第二十二話 便りを土産に
その旅人は、夕餉の席で何度も懐を確かめていた。
明日になれば、久しぶりに故郷へ帰る。
奉公に出てから、ずいぶん長く帰っていない。
父は元気だろうか。
母は、変わりなく暮らしているだろうか。
顔を思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。
「明日は、故郷へ帰るのかい?」
膳を下げに来たおきぬが尋ねた。
「はい」
「それは楽しみだねえ」
「ええ」
旅人は笑った。
「久しぶりなもんで。何か土産を買って帰ろうかと思ってるんですが、何がいいやら……」
「そうだねえ」
おきぬは少し考えてから言った。
「土産もいいけどね」
「はい?」
「手紙を書いてやんなよ」
「手紙……ですか」
「うん。ずいぶん長く帰ってないんだろう?」
「はい」
「だったら、元気でやってるって知らせてやればいい」
旅人は黙って、おきぬを見た。
「それだけでも、ご両親は安心するだろうさ」
「……そうですね」
「何を書いたっていいんだよ。奉公先でこんなことを教えてもらってる、とか。飯はちゃんと食ってる、とか」
「飯は、ちゃんと食ってます」
「なら、それを書きな」
おきぬが笑う。
「明日の朝までに、ゆっくり書いておきな」
「はい」
*
その夜。
旅人は部屋で一人、灯りの下に座っていた。
紙を広げ、筆を持つ。
しばらく考えてから、ゆっくりと書き始めた。
――父上、母上。
お元気でお過ごしでしょうか。
私は奉公先で、だんなさんに仕事を教えていただき、皆さんにもよくしてもらっています。
毎日、元気にやっています。
明日、休みをいただき、久しぶりに家へ帰ります。
父上、母上の顔を見るのを、今から楽しみにしています。
どうか二人とも、いつまでも元気でいてください。
筆を置く。
何度も読み返した。
飾った言葉は何もない。
けれど。
これでいいと思った。
紙を丁寧に折り、懐へしまう。
明日、顔を見てから渡そう。
*
翌朝。
旅人は帳場へやって来た。
「おかみさん」
「おや、おはよう」
「昨日の手紙、書きました」
「まあ。書けたかい」
「はい」
旅人は懐から手紙を取り出した。
「どれどれ」
おきぬが嬉しそうに覗き込む。
そこへ喜助もやって来た。
「何だ?」
「ご両親への手紙だってさ」
旅人は少し照れながら、二人に見せた。
喜助は黙って目を通した。
やがて、頷く。
「これなら、ご両親も安心するだろう」
「そうかい」
おきぬも笑った。
「ちゃんと元気でやってるって、書いてあるものね」
「はい」
旅人は手紙を大事そうに折り直した。
「帰って、顔を見てから渡します」
「それがいいね」
おきぬは頷いた。
それから、ふと思い出したように台所へ向かう。
「ちょっと待ってな」
戻ってきた手には、包みがあった。
「これ、おいなりさん」
「おいなりさん?」
「ご両親にも持っておいき」
旅人が目を丸くする。
「……いいんですか?」
「いいとも」
おきぬは笑った。
「せっかく久しぶりに帰るんだ。家族みんなで食べたらいい」
喜助も頷いた。
「道中、腹が減ったら、お前も食え」
「ありがとうございます」
旅人は包みを両手で受け取った。
まだ、ほんのり温かい。
懐には、両親への手紙。
手には、おいなりさん。
旅人は、何度も頭を下げた。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてね」
「ご両親に、よろしく」
「はい」
旅人は戸口を出た。
朝の街道には、柔らかな光が差している。
足取りは軽かった。
早く帰って、二人の顔が見たい。
そして。
この手紙を渡したい。
旅人は、包みを大事そうに抱えながら、故郷へ続く道を歩いていった。
その背中が街道の向こうへ消えるまで。
おきぬは、戸口に立って見送っていた。




