第十四話 小さな行列
大名行列が通り過ぎてから、しばらくして。
宿には、いつもの昼が戻っていた。
客の一人が縁側で茶をすすり、別の客は旅の疲れを取るように、足を投げ出している。
おきぬは台所で昼餉の支度。
喜助は、いつものように通りを掃いていた。
清吉もその隣で、軒下の埃を払っている。
そんな中だった。
「清吉!」
咲の声がした。
「なんだい?」
「見て!」
振り返ると、咲が一本の細い棒を持って立っていた。
さっき通った行列の中にあった槍を、真似しているらしい。
胸を張って、顔まで少し真面目にしている。
「……何してるんだ?」
「大名!」
「大名?」
「うん!」
咲は元気よく答えた。
そして棒を肩に担ぐと、ゆっくり歩き始めた。
「いち、に。いち、に」
どうやら、さっき見た行列の真似らしい。
清吉が笑った。
「なるほどなあ」
その後ろから、小さな音が聞こえてきた。
ぺた。
ぺた。
振り返る。
千が、はいはいで追いかけてきていた。
「……千もか?」
千は答えない。
ただ、咲の背中を見ながら、一生懸命に進んでいる。
咲が進めば、千も進む。
咲が止まれば、千も止まる。
そして咲が振り返る。
「千、ちゃんと来て!」
「んー!」
千は嬉しそうに声を上げた。
清吉は吹き出した。
「お嬢、千は大名行列が何なのか、分かってないんじゃないか?」
「いいの!」
咲は胸を張った。
「千は、私についてくるの!」
「そりゃ、頼もしいな」
清吉は笑いながら、道を空けた。
すると、縁側で茶を飲んでいた旅人が、こちらを見ていた。
「おや?」
咲がその前を通る。
棒を持って、堂々と。
その後ろを、千がはいはいでついていく。
旅人は目を細めた。
「なんだい。大名行列かい?」
咲がぴたりと止まった。
振り返る。
「そう!」
即答だった。
旅人が笑う。
「これは立派な行列だ」
「でしょ?」
咲はますます得意になった。
その後ろで千も、
「そー!」
と真似をした。
「おやおや。後ろの子も分かってるのかい?」
「うん!」
咲が答える。
「千は、私についてくるの!」
「なるほどなあ」
旅人は楽しそうに笑った。
そこへ、おきぬが台所から顔を出した。
「何を騒いでるんだい?」
「おかみさん、大名行列だそうだ」
旅人が言う。
「あらまあ」
おきぬは咲と千を見た。
「さっき本物が通ったばかりなのに、今度はうちの中かい」
「そうなの!」
咲は嬉しそうに言った。
「千もいるよ!」
「ほんとだねえ」
おきぬが笑う。
千は姉の後ろに座り込んで、何がそんなに面白いのか分からないまま、にこにことしている。
咲はまた棒を肩に担いだ。
「行くよ、千!」
「ん!」
ぺた。
ぺた。
姉が歩けば、妹も歩く。
宿の廊下を抜け、土間を通り、また縁側へ。
旅人たちは笑いながら、その小さな行列を眺めていた。
清吉は箒を持ったまま、その後ろ姿を見送った。
「……ずいぶん可愛らしい大名行列だな」
喜助が笑う。
「ああ」
「お頭は誰なんでしょうねえ」
おきぬが言う。
「咲だろうな」
「じゃあ、千は?」
「……ついてくる人だろ」
そう言って、二人で笑った。
夕方。
子どもたちが眠ったあと、喜助は宿帳を開いた。
昼間のことを思い出しながら、筆を取る。
今日の大名行列のことを書いた、その下に。
もう一度、墨をつけた。
――今日は、宿の中にも大名行列ができた。
少し考える。
そして、その下に書き足した。
――先頭、咲。
――その後ろを、千がついて歩いた。
喜助は筆を置いた。
障子の向こうから、子どもの寝息が聞こえる。
昼間の賑やかさが嘘のように、宿は静かだった。
外では、旅人の足音がひとつ。
またひとつ。
夜の街道を、誰かが歩いていく。
喜助は宿帳を閉じた。
明日になれば、また旅人が来る。
そして、この家でも。
また、小さな一日が始まる。




