195 八王の大迷宮 最後の試練(3) 覚醒
「アタシが! この命にかえても守ってみせる!」
エリュシアはそう叫ぶと、全力の〈飛翔(羽)〉でミノタウロスキングへと突っ込んだ。
「お前なんかに! アレスは殺させない!」
大きな声をあげながら、ドラゴンの爪で連撃を仕掛けた。だが、その猛攻は軽々といなされ、逆にミノタウロスキングの力強い斧の連撃によって、防戦一方へと追い込まれていく。
瞬く間に、エリュシアの身体は傷だらけとなり、鮮血に染まっていった。
「絶対に! 絶対に守る! アタシが! アタシが守るんだ!」
そして――ミノタウロスキングとエリュシアが激突した、その瞬間。
突然、エリュシアの全身が眩い光に包まれた。
「なんだ? 何が起こった?」
俺の疑問に答えるように、機械的なアナウンスが響く。
『〈覚醒進化〉の条件を満たしました。エリュシアは『上位魔人』に進化しました』
〈覚醒進化〉――それは、エリュシアがエヴァルシアの『アンデッド迷宮』を踏破した際に得た、特定の条件を満たすことで上位種族へと進化するスキルだ。
その条件とは――『愛する者のために命をかけて守る覚悟』だろうか。
しかも、それは並大抵の覚悟ではないはずだ。俺やリディア、イレーヌも同じスキルを持っているにもかかわらず、これまで誰一人として発動していなかったのだから。
エリュシアを包んでいた光が収まる。
次の瞬間――エリュシアの爪が振り抜かれ、ミノタウロスキングの首が地面へと転がり落ちていた。
そして――エリュシアの首にあった黒いチョーカーが、弾けるようにちぎれ飛ぶ。
(どういうことだ? 進化したのはわかる。だが、スキルレベルは変わらないはずじゃないのか? なぜ、急にここまで強く――〈鑑定〉)
〈鑑定〉すると、〈覚醒進化〉だったスキルは〈覚醒進化済・強化〉という名称へと変わっていた。
〈覚醒進化済・強化〉――全スキルのスキルレベルを+2する。
なんだ、この異常なスキルは。
エリュシアのすべてのスキルがレベル10以上、一部は11にまで達したことになる。
そして――〈覚醒進化〉したことで、エリュシアの従魔契約は解消されていた。
(エリュシアの主人はリディアに書き換えられていたはずだが……従魔契約は、基本的に主人より上位の種族には成立しない。『上位魔人』はヒューマンよりも上位種族だから、従魔契約そのものが無効化されたのか)
ミノタウロスキングを倒したエリュシアは、間髪入れずにオークキングへと迫る。
圧倒的な速度で間合いを詰め、ドラゴンの爪でその首を刎ね飛ばした。
「あと三体」
残るは、ラグナとベルガが相手をしているはずの――巨人の王オーガキング、悪魔の王バルログ、アンデッドの王ドラゴンゾンビ。
俺がそちらへ視線を向けると――
そこには、全身をミスリルのフルプレートアーマーで固め、ランスとタワーシールドを構える銀髪の女性――リディア。
そして、黒い革鎧に身を包み、ミスリルのショートソードを両手に舞うように戦う女性――イレーヌの姿があった。
「二人も来ていたのか!」
ラグナとベルガの傷は、どうやらリディアが回復してくれているようだ。
リディアとベルガが敵の攻撃を防ぎ、イレーヌとラグナが隙を突いて攻撃する。
しかし――四人の中で、イレーヌだけがレベル10のスキルを一つも持っていない。
他の三人が互角の戦いを繰り広げている中、イレーヌだけが明らかに押されていた。
そして――俺が見た瞬間。
バルログの鞭がイレーヌの左腕に絡みつき、その身体を強引に引き寄せていた。
すでにバルログは、もう片方の手に持つ剣を振り下ろす構えを取っている。
「まずい!」
俺は〈飛翔〉で救援に向かおうとした。
だが――エリュシアに制止される。
「なぜだ!? エリュシア!」
「アレス、見てて。アタシにはわかる。イレーヌは負けない」
何を根拠に――。
だが、覚醒したエリュシアには、イレーヌの中で何かが変わり始めているのが感じ取れているようだった。
イレーヌが叫んだ。
「何が〈覚醒進化〉よ! エリュシアが一番アレスを想ってるみたいじゃない! アタシはね! アタシは、アレスの最初の女なのよ! この想いが! エリュシアに負けているはずないのよ!」
その瞬間――イレーヌの全身が眩い光に包まれた。
「これって……」
直後、機械的なアナウンスが響く。
『〈覚醒進化〉の条件を満たしました。イレーヌは『ハイヒューマン』に進化しました』
光が収まる。
次の瞬間――イレーヌは、バルログと互角以上の戦闘を繰り広げていた。
「ぬるいわね」
バルログの剣をあしらうように受け流す。
そして、そのまま右腕を斬り落とすと、流れるような動きで首を刈り取った。
一方――リディア、ベルガ、ラグナの三人は、ドラゴンゾンビの〈闇のブレス〉に苦戦していた。
このドラゴンゾンビはアンデッドでありながら〈超再生(魔)〉を持ち、体内の魔石を破壊しない限り倒せない厄介な敵だ。
さらに、オーガキングの膂力も異常だった。
盾越しであっても、まともに攻撃を受ければ、オーガのメスであるベルガですら吹き飛ばされてしまう。
それでも――リディアは誰よりも前に立つ。
〈闇のブレス〉をタワーシールドで防ぎながら、一歩、また一歩と前へ進んでいく。
「エリュシアどころか、イレーヌまで〈覚醒進化〉とは……認めぬ。私のアレスさまへの想いより、二人のほうが強いなどあり得ない。私が一番なのだ。誰よりも――誰よりも! 私が、アレスさまを愛している!」
その瞬間――リディアの全身が、眩い光に包まれた。
ドラゴンゾンビの〈闇のブレス〉が、その光にかき消される。
そして、機械的なアナウンスが響いた。
『〈覚醒進化〉の条件を満たしました。リディアは『ハイヒューマン』に進化しました』
光が収まると、リディアの手にはランスでもタワーシールドでもなく――ミスリルの槍斧が握られていた。
「ふん。やはり私の想いが一番だ」
凄まじい一撃がオーガキングを襲う。
とっさに盾で防御したオーガキングだったが、その巨体ごと吹き飛ばされた。
続けて、ドラゴンゾンビへと槍斧を叩きつける。
骨を砕き、再生を上回る速度で連撃を叩き込み――ついに体内の魔石を破壊した。
「アレスさま。最後の一体です。どうぞお倒しください」
リディアがそう言って譲ってくれた。
俺は“レッドキャップ”へと変身し、地面に落ちていたミスリルのショートソードを拾い上げる。
そして――オーガキングの前で構えた。
「散々吹き飛ばしてくれたな。百倍にして返してやる。ラグナ、ベルガ。最後の一体だ。最後は三人で倒そう」
「わかったわ」
「承知した」
ベルガが前衛に立つ。
俺とラグナは、その後ろで横に並んだ。
「〈挑発〉!」
ベルガの叫びが戦場に響く。
俺は右へ、ラグナは左へ回り込む。
オーガキングの剣を、ベルガがタワーシールドで受け流し――わずかに体勢を崩させた。
その瞬間。
俺はオーガキングのタワーシールドに触れる。
「〈共鳴崩壊〉」
盾越しのため致命傷には至らない。
だが――動きは止まる。
タワーシールドが崩壊し、ボロボロと砕け散る。
その中で、オーガキングの動きが完全に止まった。
「せいっ!」
ラグナの斬撃が閃く。
オーガキングの右腕が、肘から切り落とされた。
すでにベルガは――バトルメイスを上段に構えている。
「トドメだ」
次の瞬間。
ベルガのバトルメイスが――オーガキングの頭部を粉砕した。




