、私の使命に巻き込まなければ怪我もなかったんだ。


 全て、私がいなければ起きなかったこと。


「ああ、ここにいたんですね」


 振り返れば、安堵した表情のシンシアさんが立っていた。きっと私を追って来てくれたのだろう。


「……フルミネ?」


 私は病室の中には入らず、来た道を引き返す。シンシアさんの横を通り過ぎようとした時、彼女に腕を掴まれた。


「待ってくださいっ」

「いやっ」


 そんな彼女の手を振り払って、私はその場から逃げ出した。




 ▼ ▼ ▼ ▼




「あたしを恨んで構わない。それだけのことをした自覚はある」

「いい。無駄」

「……ごめんな」


 グラスに謝られるけど、私はどうすればいいのか分からない。今更、嫌いになれというのか。


 ――あの頃……お父さんとお母さんが死んで、私は自棄になっていた。

 そんな時、"魔道具"に出会った。そして、それを教えてくれたのはグラスだった。

 最初は工作のようなものだった。光ったり、回ったり、跳ねたり……遊び道具ばかり作っていた。それが純粋に楽しかった。


 でも、私はある時、兵器としての魔道具とそれを使うグラスを見てしまった。

 そして、気づいてしまった。その力があれば仇を討てるという可能性に。


 その日から、私は"兵器としての魔道具"を作り始めた。

 グラスは止めなかった。それどころか、分からないところは聞けば教えてくれた。

 ……ただ、凄く悲しい目をしていた。今なら、理由もなんとなく分かる。


「グラス」

「なんだ?」

「フルミネ、大切?」

「……ああ、大切だ」

「お父さん、お母さん、よりも?」

「……大切だった」


 答えが分かりきった私の質問に、模範解答のようにグラスは答えていく。

 納得はしていない。どうして、お父さんとお母さんだったの、他の人じゃ駄目だったのって。


「卑怯者」


 グラスは狡い。卑怯だ。

 六年前の私なら、感情に任せて「グラスが代わりに死んじゃえばよかった」とか言ってると思う。

 でも、グラスが死ねば、魔人との戦いは今より苦しいものになる。今の私にはそれが分かるし、グラス自身も分かってる。だから、卑怯者。


「レティ、あたしは全ての魔人を殺し終えるまで死ねない」

「知ってる」

「……全てが終わったら、あたしを殺すか?」

「殺さない」


 グラスの提案を即座に否定する。

 貴女が死んで、誰が得をする。その程度で私が喜ぶと思ってるのか。


「変わらない」


 ――グラスが優しいのは、知ってるから。


 グラスが、望んで誰かを見殺しにするような人じゃないことぐらい、分かってるから。

 フルミネの方が大切だった……それが聞けただけで十分だった。家族が何よりも大切な気持ちは、私も同じ。


 それに、お父さんもお母さんも人一倍正義感が強かった。二人なら、殿(しんがり)も志願していたって不思議じゃないくらいに。

 ……もしそうなら、二人が私を残して死んだことに文句を言いたい。勝手すぎて、ちょっとムカつく。


「やっぱり、レティは二人に似て優しいな」

「別に」


 微笑みかけるグラスに対して、私は目を背ける。

 私は優しくなんかない。今の家族……遊撃部隊の皆が死ななければ、他はどうでもいいって思ってる。


 フルミネとシンは、よく分からない。家族として認めたくないから距離を取ってるけれど、皆はすんなり部隊の一員として認めてしまった。

 それなら私も認めるべきかと言われると、それも違う気がする。


 ……ベッドに横たわるラミアと目が合った。


「一ついいだろうか」

「ん」

「普通、人が寝てる病室でそんな重い話するか?」

「ごめん」


 正直、ラミアの存在は忘れていた。麻酔で寝てると思っていた。


「グラスもグラスだぞ……」

「……すまん。いつから起きてた?」

「途中からだが、何の話かぐらい分かる。二人がしっかり話し合ったのならそれでいい」


 ラミアは深く聞くつもりはないらしい。その配慮がありがたかった。

 これからどうするかを考えながらラミアを見ると、体が微かに震えていることに気がつく。


「麻酔、切れてる?」

「……切れかかってる。段々痛くなってきた」

「呼ぶ?」

「レティ、甘やかしすぎるな。ラミアは少し我慢しろ。麻酔に頼りすぎるな」

「グラスが厳しいよぉ……」


 グラスの言葉に対して、ラミアは弱々しく呟く。

 おちゃらけているように見えて口調が素に戻っている辺り、体が痛いのは本当なんだろう。


 二つの神器を使った後のラミアは、いつも全身の痛みに苛まれている。

 いくら数日で痛みはなくなるとしても、その度に苦しむ姿を見るのはどうしても慣れない。


「痛い?」

「痛いけど、グラスの言う事も正しいからね。寝る前までは我慢してみる。レティ、ありがとね」

「んっ」


 微かに震えた手で、頭をゆっくり撫でられる。ラミアに撫でられたのは久々だ。やっぱり、家族に撫でられると落ち着く。

 しばらく撫でられた後、手が離れる。私としては物足りないけど、我が儘は言えない。


「こほん。そろそろ、夕飯の時間だろう。我は大丈夫だから、二人で行ってこい」

「……レティ、どうする?」

「行く」


 そうして、私達はラミアの病室を後にした。




 * * * *




 食堂に着けば、魔人との戦いの後とは思えない賑わいを見せていた。あと、酒臭い。

 ……といっても、戦いの後はいつもこうだ。食堂を使って、無礼講のように祝杯を上げている。

 これは誰かが仕切っている訳ではなく、勝手に始まり勝手に終わる。参加も自由で、骨折程度なら普通に参加してる人もいる。


 因みに、私は少し苦手だ。酔っ払いが多すぎて臭いがキツい。獣人の鼻はこういう時に不便だ。


「大丈夫か?」

「臭い」

「あはは……外で食べるか」

「ここでいい」


 外に出るのも面倒臭い。それに、食堂のご飯は美味しい。特に油揚げ。


「あれ、どうしたんすか?」

「こんなところで立ち止まって何してんだ?」


 声に振り返れば、テトとグラディスが立っていた。


「テトと……すまん、誰だったか」

「グラディスだ」

「ちょっ、お前敬語っ」

「あ? 敬語は嫌いだっつの」


 テトの指摘にグラディスは心底嫌そうな顔で答える。グラスはそんな二人を見て、頰を掻く。


「あたしとしてはそっちの方が楽だし、気にしなくていいんだが」

「……だそうだが、団長?」

「グラスさんがいいならいいっすけど……」


 グラスの言葉に、テトは渋々引き下がった。でも、テトもちゃんとした敬語じゃないと思うのは私だけだろうか。


「二人も夕食か?」

「はい」

「今日は安く酒が飲めるしな」


 酒……グラディスは酒飲みだったっけ。

 私が複雑な気持ちでグラディスを見ていると、視線に気づいたグラディスがこっちを向く。


「なんだよレティ」

「……酒、臭い。理解、できない」

「はっ、お子様だな」


 馬鹿にするように鼻で笑うグラディスに、私は[筋力強化]を使った蹴りをお見舞いした。

 けれど、グラディスはビクともしないどころか、私は相手にならないと言わんばかりに視線を食堂に向ける。

 その澄ました態度が余計にムカつく。魔道具を持ってきていたら、横っ面をぶっ叩いてやるのに。


「テト、シンはどうだった?」

「元気っすよ。ただ、しばらくはベッドの上っぽいです。ラミアはどうでした?」

「同じようなもんだ」

「――皆さんっ」


 焦りを含んだ声が聞こえて振り向けば、そこにいたのは息を切らしながら額の汗を拭うシンシアだった。


「シンシア?」

「フルミネを見ていませんかっ!?」


 その問いに、私達は疑問を持つ。フルミネはシンシアが見ていた筈だ。シンシアが知らないのなら、私達が知る由もない。


「フルミネはどうした?」

「それが……」


 ふと窓の外を見れば、既に日は落ちていた――。

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